She didn't know this feeling

 最後にシュウを見たのはミステリートレインの中だった。そのときも声を掛けることはできず、彼とはもう会えないのだろうかと思っていた。しかし――。
「シュウさん!」
狭い路地を横切る黒いシルエット。紛れもなく彼だった。
 今度こそ見失わないように。雫は見覚えのある鋭いダークグリーンの瞳を持つ男のもとへ掛けた。しかし、振り向いた男の反応は雫の予想に反するものだった。
「ん、きみは確か……」
「えっ!」
確かに聞こえた、彼の声。頬にあった火傷の跡も綺麗になくなっている。人違いかもしれないと考えたが、それ以外はどこからどう見てもシュウそのものであり、彼もまた雫のことを知っている様子だ。
「あの、声が出るようになったんですか? 怪我も治ってるし……」
「いや、まあ……なんというか……」
彼は返答の代わりに雫の頭をぽんぽんと撫でた。父や兄とは違う撫で方であり、わずかに違和感を得る。以前シュウに撫でられたときも、こうだっただろうか。
 シュウがどうして気まずそうにしているのか、雫には理解できなかった。声を出すことができるようになったのなら、たくさん話がしたい。聞きたいことが山ほどあるのだ。まずは何から話そうかと雫は考えていたが、遠くから彼女を呼ぶ声が思考を中断させる。
「雫!」
「お兄ちゃん……それにコナンくん」
何故二人が一緒に歩いているのか。尋ねる間もなく、兄は雫とシュウの間に割って入った。
「何をしてるんです?」
兄は眉間に皴を寄せて、険しい声色でシュウに問いかけた。兄は何か勘違いをしているのかもしれない。雫は彼の服の裾を握って、シュウのことを説明しようとした。
「お兄ちゃん。この人、シュウさん……前に話したでしょ? 迷子になったときに親切にしてくれた人だよ」
「雫、それは……」
彼は何か言いかけたようだったが、途中で言葉を詰まらせた。ますます訳がわからない。そしてシュウの言葉が雫を更に混乱させる。
「安室君、俺も彼女にどう説明しようかと迷っていたところだ。きみの判断に任せるよ」
「……そうですか」
シュウと兄は面識があったのだろうか。そのことも疑問だが、一番気になるのは兄のシュウに対する態度だ。兄はいつも物腰柔らかで、もちろん誘拐犯相手にしているときなど例外もあるが、こんなに冷たい声を出すことはほとんどない。二人は仲が悪いのか、それとも逆なのか……。シュウは割と友好的な態度のようにも見える。どちらかと言えば兄が一方的にシュウにつっかかっているような……。戸惑いながら二人を交互に見ていると、コナンと目が合った。コナンは口元に手を当て、肩を震わせている。笑っているようにも見えるが、一体どうして。雫が頭の中に次々と疑問を並べていると、兄が咳ばらいをした。
「雫、この人は赤井秀一……さんというんだ」
「えっ……あ、赤井さん……? すみません。ジョディ先生が呼んでたから、勝手にシュウさんって……」
「いや、それは構わないが……」
赤井は物珍しそうな表情で兄のことを見ている。
「以前、雫がお世話になったようで……どうもありがとうございます」
「安室さん!?」
コナンもまた、赤井と同じような表情をしている。兄はそれが不服だったのか、小さくため息を付いて目線を落とした。
「……雫、帰ろうか」
彼は雫の手を握ってそう言った。赤井と話していたときほどの強い口調ではなかったが、やはりいつも通りというわけでもない。
「お兄ちゃん、どうしたの? 何か怒ってる?」
「いや……怒ってないよ。ごめん」
雫と繋がっていないほうの手が頭を撫でる。雫の好きな感触だ。優しくて心地よい。そしてこの感触が、雫に疑問を与えたのである。
「あ、あの……赤井さん」
「ん?」
「赤井さんって……そっくりな兄弟とかいます?」
「……何故だ?」
「えっと……撫でられたときの感じが違うような気がして……」
キョトンとした顔で赤井に見つめられる。何か変なことを言ってしまっただろうかと不安に思い兄を見上げると、彼も目を丸くして固まっていた。
 沈黙が流れる。先に口を開いたのは赤井だった。
「安室君、どうやら彼女には勝てないようだな」
「……そのようですね」
ふ、と笑う兄の表情はいつも通りの優しいものである。雫は最後まで何が起きているのか理解できなかった。だが、後日あらためてシュウと赤井が別人であることを兄に聞かされた。

彼の優しさとは、また違う