A spark of interest

 現場から戻りパソコンを開くと憂鬱になる。
“悪い人を捕まえて、平和な街を作りたい”
子供のころからなんとなく自分は警察になるのだと思っていた。実際に努力を重ねて夢を叶えたときは嬉しかったものだ。危険に身を晒すことも多いが、世の中の役に立っていると思うと疲れも吹き飛ぶ。しかし、現場を駆け回っているだけでいいなんて甘い話はない。
 目の前には、今日中に提出しなければならない書類の山。頭が痛い。
 無心でキーボードを打ち込んでいると、いつの間にか外が暗くなってしまっていた。これは珍しいことではない。毎日のように帰りが遅くなるため、友人や家族とは疎遠。恋人と甘い時間を過ごすなんてことも、最近ではすっかりご無沙汰だった。運よく恋人が出来たとしても“すれ違い”というありきたりな言葉を持ち出されて、いつも振られてしまうのだ。
「はあ~……」
「なんだ、まだ終わらないのか?」
「ああ、降谷さん。あと少しなんですけど……」
誰に向けたわけでもなかった溜め息に上司が反応する。彼はひょっこりとパソコンを覗きこんで、腕を組んだ。
「真面目だな。他の奴が作る報告書なんて、ほとんど使いまわしだぞ」
「それ、降谷さんが言っていいんです?」
「本来なら俺は注意する立場なんだがな……少しは手を抜くことを覚えろ」
「……はい」
先に帰るという降谷に頭を下げて、再び真紀はパソコンと睨みあった。

 結局、家に辿り着いたのは日付が変わる直前だった。手を抜けと言われて、すぐに対応できるほど器用でもないのだ。
 冷蔵庫を開けて、作り置きの惣菜を真っ白な皿にうつす。以前は寝る前に食事をすることに抵抗もあったが、今ではすっかり慣れてしまった。なにせ、食べないと体がもたない。体調管理も仕事のうちだと上司だってよく言っている。そのため栄養バランスの良いものを作るようにしていて、和食のレパートリーばかりが増えてしまった。
 味の染みわたったひじきを噛みしめて、今日一日のことを思い返す。思い浮かんだのは、ある男性の顔。彼は真紀が見合いを勧められている人物で、名前は聞いたような気もするが、忘れてしまった。こういった話が珍しくないのも、真紀を悩ませる原因の一つである。
 普通の女性よりも、仕事を優先している自覚はある。それでいいと納得もしていた。しかし、上司が真紀のそんな生き方を心配しているのだ。彼は降谷よりも上の立場の人間で、無下に断ることもできない。今まで何とか話を避けてきたのだが、限界が近いような気もしていた。

 その翌日、地味な色の巾着に包まれた弁当を手に、食堂へ向かっているときのことだった。真紀は目の前に現れた男性から逃げたい気持ちでいっぱいだった。
「おお、昨日の見合いの件は考えてくれたかね? とても真面目で、優しい人だと評判もいいんだぞ」
「ああ……えっと……」
せっかくの休憩時間が台無しだ。彼も親切で言ってくれているということは理解している。しかし、こうもしつこく話が持ち上がるとなると穏やかではいられない。
 冷静に考えての行動ではなかった。ただ、この上司が見合い話を二度と持ち掛けてこないようにするためにと、突発的にとった行動だった。
「すみません、この人と付き合ってるので」
偶然通りかかった男性の腕を掴んで、にっこりと上司に笑う。上司はそのまま諦めてくれるかと思ったが、何故か驚いたような顔で固まってしまった。やはり無理があっただろうかと不安になったが、別の理由で上司が驚いているということはすぐに分かった。
 FBIの赤井秀一。真紀が腕を組んでいる男は、少し前まで降谷が追っていた男だったのだ。
「赤井……さん」
FBIと合同捜査をしているということは知っていた。しかしこんなところで出くわすなんて話は聞いていない。後に引くことも出来ず、真紀は必死で無言の訴えを送った。
 赤井と真紀は初対面だったが、降谷からの話で良い印象は持っていなかった。こんな男が話に乗ってくれるだろうか。ぎりぎりと腕に力を込めて、ただ祈ることしかできなかった。
「そういうことだ。悪いが他をあたってくれ」
なんて口の利き方だと、悪態をつくことも忘れていた。諦めた様子の上司が去って行くと、真紀は初めて赤井と目を合わせた。
「すみません! 本当にすみませんでした!」
「……いや、いい。気にするな」
赤井は詳しい詮索も、不快な態度を表すこともなかった。案外、良い人なのだろうか。
「ありがとうございます、助かりました」
「……見たところ、きみはこれから昼食のようだが」
「そうですけど……?」
「俺もちょうど休憩しようと思っていたところだ。しかしここの食堂は初めてでな、よければ案内してくれないか?」
「はい。もちろんです!」
「すまない、助かるよ」
もしかして、気を遣わせないようにしてくれたのだろうか。考えすぎかもしれないが、真紀の思っていた赤井の人物像と大きくかけ離れているということだけは事実だった。

 そのまま同じテーブルで食事をすることになった。弁当箱を広げて箸をつけようとしたのだが、隣から隠す気もなく目線を送られては、無視もできない。
「それはきみが作ったのか?」
「はい。……あまり彩りは良くないですけど」
「そんなことはない。どれも美味そうだ」
「よかったら、どうぞ」
美味しそうという言葉に気を良くして、赤井の前に弁当箱を差し出す。昆布巻きが一つ、彼の口に運ばれた。
「うん。美味い」
「ありがとうございま……」
「……どうした?」
「いえ! 何でもないです! お口に合ったみたいでよかった!」
見惚れてしまっていた。美味しいと頬を緩めた表情が、いつもの強面からは想像できないほど穏やかで。この男に似つかわしくない表現だが、可愛いと感じたのだ。
 もっと彼の色んな表情が見てみたい。これは真紀が忘れかけていた、恋なのだろうか。久しぶりの感覚に、顔に体中の熱が集まる気がした。

芽生えたのは興味だけではない