Unconscious

「お兄ちゃん、背中に何かついてる」
「ん?」
雫はその何かをひょいと掴んだ。――白くて、ふわふわしている。
「……羽?」
「みたいだね。……あー、上着かな」
彼はそう言ってすたすたと部屋の中へ姿を消した。しばらくして戻って来たかと思うと、腕の中にはクリーム色のジャケットが。
「その中から羽が出てくるの?」
「ほら、裏地のところが少し破れてるだろ?」
「ほんとだ。ちっちゃい羽が見えてる」
 どうするの? と尋ねると、彼はソファに座って裁縫道具をテーブルの上に広げた。小さな穴なら縫ってしまえば塞がるということらしい。
 特に手間取ることもなく、彼は針を進めていた。後ろから彼の肩に顎を乗せて、その様子を覗きこむ。
「もうすぐ終わるよ」
「んー」
「……それじゃ首が疲れるよ。こっちにおいで」
彼は眉を下げてぽんぽんとソファを叩いてみせた。雫がそこに座ると、優しい手つきで頭を撫でられる。自然と瞼が重くなり、雫は目を閉じていた。

 名前を呼ばれたような気がする。まどろむ意識の中、自身の名を呼ぶ声は次第にはっきりとしたものになっていった。
「……あれ?」
「よく眠れたかい?」
「わたし、寝ちゃってたんだ」
テーブルの上には裁縫道具とジャケット。作業はもう終わったのだろう。――というより、かなりの時間が経っているようだ。窓から夕陽が差している。
「もしかしてお兄ちゃん、ずっと動かなかったの?」
彼の性格ならすぐにでもジャケットを片付けてしまうはず。作業に時間がかかっただけとは考えにくい。雫が尋ねると、彼は気まずそうに頬を掻いた。
「起こすのも悪い気がしてね。それに僕もさっきまで寝てたんだ。昼寝なんて久しぶりだったけど、頭がすっきりしたよ」
 彼はうんと背伸びをして立ち上がった。そのまま肩をほぐしながら、キッチンへと歩いて行く。もう夕食の時間になってしまったのか、とぼんやり考えている雫の前にマグカップが差し出された。
「ありがとう」
「今からご飯を作るから、ちょっと待っててね」
「今日は何にするの?」
「グラタンだよ。チーズをたっぷり使ったね」
「美味しそう!」
雫がキラキラと瞳を輝かせると、彼は静かに微笑み頷いた。
 料理を作る彼の後ろ姿を、少し離れたところから見つめる。裁縫のことといい、料理のことといい、彼のことを母親に重ねてしまうことが多々あるのだ。その度に胸がチクリと寂しくなる。だけど、彼が与えてくれるのは寂しさだけではない。彼の優しさに触れると、温かな気持ちになる。
 ふと、彼が後ろを振り返った。
「そんなに見つめられても、もう少し時間はかかるよ」
「えっ……ち、ちがうよ!」
どうやら彼にはグラタンが待ちきれないのだと思われたらしい。はいはい、と彼は笑って再びフライパンに目を向けた。
「……あれ、なんでわたしが見てるってわかったの?」
「さあ、どうしてだと思う?」
彼の表情を見ることはできないが、どんな顔をしているかなんてすぐに想像できる。雫は頬を丸くして、そっぽを向いた。
「そんなの、お兄ちゃんじゃないからわかるわけないよ!」
「はは、ごめん。そんなに怒らないで」
“ごめん”と言いつつも、そう思っているようには見えない。雫は彼の背中をぺしんと叩いて、素早くリビングに戻った。

少しだけ、昔を思い出した