With all of my hearts

 はあ、とため息をついていたと気付いたのは、雫にそれを指摘されたときだった。ここのところデスクワークが続いて辛い。それは探偵の仕事でもポアロの仕事でもないため彼女には言わないが、どうにも肩が重く不快なのだ。
「お兄ちゃん、疲れてる?」
「うーん、そうかもしれないな」
右手で首や肩を揉みながら答えると、雫が静かに近づいてきた。
「わたしにさせてっ」
何故か雫は嬉しそうである。彼女はいそいそとソファの後ろに回り込み、両手を掲げた。
「……えっ、かたい」
雫の手が安室から離れる。安室が振り向くと、彼女は自分の――おそらく柔らかいであろう肩を確かめるように触っていた。
「まあ、雫も大人になったらわかるよ」
「えー……やだなあ……」

 雫は出来る限りの力を込めているようだが、安室にはそれでも足りないぐらいだった。床に寝そべって背中を踏んでくれと頼むと、ギョッとした表情で見つめられる。
「……大丈夫なの?」
「うん。加減しなくていいよ」
「わ、わかった」
背中の真ん中に小さな足が乗せられる。初めこそ恐る恐るといった力加減だったが、徐々にそれは強くなり、安室の思った通り気持ちの良い感触だった。
 床のひやりとした冷たさと、雫の子供らしい体温に挟まれる。ゆるやかに時が流れていった。

「ありがとう。もういいよ」
「肩、よくなった?」
「うん。雫のおかげでね」
安室がそう言うと、雫は嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、そうだ。そろそろお風呂を沸かさないと」
歩き出そうとすると、服を引っ張る力が。振り返るまでもなく雫の仕業なのだがどうしたというのだろう。
「今日はゆっくりしてて。お風呂はわたしが沸かすから」
ぐいぐいとソファへ押し戻され、ここから動かないようにと言われる。
 雫はすぐに戻って来た。もともと浴槽は彼女が洗っていたので当たり前と言えば当たり前なのだが。雫はちょこんと安室の隣に座り、満足気に笑った。
 彼女を見ていると疲れが吹き飛ぶようだ。一生懸命に何かをしようとしてくれるのも嬉しいのだが、安室にとってそれはさほど重要なことではなかった。こうも彼女に対して甘くなってしまうなんて、部下に知られたら笑われるかもしれない。驚く風見の様子を想像して、ふと息がこぼれる。
「なに笑ってるの?」
「いや……何でもないよ」
「えー」
雫は不満そうに顔を丸くし、体重を掛けてきた。
「そうだ。マッサージのお礼に今日はゼリーを作ろうかな」
「もうっ! お兄ちゃん全然わかってない!」

親愛を込めて