She is too green

 工藤邸は広い。今は本当の家主ではなく、沖矢昴という男性がそこに一人で住んでいる。彼一人で掃除をするのは大変だろうということで、たまに蘭や園子と一緒に梢も手伝いに行くのだ。
 梢は工藤新一の幼馴染というわけではないし、特別仲がいいわけでもない。それなのに何故、二人と一緒に掃除を手伝いに行くのかというと……。
「隠したってバレバレよ! アンタ、昴さんに惚れてるでしょ!」
つまりこういうことなのだ。梢は沖矢昴のことが好きで、二人もそれを知っているから、親切か……単に面白がっているだけなのかもしれない。たびたび誘われて、一緒に工藤邸に行くのである。
 ただ、沖矢昴という男はなかなか鈍い。割と好意を全面的に押し出しているつもりなのだが、彼はいつもそれをサラリとかわし続けている。気付いていないのか、それとも梢には興味が無いのか。蘭や園子は応援してくれているが、進展は難しそうである。
 今日も工藤邸を四人で掃除していた。そして、沖矢の準備したお茶で休憩をしているところ。そんな空間で、園子がとんでもないことを言いだした。
「今度の合コン、梢も行かない? 人数足りてなくてさあ」
「えっ……合コン?」
梢が沖矢を好いているのを知っているのに、何故そんなことを。ちらっと沖矢を窺っても、彼が口を出す様子はない。園子は更に続ける。
「そうそう。梢は彼氏いないし、ちょうどいいじゃん! 梢ならきっとモテるって!」
「でもわたし、あんまりそういうの……得意じゃないっていうか……」
「行ってみたら案外楽しいかもよ? ねえ、蘭もそう思うでしょ?」
「う、うーん。まあ、行くだけならいいんじゃない?」
蘭は味方だと思っていたのに。二人に押されて断り辛い。
「……梢さんは彼氏が欲しいんですか?」
今まで黙っていた沖矢が口を開いた。彼に変な誤解を与えたくないため、梢は慌てて否定をする。
「あ、いえ! そういうわけじゃ……」
「それなら無理に行かなくてもいいでしょう。合コンなんて、変な男が紛れているかもしれませんしね」
それで話は終わると思っていた。だが、園子は更なる爆弾を落とす。
「じゃあさ、昴さんは? 心配なら昴さんも一緒に行けばいいんじゃない?」
「僕もそういったのは苦手で……すみませんが遠慮しておきます」
 そして、今は沖矢と梢の二人きり。休憩も終わり掃除を再開したのだ。もちろんこの組み合わせは、おせっかいな友人二人の計らいによるもの。
「あの……さっきはありがとうございました」
脚立の上で本棚の埃を落としながら、梢はそう言った。沖矢がああ言ってくれなければ、二人に乗せられて合コンに連れていかれていたかもしれないからだ。
「梢さんも嫌ならはっきり断るべきです」
「……ごめんなさい」
「別に責めているわけではありません」
流れる沈黙が少し気まずい。沖矢はいつも優しくて、機嫌の悪いところなんて見たことがないのに。何か気に障ることをしてしまっただろうか。全く見当がつかない。
 それからは沖矢のことが気になって、あまり掃除に集中できていなかった。そして突然、ぐらりと視界が揺れる。
「わ……」
落ちてるな、と呑気に考えていた。そう高くない脚立だから大怪我にはならないだろうとも。しかし予想していた衝撃はいつまでたっても感じられない。その代わりに、温かい感触が体中を包み込む。
「……気を付けてください」
「お、沖矢さん……! ごめんなさい!」
慌てて離れようとするも、沖矢は力強く梢のことを抱き留めている。顔に熱が籠るのを感じた。
「あなたは少々抜けているところがあるんですから、合コンなんて行ったら男たちの思うツボです」
「……え、合コン?」
てっきりその話は終わったと思っていたのだが、沖矢はまだ気になるところがあったのだろう。じっと目を見つめられて「行きませんよね」と念を押された。
「はい……! あの、だからもう離してくれませんか……。恥ずかしいです」
「ああ、すみません」
「いえ! い、嫌ってわけじゃなかった……っていうか……」
「……」
「あ! そうだ! あの、合コンは行きませんけど、沖矢さんとはどこかお出かけしたいなって……」
返事はない。その代わりに沖矢はため息をついた。サッと血の気が引く。なんてことを言ってしまったんだ。
「ご、ごめんなさい。冗談です。忘れてください」
耐えられなくなって書斎から飛び出してしまった。そして友人二人のいる場所へ逃げ込む。
「あれ、どうしたの?」
「ど、どうしよう! 沖矢さんに嫌われちゃったかも!」
梢は真剣だった。それなのに、蘭と園子は二人で目を合わせてニヤニヤと笑う。
「見たところ、昴さんは脈アリね!」
「うん、わたしもそう思う」
園子に蘭が続く。二人は何を根拠にそんなことを言っているのだろう。
「実は前も合コンの話を昴さんの前でしたことがあったんだけど、そのときは何にも言ってこなかったのよ!」
「そうそう。なのに今日は……ねえ?」
「え……本当? それならもっと押してみてもいいかな?」
「いいに決まってるでしょ! もっとガンガン行くのよ!」
そんな会話もあって、梢は積極的に沖矢にアプローチをするようになった。一方彼がどんな苦悩を抱いているかなんて、彼女の知るところではない。

それは彼女の若さゆえ