恋愛非合理主義者
※千空→夢主→百夜です
俺が小学生のとき、あいつは大学生だった。歳が近いわけでもないのに何度も顔を合わせる機会があったのは、あいつがたびたび俺の家を訪ねてくるからだった。一人暮らしだと言っていたから、話し相手がほしかったのかもしれない。そう思って、ロケットの実験に付き合わせたりもした。
あいつは俺を撫でるわ抱きしめるわ、子ども扱いを徹底した。そのくせ抜けてるところがあって、放っておいたら死ぬんじゃないかとさえ思った。気付いたらあいつのことばかり考えるようになっていて、好きになってしまったのだと気付いた。小学四年生の夏だった。
それからというもの、あいつと会う前は妙にソワソワして、あいつが帰ったあとはぼんやりしてしまうことが増えた。妙な感触だったが不快感はなかった。だがそれも、一カ月と続かなかった。
好きだから気付いてしまったのだ。あいつの目がいつも百夜を追っていたことを。
あいつが百夜とどうこうなるとは思っていなかった。もしあいつが告白したって、百夜なら真摯に向き合って断るはずだ。あいつはまだ未成年で、もうすぐ成人といえばそうだが、百夜なら大丈夫だと自分に言い聞かせた。
俺が知らないだけの可能性もあるが、あいつは成人しても百夜に告白はしていないようだった。大学を卒業して、けれど就職が大学の近くで、あいつは同じ場所で一人暮らしを続けていた。ご近所さんという俺たちの関係も変わらないまま、ただ時だけが過ぎて行った。
そうして2019年、人類は石となった。
俺たちが目覚めたときはすでに、百夜はこの世を後にしていた。それを知ったあいつは、一人でこっそり泣いていた。俺に気を使ったのか、泣いているところを見られたくなかったのかは分からない。それでも見て見ぬふりができなくて、俺は泣いているあいつの隣に腰を下ろした。
「……ごめんっ、千空くんのほうが辛いのに」
「なに言ってやがる。テメーが悲しんでることに変わりはねえだろ」
「……でも、でもっ」
わかるよ、百夜のことが好きだったんだろ。俺の中の理想の俺がそう言っている。でも、言わない。言ったら、この先わずかな可能性が消えてしまうと思った。俺が何も知らないことにすれば、あいつの傷が癒えたとき、次はその感情を俺に向けてくれる可能性があるんじゃないかって、クソみたいなことを考えていた。
昔そうされたように、今度は俺があいつを抱きしめた。頭をぐちゃぐちゃに撫でまわしてやった。これは全部仕返しだ。
あいつは俺の胸に顔を押し付けてわんわん泣いた。俺に隠す気があるのか、もはや分からない。それとも「実はね」と落ち着いたら打ち明けられるのだろうか。もしもそんなことになったら「とっくに知ってたわアホか」とでも言ってやろう。そこまでされたら、諦めがつくかもしれない。
「実はね」
あいつがそう切り出したのは、三日後のことだった。
「ハタチになったとき、百夜さんに告白したの。丁重にお断りされちゃったけどね!」
あいつは晴れやかな顔で言ってきた。そのときの俺といえば、口をぽかんと開けたまま固まっていた。
何も希望が見えたわけじゃない。打ち明けられたということは俺のことを全く意識していないことだ。それなのに、胸がこんなにもざわざわと声を上げている。
恋愛なんて面倒なだけだ。色眼鏡のせいで正常な判断はできなくなるし、何もいいことはない。
「ごめん、驚かせちゃった?」
「ククク、テメーよく俺にそんなこと言えたなあ」
「うーん……だって、一人じゃ抱えきれなくて」
「そーかよ。ま、俺はどーでもいいけどな」
「えー、それはそれで酷くない?」
「うるせえ喋ってる暇あったら仕事しやがれ」
「はーい」
あいつは子供みたいな顔してトボトボと歩いて行った。俺はその後ろ姿を見ながら、大きな欠伸をした。