わたしたち復興途中

※本編後の話です

 目を開いたらまるで異世界だった。3700年以上も人類は石になっていたらしい。今は復興の途中で、まあそこまでは理解した。というか理解せざるを得なかった。だってまるきり世界が違うのだ。戸惑いがないわけじゃない。だけど周りを見たらみんな何かしら一生懸命にやっているから、私も立ち止まってはいられなかった。
 じゃあ何が理解できないのか。答えは一つ、浅霧幻……私の恋人、いや恋人「だった」というのが正しいだろうか。だってゲンはあのときよりも十以上歳をとっているらしくて……とにかくその彼が今の世界でかなり重要なポジションにいるそうなのだ。人類で初めて石化を破り、さらには他の人を石から目覚めさせてこの世界の土台をつくったという石神博士。ゲンはその石神博士の最初期からの仲間ってだけでもすごいのに、今は外交官として世界中を飛び回っているらしい。
 ……いや、あなたマジシャンでしたよね? 前からテレビには出演してたけど、まさかこんな形で再会するとは思わなかった。ニュース番組に映るゲンは相変わらずよく口が回っていて、あのときの彼とは違うはずなのに、何も変わってないんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。
 しかしいくら石化前に付き合っていたとはいえ、私のような凡人がゲンに近づく術はない。ゲンは私が目覚めたことすらきっとしらなくて、もしかしたら新しい恋人だっているかもしれない。さすがにこの状況だから責めたりはしないけど、じゃあ私が新しい恋に走れるかといえば、そういう気にもなれないのが現状だ。

 石化前、私は大学生だった。この世界で勉強する環境が全くないとはいわないけれど、私は働くことにした。もともと勉強するのが大好きというわけでもなかったからちょうどいい。それにこの世界ですべき仕事というのは山ほどあるのだ。
 毎日数えられないほどの人数が石化から目覚めている。それに対して特に追いついていないのが住居の問題だ。そこで目覚めたばかりの人間が寝泊まりできる巨大な施設を作ってしまったそうなのだ。食事も支給されて、あとは職や住まいを手にした人から出ていくというシステムだった。私も目覚めてすぐはお世話になったのだが、今はスタッフとして働いている。。すごく巨大な施設だから働いている人の数も多い。だけど今のところ知り合いには一人も出会っていない。
 一度文明がリセットされて原始的な生活を強いられるのかと思いきや、そんなことはなかった。例えばこの施設にはお掃除ロボットがいたり、メインフロアには求人の確認ができるパソコンがあったりと、妙なところで文明レベルが高いのだ。私はロボットたちの点検と、目覚めた人のリスト化を主な仕事としている。そうして一年、二年という時間があっという間に過ぎて行った。

 ゲンのこともすぐに忘れられるかなと思っていたけど、彼が毎度のようにテレビに出るから忘れようにも忘れられない。このままではいけないと、私は前に一度いわゆる出待ちというものをしてみた。ゲンが日本に帰ってくるタイミングなんてものは調べたらすぐにわかるようになっている。だから空港まで行った。……行ったけど、私はたくさんの女の子の波のうちの一人に過ぎなかった。ゲンは飛行機を降りた次は車で移動していたみたいだけど、とても追いかける気にはなれなくて私はすぐに家に帰った。
 それから私は意図的にゲンの情報をシャットアウトするようになった。だからもう今どこの国にいるのかも知らない。全く目にしないというのは無理かもしれないけど、少しだけ私の心に平穏が訪れたような気がしていた。

「なまえちゃん!」
いやあ、嘘でしょ。幻聴が聞こえるなんて。……幻聴? じゃあ目の前にいるジグザグ頭は何? とうとう幻覚まで見えるようになった……わけないじゃない。ゲンはテレビの向こう側と同じ顔でにこりと笑っていた。
 ゲンに会ったのは私がロボットの稼働チェックをしていたときだった。とりあえず誰もいないスタッフルームに引きずり込んで、今は対面して座っている。心理学的には向かい合うより隣に座ったほうがどうこうって、そういえば前にゲンが言っていたなあと今さら思い出した。
「で?」
「で? って酷くない? 感動の再会なのに」
「いや感動っていうか……何してんのここで」
「いやあ俺としたことがうっかり! ホテルの部屋取り忘れちゃってさ~、ま~ここなら部屋空いてるでしょ! って」
ホテルの予約を忘れるなんてそんなことあるのだろうか。というか日本に家は持ってないのか。……持ってないんだろうな、日本にいることはほとんどないんだろうし。
「部屋なら空きはあると思うけど、泊まれるかどうかは上に聞いてみないとわからない」
「あ~、そうよね~……なまえちゃんはどこ住んでんの?」
「……近くのマンション的なとこ」
なんとなく嫌な予感がした。というか次に来る予想をしてしまった。でもさすがにそれは……と思っていたら、ゲンは本当に私の思っていた通りのことを言い出した。
「泊めて」
「……それはちょっと。っていうかここに泊まれるかもしれないじゃん」
「まあ最初は俺もそのつもりだったんだけど、来てみてびっくり! なまえちゃんがいたんだもん。せっかくだからゆっくり話そうよ」
「……うん」
馬鹿か。なんで断らないんだ。正直言うとちょっと期待した……というかしている。ゲンがまだ私のこと好きなんじゃないかって。もしそうなら、全部ゲンの手のひらの上だって構わない。気付いたらそんなことを考えていて、やっぱりまだ好きだったんだなあと実感する。もうこれでダメなら諦めもつく気がした。いま以上のチャンスなんてきっとこの先ないだろうから。
 そうと決めたら即実行。私はまだ勤務中なので、ゲンには先に行ってもらうのがいいだろう。
「あそこの木に半分隠れた建物、わかる?」
「うん。なまえちゃんが住んでるとこ?」
「そう。3024号室。これ鍵」
「え?」
ゲンはいちおう鍵を受け取ってくれたものの、目を真ん丸にして私を見ていた。もうちょっと私が渋るとでも思っていたのだろうか。
「いやいや、俺のこと信用しすぎじゃない?」
……そっちか。ゲンの言い分を聞いて妙に納得する。確かに旧世界なら不用心すぎる振る舞いだ。だけど今、私の家には何もない。ゲンが手に入れられないようなものなんて、私の家には一つもないのだ。
「……行けばわかると思うけど、何も盗るようなものはないよ」
「いや、まあ……そうかもしんないけど。ふつう他人に家の鍵渡す? って話」
「ゲンならいいかなって。何かあったらメディアに売れるし」
「ドイヒー……。まあいいや、じゃあ先に行ってる」
「うん」
「行く前に食べるもの買ってくから、今日は晩ご飯のこと気にしなくていいよ~」
「ありがとう。すごく助かる」
「今日はご馳走だね~」
ゲンは機嫌よくそう言って私に背を向けた。何だろう。うまくいったはずなのに、ちょっとイラっとしてしまった。でも思い返せば昔からこんな感じだった気もする。

 仕事は時間通りに終わって、私は急いで家に帰った。インターホンを押せばゲンがドアを開けてくれる。おかえりと言われて胸がツンとした。ここでゲンに抱きつける私だったらいいのになあと思いながら靴を脱いだ。
 テーブルに並べられた料理を見て私は目を疑った。明らかにその辺のスーパーで買ったようなものではないのだ。デリバリーでもなさそうで、どこかの高級レストランでテイクアウトしたの? ってくらいすごい。しかもこのメニュー、私の好みのものばかりだ。絶対わかっててやってるなあこれ。にこにこしたゲンの、今度は隣に座ってみた。
「これどこで買ったの?」
「知り合いが店出してて、そこで作ってもらったの」
「高級店でしょこれ」
「ま~ね~。お金なら持ってるし」
ゲンは親指と人差し指で輪を作った。
 私は箸を手に持って、だけど一度テーブルに置いた。ゲンが首を傾げている。自分でも性急だとは思うけど、これ以上先延ばしにしたら胃がどうにかなりそうだったのだ。

「……私はまだ、好きだけど」
 ゲンは目を見開いた。無理もない。だってそういう雰囲気じゃなかった。食べたあとに言えばよかったのだ。失敗したかもしれないと今さら後悔する。
 ゲンはしばらく固まっていたけど、ややあって深いため息をついた。
「なーんで俺の知り合いってこう、駆け引きとかできない人ばっかなんだろ。……いやでもそうね、なまえちゃんの即決断・即実行に慣れてたからストーンワールドでもうまくやってけたんだと思う」
 コーラ瓶の栓が勢いよく開けられる。ぐぐっと一気に半分くらい飲んで、ゲンは机に突っ伏した。
「好きじゃなきゃさあ、わざわざ探すわけないでしょ!」
 まるで酔っ払いだ。丸い頭をツンと指でつつくと、ゲンは机に伏せたまま顔だけこちらに向けた。
「……探してくれたんだ」
「ホテルの部屋とるの忘れたってさすがに無理あるでしょ」
「怪しいなとは思った」
「っていうか家も一応あるし」
「そうだったんだ。どうやって探したの?」
「復活者リストあるでしょ。……ちょーっとだけ職権乱用した」
 ゲンの白状を聞きいていたら胸のあたりがムズムズしてきた。嬉しい。だけどゲンにはゲンなりのプランがあったようで、さっきからずっと机に伏している。
「……即決断とかゲンは言うけどさ、私も時間かかったんだよ。空港で出待ちしたけど、結局行けなかったから」
「え、嘘!?」
飛び起きたゲンが私に詰め寄ってきた。すごく頬が熱くなっている気がして、ゲンから視線を逸らす。
「全然気づかなかった。なまえちゃん来てくれてたんだ……」
「仕方ないよ。人いっぱいいたし。ごめん、責めるつもりで言ったわけじゃなくて」
「わかってる……正直、俺こんな目立つとこにいるのにって思ってたから、来てくれてたこと自体は嬉しい。……けど、あ~……」
「私はもう今の反応で報われたかな」
「……ならいいや。冷めちゃうし先食べよ」
「うん」

 それから私たちはもくもくと食べていた。あれ、ゲンってこんな静かだったっけ。いやそんなはずない。どっちかっていうと絶えず喋っているほうのイメージだったけど、これが十年ってやつか。私だけ過去に置いて行かれたような気がして少し寂しくなる。
「ねえ、ゲンって今いくつ?」
「それ聞いちゃう? 何回か石になったし正確にはわかんないけど三十代前半ってとこかな~」
「三十代かあ」
「なんか含みある言い方~」
 私はデザートのケーキにぶすりとフォークを指した。クリームが皿の上に落ちてしまう。
「私のこと子供だなって思う?」
「あいかわらず直球なのね。思わないけど、ハタチのお祝いとか一緒にしたかったな~って」
「……うん」
 最後の一切れを口に運んで、皿に落ちてしまったクリームをフォークですくう。ゲンは「俺のも食べる?」って言ってくれて、別にそういうわけじゃないだろうに大人だなあと思ってしまった。

 この狭い家にソファなんてものはない。食器を片付けた私たちはベッドに並んで座った。
 それからいろいろなことを話した。これまでのこと、これからのこと、時間はいくらあっても足りそうにない。
 ゲンは一週間後、また海外に行ってしまうらしい。そうだろうなとは思っていたし、引きとめるつもりもない。だからって私が着いていくということもなく、ゲンもそれを望んでいるわけじゃないようだ。
 たまに帰ってくるゲンを待って、一週間くらい一緒に過ごして、ゲンが飛行機に乗るのを見送る。その繰り返しに耐えられる自信はない。うまくいっているような気がしたのは一瞬だった。
「ゲンはずっと外交官なの?」
「……だからさ、今まさに言おうとしてたことなんだけど!」
「ごめん」
「いいよ、もう。慣れちゃった。で、本題だけど……今、時代はリモートなのよね」
「まあ、一部はね」
「だからさ~、もうちょっとで飛び回る必要なくなるかなって。それまで待っててくれる?」
「いいよ、待つ」
「気持ちいいくらい即答だね」
「……ずっと待ち続けるのは無理だなって思ってたから、『もうちょっと』なら全然」
「あ~……もうちょっとは言い過ぎたかも?」
「二年待ったから……もう二年なら待てるよ」
本当は一年も待ちたくないけど、せめてもの強がりだ。
 ゲンはベッドの上にバタンと仰向けに倒れこんでしまった。両手で顔を覆って唸り声を上げている。しかしすぐに起き上がって、キリリとした顔で言うのだ。
「一年で帰ってくる」
「うん、待ってる」
私の見栄はここで崩壊した。ゲンは慌てることもなく、私の目尻に指を伸ばしてきた。