私は美少女である
私はかわいい。私は自分のかわいさを自覚して、内面だって見劣りしないよう精一杯頑張ってきた。誰にだって優しくするし、陰口なんて絶対に口にしない。完璧な美少女とはそういうものであると思っていたからだ。こう言っちゃなんだけど、すごくモテた。そう……石化前の世界では。
このストーンワールドに平凡な人間など皆無に等しかった。そうした中に私が混じっているのは単に運がよかったからだ。ナイタールがどうこうと石神が言っていたけどこの際それはどうでもいい。私は生まれて初めて劣等感というものを抱いていた。だって何の特技もないのだ。
それでも私は一生懸命やった。地道に作業をして手の皮が切れたこともある。だけどそれはみんな同じことだった。
そんな私にトドメを刺したのが七海龍水という男だった。女は全員美女。……あっ、そう。確かにここはかわいい子が多い。だけどそういうことじゃなかった。私が唯一すがっていたものがガラガラと崩れていくような気がした。
七海に会ってからは正直やる気がなくなった。それでもサボるわけにはいかないとダラダラ手を動かしていたら、周りに心配を掛けてしまった。日頃の行いのおかげで誰も私のことを疑わなかった。体調が悪いなら休んでと言われ、魔が差した。
悪いことだと思ったことは極力やらないようにしてきた人生だった。サボりなんて初めてだ。日影で横になっていたら、涙が出そうになった。
情けない。一度こうなってしまってはもう取り返しがつかない気がしていた。私は完璧な美少女でも何でもない、ただの子供だったのだ。
「おい、大丈夫か?」
目を開けば今一番見たくない顔がそこにあった。まあ声でなんとなくわかってはいたんだけど……。
「ちょっと眩暈がして……ごめんね、みんな頑張ってるのに」
叫び散らかしたい気持ちを我慢して私はにこりと笑った。いっそ「うるさい黙ってろあっち行け」と言ってしまえば多少はスッキリしたかもしれない。だけど今まで積み重ねてきたものを簡単に手放すことはできなかった。
七海はじっと私のことを見ている。まさか今さら私のかわいさに気付いたなんてこと……? それなら許してやらなくもない。……いや、許すって何をだ。
「熱があるんじゃないか?」
七海の大きな手が私の額に触れる。ハア? 私に気安く触れていいなんて誰が言った? ……こんな、男の人に顔を触られるなんて初めてなんだけどッ?
「やはり熱いな。水は飲んだか?」
「さっき少しだけ……」
「わかった。水をもらってくるから待っていろ」
「あ、ありがとう……」
七海を見送りながら額に触れてみると、なるほど確かに熱い。もしかして私は本当に具合が悪かったんだろうか。それならこれはサボりに該当しないのでは……? いやいや、こういうのはズルしようと思った時点でダメなのだ。
なぜ七海に見られながら水を飲まなければならないのか。普段の声が大きいイメージとは真逆に、七海は静かにしていた。水を飲み干した私はとびきりの笑顔でありがとうと告げる。これはサヨウナラの合図だ。ほら早くどっか行け!
「どうした? 横になっていろ」
いやお前がいるからだろうが~ッ!
「見られてるとちょっと恥ずかしいかな」
「ああ、そうか」
思ったよりもあっけなく、七海は姿を消した。私はもう一度横になって目を閉じた。さっきよりは少し楽になったかもしれない。
「七海くん、この前はありがとう」
昨日の失態はとりあえず保留にして、私は私を維持することにした。だけどやっぱり七海のことは気に入らない。必要最低限のお礼だけ言って私はサッと作業に戻った。
「大丈夫?」
私に声を掛けてくれたのはカセキのおじいちゃんだった。昨日私が体調を崩したことを聞いて心配してくれたみたいだ。昨日……昨日……ああ、思い出すだけで頭が痛くなる。
「まだ具合悪いんじゃないの? みんなにはワシが伝えとくから
「大丈夫です!」
「そお? 辛くなったらいつでも言ってちょ」
「はいっ」
気を取り直して作業を行っていたら、遠くから七海の声が聞こえてきた。大きいんだよ声が。七海は今日も相変わらず「欲しい」と誰かに言っているようだ。
私は言われたことない。
別にどうでもいいけど。作業に集中したいのに七海の声が邪魔だ。聞こえてくる方角を見上げると、七海とその近くには杠ちゃんがいた。新作の洋服ができたと言っていたからそのことなのかもしれない。
「気になる?」
「えっ……何がですか?」
「もう照れちゃって。さっきからずっと見てるじゃない」
おじいちゃん、いったい何を言ってるの?「若くて羨ましいわい」え、何が?
ドッ、ドッと心臓の音が大きくなる。なぜ、どうして? 顎からぽたりと汗が流れ落ちる。……あれ、やっぱり私、まだ具合悪いのかな。
「……おい!」
顔を上げたらいつの間にか七海が目の前にいた。全然気づかなかった。私は七海に腕を引かれて日影まで連れて行かれた。
「全く、自分の体調のこともわからんのか貴様は」
「そんな……少し、ぼーっとしてただけだよ」
「ほう?」
七海は機能と同じように私に触れてきた。今日はそこまで驚かなかった。だって昨日の今日だ。
熱いと言われた。自分でも触ってみたら確かにそんな気がしてくる。七海の声を聞くまでは何ともなかったはずなのに、不思議なものだ。
「貴様、俺を避けているのか?」
「そんなことないよ。……むしろ私なにか気に障るようなことしちゃった?」
「……まあいい、貴様が俺をどう思っていようと関係ない」
七海が指を鳴らすと、とても大きな音がした。
「俺は貴様のことが大好きだ!」
「え……」
いや、違う違う違う……。これ、全員に言ってるやつだから。私は初めて言われたけど。
「何を驚いている?」
「あ、ううん……何でもないよ!」
「フゥン貴様、俺が好きだと言っているのに何でもないとは無粋だな!」
「……だって! 七海くんいつもみんなに言ってるじゃない!」
「不満か?」
「どうしてそうなるのっ!」
「あまり叫ぶな、熱が上がるぞ」
「……~ッ!」
にやりと笑う七海が憎たらしい。だけど確かに熱が上がってくるような感覚がある。
「……石神くんに室内でできる作業がないか聞いてくるね」
「おい!」
立ち上がろうとしたら、一瞬目の前が真っ暗になった。あ、ヤバ……。咄嗟に壁に寄りかかろうとして手をつくが、そこは壁でなく七海の体だった。
「……ごめんっ!」
「貴様、俺の忠告をまるで聞いていなかったな」
すぐに離れようとしたが、七海に腕を掴まれてそれもできない。
「なぜそうまでして働こうとする?」
「それはみんなも、頑張ってるし……」
「貴様は体調の悪い人間も休まず働くべきだと思っているのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
……なんだかおかしい。どんどん熱が上がっているような気がする。特に七海に掴まれた腕の部分、意識したらまたぴりぴりと熱くなって、こんなこと今までなかったのに。
「……もう大丈夫、私はここでおとなしくしてるよ。七海くんも何か用事あるなら戻って……」
「なかなか強情だな」
休んでいると言ったのにどうしてそんなこと言われなきゃいけないんだ。七海は私の腕を握ったまま鋭い視線を向けてくる。いや近い……近いよ。
「俺のことが気になるんだろう?」
「な、」
七海の腕がするりと離れていく。一瞬何を言われたのかわからなくて呆然としていたら、その間に七海は行ってしまった。私はその場にへたり込んでそれ以上動けなかった。
そうだ、あいつは女の子全員が自分に興味あると思ってるんだ。だから好きなんて面と向かって言えるんだ。……いや、でも七海の好きとか欲しいはそういうのじゃないような。
頭の中でぐるぐると考えても、納得のいく答えがでてこない。次に会ったら私はどうすればいいのだろう。……いやいや、べつに今まで通りでいいじゃないか。何をそんなに意識してるんだ。
そうして次の日、私は七海を前に何も言えなくなってしまった。なぜだか七海は得意気に私を見下ろしていて、それがすごく腹が立った。フランソワの作ったデザートを一緒に食べないかって? まあ、そのくらいなら付き合ってあげてもいいけど!