マギ・ヴァル大陸の西に存在する小国――カドニア。豊かな自然に恵まれたこの国は、大陸の各国と同盟を結び、長らく平和に過ごしてきた。
王女であるレネは城での生活に満足していた。王政を学び、魔道の腕を磨く。そして、後に王位を継ぐ兄の手助けをしていつもりだった。しかし――。
レネは王の言葉に愕然とした。
「お父様! 急にどうしてです? わたし、結婚なんて……」
「急でもあるまい。お前の兄とて、もう婚約は済ませていた年齢だ」
「そうですけど……」
「それに悪い話でもないだろう? 相手はルネス王国のエフラム王子だ。若くして武勇に優れ、聡明な人物だと聞く」
エフラムがどんなに素晴らしい人物かと説明されたところで興味も湧かない。彼女の頭を占めていたのは、どうやったらこの縁談を断ることができるかということ。しかし、考えたところでいい案を絞り出すことはできなかった。何よりこの縁談こそが、国への大きな手助けとなるだろうことを彼女は理解していたのである。
下を向き口を閉ざした娘を見て、国王は言った。
「まだ頭が整理出来ていないのであろう。十日後に顔合わせをする約束になっているから、それまでに考えておきなさい」
「はい……」
レネは一礼し、王室を後にした。
「酷いわ……。十日なんてすぐじゃない……」
それから時が過ぎるのはあっという間だった。明日にはルネスへ出発だというのに、レネはまだ決心することが出来ないでいた。そんな彼女の心境を察してか、城内は普段よりも静けさを保っている。しかしその静寂は、ある知らせによって破られた。
急に時が動き出したかのようだ。城の中は一転、慌ただしく人が交差する。召使いから話を聞いたレネは、事の真相を確かめるため父のもとへ走った。
「お父様、ルネスが陥落したというのは本当なのですか!?」
「ああ、どうやら間違いないようだ」
ルネスの隣国であるグラド帝国が突如各国への侵略を始めた。同盟国の突然の攻撃にルネスはまともに反撃することも出来ず、国王も討たれてしまったという。
「エフラム王子は行方不明。エイリーク王女は部下とともに逃げ延びたそうだが……」
「それなら、すぐに兵を集めて助けに行くべきです!」
レネはそれが当然のことだと思っていた。しかし王は首を横に振る。
「そんなことをして、ここまでグラドが攻めてきたら打つ手がない。婚約の話もなしだ」
「縁談の準備までして、いざ都合が悪くなったら見捨てるようなこと……。そんなのあんまりです!」
「いいか、レネ。私たちは何も戦争がしたくて婚約の話を進めていたわけではないのだ」
王の言葉にが突き刺さるような痛みを与えてくる。まだルネスに嫁いだわけでもないというのに、見捨てられたような気さえした。もし、レネがルネスに行った後に戦争が起きていたら王はどうしただろうか。来ない助けをいつまでも待ち続ける哀れな女の姿が、レネの頭に浮かんだ。
王に――父に反抗するのは幼いころ以来だ。
「それならわたし一人で行きます! そして、ルネスを助けた上で……縁談もお断りしてきます!」
「待て……待ちなさい!」
レネは自室から素早く魔道書を持ち出し、愛馬と共に城を出た。