2026年2月8日 東京ビッグサイト「恋に夢中で忍びない」に参加します。
今までの連載+書き下ろし(12000字程度)をまとめて夢本にします。
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※イベント残部があった場合、BOOTHでの通販も行う予定です。

トリップしたけどタソガレドキを知らない話 夢本サンプル


「土井殿が死んだって言ったらどうする?」
 雑渡があまりに突拍子のないことを言うから、私はポカンと数秒固まってしまった。そんなことあるわけない。……あるわけない、よね? 冷たい瞳にじぃっと見下ろされていると、途端にそれが真実のように思えてくる。
「……本当なんですか?」
「死んだと決まったわけじゃないが、行方不明でね。ここ数日捜索を続けているんだけど」
 このところ城内が慌ただしかったのは、そのせいだったのか。雑渡が私に尋ねたいことが、なんとなくわかった気がした。
「……すみません。そういった話は聞いたことがないです」
「話が早くて助かるよ。しかしそうなってくると、本当に手詰まりだな……」
「土井先生が亡くなるとは思えません……」
「うん。そうだね。きっとすぐに見つかるよ」
 雑渡はポンと私の頭を撫でて行ってしまった。そんなに心配することじゃない。だって「忍たまの土井先生」なんだから。死ぬわけないとわかっているのに、なんだか嫌な予感がした。

 その日の夜、布団の中で一人目を閉じているとだんだん不安になってきた。もしかして、もうここは私の知っている忍たまの世界じゃない……とか。だって私と雑渡が結婚しているくらいだ。起こるはずのないことが起こったとしても、何も不思議じゃない。もしも土井先生の身に何かあったのだとしたら、それって――
(私のせい?)
 ガバッと布団から起き上がると、急に腕を掴まれ口を塞がれた。
「ッチ、勘付かれたか……まあいい」
「ん! んーッ!」
 縄をぐるぐると身体に巻きつけられる。なんとか逃れようと暴れていたら、頬を打たれた。急に怖くなって抵抗する気を失ってしまう。私はそのまま大きな袋に入れられ、部屋から運び出されてしまった。

 ずいぶんと長い間運ばれていた気がする。どさりと荷物のように降ろされ、やっと視界が明るくなったかと思えば、目の前には見覚えのある男が立っていた。
(この人ドクタケの……八方斎!)
 そうか、私を攫ったのはドクタケ忍者……ということは、私を使って雑渡を脅すつもりなのかもしれない。こういうことになるかもしれないと雑渡には事前に言われていたけど、実はあまり実感が沸いていなかった。それも全部、私が「忍たまの世界」と侮っていたのが原因だ。
「この女が雑渡昆奈門の……」
 八方斎は品定めするような目で私を見てきた。なんかこの人、イメージと全然違う。アニメで見たときはもっと愉快なキャラだと思っていたけど、実物はまさに「悪」という感じだ。
「こんなことしても無駄ですよ」
「ほう?」
「私よりも仕事を優先すると言われてますから」
「立派なことだ」
 身体が震えているのに気づかれたのだろう。八方斎は大きく口を開けて笑った。私が知っているお約束では頭が大きすぎて後ろに倒れてしまうはずなんだけど、今日は普通に安定している。やっぱり何かおかしい。
「八方斎様」
「おお、戻ったか天鬼」
「……え?」
 部屋の中に入ってきた、八方斎が天鬼と呼んだ男を見て、私は思わず声を漏らした。だってその人はどう見たって土井先生なのだ。
「土井先生!」
 土井先生はちらりと私を見て、すぐに目を逸らした。文化祭でちょっと話したぐらいだから私のことを忘れていてもおかしくはないけど、呼びかけられて無視するような人ではない。それに私の聞き間違いでなければ、八方斎を様付けで呼んでいる。
「……土井先生、ですよね?」
「八方斎様、この女は?」
「あの悪名高きタソガレドキ城の忍者隊組頭、雑渡昆奈門の妻だ」
「なぜ、そのような者がここに」
「人質だ。タソガレドキは戦に勝つためならば手段を選ばないからな。多少は卑怯な手を使ってでも対抗しなければならない。これも世界平和のためだ」
「せかい……へいわ?」
 ドクタケ忍者が何を言ってるんだと思ったけれど、部屋の中をよく見てみると「愛と正義」とか、「世界平和」とか、悪役とは思えないような言葉ばかりが掲げられている。ドクタケってこんな感じだったっけ。私が知らないだけだったりする……?
「天鬼、こいつを閉じ込めておけ」
「御意」

 土井先生らしき人は、私を別室に連れて行った。二人きりになれたのはある意味チャンスだ。もしかしたら土井先生はドクタケに潜入している身で、さっきは八方斎の前だから下手なことが言えなかったのかもしれない。
「あの、土井先生?」
「私は土井先生ではない」
「……土井半助さんじゃないんですか?」
「そのような名は知らぬ」
「忍術学園のことも?」
 私がそう言った瞬間、土井先生の目が鋭く細められる。ドンッと穴が空きそうな勢いで壁を叩き、私は土井先生と壁の間に挟まれた。
「忍術学園だと?」
「……はい。忍術学園の土井先生が行方不明で、みんな心配しています」
「タソガレドキは、忍術学園とも親交があるのか」
「え……いや、どうでしょう……」
「忍術学園と組んで、戦乱の世を作るつもりか」
「……?」
 私が困惑しているのが伝わったのか、土井先生……というか天鬼は眉を寄せた。
「何も知らないのならいい」
 そう言って天鬼が部屋を出て行こうとするので、私は慌てて引きとめた。とにかく今は何でもいいから手がかりを掴まないと。
「あの、タソガレドキが戦乱の世を望んでいるのはまあ……否定できないですけど、忍術学園は違いますよね?」
「卒業生を数多の城へ送り込み、それによって戦が絶えず引き起こされている」
「な……なるほど? それを八方斎さんは阻止しようと?」
「そうだ」
「八方斎さんや天鬼さんは世界平和を望んでいる……?」
 天鬼は静かに頷いた。
――この人、騙されてない?
 八方斎はともかく、この天鬼という男は悪い人ではなさそうだ。どうにかしてこの人に助けてもらえないだろうか。ただ一番の問題は、忍術学園と違ってタソガレドキの評判が本当に悪いことだ。
「天鬼さん……」
「なんだ」
「私も世界平和を望んではいるんです」
「八方斎様に取り入るつもりか?」
(うっ……バレてる……)
 さすがに簡単に騙されてはくれないか。でも八方斎には騙されているわけだから、全く希望がないというわけではない。
「タソガレドキが戦好きというのは認めます。でも、愛する人が戦に行くのを黙って見送るのは辛いですし、殿様も落ち着いてくれたらいいのになーってずっと思ってたんです」
「……ではなぜタソガレドキに?」
「行く当てのない私を助けてくれたのが、雑渡さんだったから」
「……」
「あなたは、どうしてドクタケに?」
「……私も似たようなものだ」
「帰るところがないんですか?」
「……少し話しすぎた」
 天鬼は今度こそ本当に出て行ってしまった。普通に出られないかなと思って扉を開けようとしてみたけど、びくともしない。何度か体当たりしてみたけどダメだ。他に脱出できそうな場所といえば窓が一つだけある。しかし木の格子が邪魔で、これをなんとかしないと身体が通らない。力任せにえいっと頭突きをしてみたら、信じられないことに格子が一本だけ折れて隙間ができた。
(嘘……。外れちゃったんだけど……。これは逃げろってこと?)
 窓から頭を出して下の様子を見てみると、結構な高さがあった。飛び降りたらタダでは済まなさそうだ。
(そうだこの縄!)
 残っている格子に縄を結び付けたら降りられないだろうか。帯や襦袢も足せば結構な長さになるはずだ。そのためにはまずこの縄から抜け出さないといけないわけだけど……。
 先ほど頭突きをして折れた格子の部分にギリギリと縄を擦り付けてみる。なんかいい感じかもしれない。もはや不安になるほど上手く行きすぎているけど、大丈夫だろうか。
 しかし残念なことに、私はそこまで器用なほうではなかった。早々と縄を切ったはいいものの、帯や襦袢を結び付けるのに苦戦したせいで、やっと形になったときにはかなりの時間が経ってしまっていたのだ。
「おい、何をしている」
「……えへ」
 天鬼が血相を変えて部屋の中に入ってくる。彼の手には湯呑みが握られていた。もしかしたら水を持って来てくれたのかもしれない。だけどこの状況ではどう言い訳することもできず、私は格子に結び付けた帯をぎゅっと握って窓から飛び降りた。