エロトラップダンジョン現る!乗り気なのは私だけ!

 憧れの神々廻さんと一緒の任務で緊張していた、というのが言い訳である。これを機に長年の片思いを進展させたい。「まずはいいとこ見せてやるんだ!」と意気込んで、ターゲットの潜んでいるビルの正面の入り口から馬鹿正直に足を踏み入れてしまったのが私。慌てて私の後を追ってきたのが神々廻さん。そして封鎖される入り口。要は私のせいで閉じ込められてしまったという話であった。

 ため息をつく神々廻さんの顔をまともに見ることができなかった。さっきから十回くらい謝っているけど、たぶんあとニ十回は謝ることになると思う。最初の三回までは神々廻さんも返事をしてくれていたけど、だんだん適当になってきて、今では完全に無言になってしまった。というのも、出ることもできず進むしかなかった先が、なんというか……すごいのだ。

【五分間胸を揉まれなければ、この部屋から出ることはできない】

 扉に刻まれた文字、そしてわざとらしく一脚だけ置いてある椅子。押しても引いてもびくともしない扉。こ……ここは私が行くしかない!
「ちょお待てや」
 スーツの襟をグイと引っ張られる。首が絞まった。そんなことお構いなしに神々廻さんは私のことをペイッと放り投げ椅子から遠ざける。
「え、ちょっと神々廻さん!」
 それはもう豪快に……それでいていて美しく、神々廻さんはドスンと椅子に座って足を組んだ。途端にベルトのようなものが神々廻さんの腕や足を拘束する。え……えっちだ!
 ベルトの次は壁からマジックハンドが出てきた。思い切り揉みしだかれる神々廻さんの胸……しかしこれはどちらかというと、
「痛そう……」
 である。
「あ? こんなん鍛えとるから平気や」
(何を!?)
 よからぬ妄想を膨らませる私をよそに神々廻さんは涼しい顔をしていた。このままではマジックハンド(というか裏で機械を操作している人)も終われないようで、今度はシャツの内部に侵入していく。シャツの下でうねうねと動く様子を見せつけられて、あんまりまじまじと見つめるものではないと思いながらも目が離せない。だってこんなの見なきゃ損だ。
「神々廻さん、あのぅ……」
「なに?」
「動画撮ってもいいですか?」
「はあ?」
 ドスの利いた声とともに神々廻さんは睨みつけてくるが、状況が状況なだけにあまり怖くない。あと数分で拘束は解かれるだろうけれど、すぐにハンマーを振りかざしてくるようなことはないはずだ……多分。
「や……殺連に報告するためですよ?」
「……」
 神々廻さんは悩んでいるようだった。普通なら機械に胸を揉まれている姿なんて撮影も報告もされたくないだろうが、根が真面目なせいで私のめちゃくちゃな言い分に納得しかけてしまっている。
 神々廻さんは長い沈黙のあと、大きなため息をついた。そしてついに、好きにしていいとお許しが出る。
 私はいそいそとスマホを構えた。ところがすぐに扉が開く。いつの間にか五分経っていたのだ。レンズ越しに目が合った神々廻さんはにやりと笑っていた。あの長い沈黙はこれを計算してのことだったのかもしれない。しかしここで一つ誤算が。
 扉は開いたものの、神々廻さんの拘束は解かれないし何なら胸も揉まれっぱなしだ。このまま撮影を続けるか助けに入るか……。今もマジックハンドが神々廻さんのシャツのボタンをぷちぷちと外している。
(もったいない……けど!)
「神々廻さん、いま助けます!」
 ナイフでベルトを切ろうと近づくが、それより先に神々廻さんが立ち上がった。ちぎれたベルト、壁から引っこ抜かれて意志を失ったマジックハンド。トドメと言わんばかりに神々廻さんはマジックハンドの先端を踏みつけた。ぐしゃりと音を立てて部品が飛び散る。
「先行こか」
「……はい」
 中途半端に開けられたシャツからのぞく神々廻さんの胸はほんのり赤く変色していた。やっぱり痛そう……。だけど言及したら本気で怒らせてしまいそうで私は黙っていた。とりあえずこのスマホは死守しなければ。動画がきちんと保存されていることを確認し、私はスマホをポケットにつっこんだ。

【先に進みたければ、仲間にキスをしろ】

(よ……よっしゃああ!)
 前に立っている神々廻さんがどんな顔をしているかは知らないが、私は内心めちゃくちゃ喜んでいた。だってキスだ。神々廻さんとキス。神々廻さんはどんなキスをするだろう。激しく求められるようなキスもいいけど、気まずくてぎこちなくなっちゃうのもいいかもしれない。私はどうしよう。乗り気なよりも戸惑っている感じを装ったほうが男の人はそそるかな。
 あれこれ妄想を膨らませていたら、神々廻さんが急に振り向く。「どうしましょう」と、一応言ってみる。神々廻さんは私の右手を取ってそっと自身の唇に触れさせた。
「えっ」
 扉が開いた。……たったこれだけで? 拍子抜けもいいところだ。指先だろうがたしかにキスはキスかもしれないけど、ただ触れただけじゃないか。ちゅっと音を鳴らしてくれるようなサービスもなく、本当にただ一瞬当たっただけ。まあ、何もないよりはいマシだけど。最初は一緒に任務に行けるということだけで浮かれていたはずなのに、欲は大きくなるばかりだった。
「顔赤っ。なに照れてんねん」
 サッと顔を両手で覆う。なんだこれ、めちゃくちゃ熱いじゃないか。
「いやこれは……」
 神々廻さんは私の弁明を待つわけでもなく、どうでもよさそうな顔をして先に行ってしまった。

 次の部屋で神々廻さんは全身ローションまみれになった。もはやエロいとかそんな次元ではなく、ただただ気の毒だ。この仕掛けを作った人、ちょっと感性がズレているんじゃないだろうか。
「はー……これで最後か」
 ベトベトになった顔を拭いながら神々廻さんが言う。ハンカチを差し出してみたけど、いらんと断られてしまった。
「最後って……わかるんですか?」
「ビルの構造で大体わかるやろ」
「……なるほど?」
「絶対わかってへんな」
 神々廻さんがネイルハンマーを取り出す。透明のネバネバが纏わりついているのがなんとも悲しい。
 神々廻さんは私を置いて先に一人で行ってしまった。慌てて追いかけようとしたが、扉の先から醜い断末魔の叫びが聞こえてくる。神々廻さん、冷静に振舞ってはいたけどかなりイラついていたみたいだ。

 結局、私がしたのは神々廻さんの足を引っ張ったこととフローターに連絡したことくらいだった。
 こんな意味の分からない仕掛けを作ったのはいったいどんな人間なのかと不思議だったが、足元に転がっているのはいたって普通の男である。
「神々廻さん、フローターが着替えを持ってきてくれるそうです」
「あ、そ」
「あの……今日は本当にすみませんでした」
「何回謝ったら気が済むねん。無事ターゲットも殺したしもうええやろ」
 これを無事と言い切れる神々廻さんはさすがだ。しかし私としてはやっぱり謝り足りないというか、このまま解散したら次に神々廻さんに合わせる顔がない。
「……怒ってますよね?」
「ほんまに怒ってる人間に『怒ってますよね』言えるん?」
「う……」
「えらい楽しんどったみたいやしなあ」
「え……えぇ~……? そんなこと、ナイデスヨ?」
 これはもしかして「さっきはよくもやってくれたな」のパターンに入ったんではないだろうか。何事もなく終わったかと思いきや……ちょっとエッチなお仕置きをされるやつ!
「スマホ」
「……はい」
 無表情で言われ、私はスマホを差し出した。
 神々廻さんがスマホに指を滑らせているのを見て「あれ?」と思う。もしかしなくてもロックを突破されているのでは。
 まずい、これは非常にまずい。だってパスワードは「4483(ししばさん)」なのだ。
「……あの、ロック解除しました?」
「ああ、ししばさんやろ?」
(……なんでよ!)
 せめて「よんよんはちさん」と言ってくれればまだ希望はあったのに。この人いつもどういう気持ちで私と喋ってたんだろう。
 神々廻さんがスマホを投げて返してくる。もう予想はついていたけどさっきの動画は綺麗さっぱり削除されていた。復元しようとしてもダメ。そして「殺連には俺から報告しといたわ」と言うのだ。何も言い返せない。

 もはや半分ヤケだった。
「……私たち付き合いませんか?」
「いやいらん」
 告白を「いらん」で断られてしまうことがあるのか。このままじゃ終われないと私の中で謎に火がつく。
「……そういえばこのビルの向かいにホテルがありましたよね。着替える前にシャワー浴びるのはどうでしょう」
「あー……そうするわ。カピカピのまま着替えても気持ち悪いしな」
 私は内心でほくそ笑んだ。こうなったらホテルで勝負を仕掛けてやる。向かいにあるホテルというのはただのホテルではなく、ラブホテルなのだ。神々廻さんも多分その辺りはわかっていると思うけど、ローションまみれのまま帰宅するのはさすがに嫌だったのだろう。だが……

「なんでお前までついてきてんの」
「……え?」
「フローター待っときや」
「ええっ!」
 まさかホテルにも入らせてもらえないとは。こういうのは一人では入室できないタイプのところもあると聞いていたが、ここのホテルは普通に一人でもOKらしい。
「お手伝いします!」
「身の危険しか感じんわ」
 それは間違いない。
「まあ別にヤりたいならヤってもええけど」
「え……」
 冷たい目で見降ろされて身体がぶるりと震える。付き合うのは「いらん」けどセックスはしてもいいんだ。なんかもっとこう「理性が利かなくなった神々廻さんに襲われちゃう」というシチュエーションばかり想像していたから、急にそんなことを言われても困る。ここで誘いに乗れば任務終わりにホテルに行くような関係になれるのだろうか。もちろん嫌ってわけじゃないけど……他にもそういう相手がたくさんいるんじゃないかと考えたら悲しくなってきた。
「……よろしくおねがいします」
「そ、ほなよろしく」
 ちょっと泣きたかったけれど、ここで泣いたらおしまいだから頑張って耐えた。スムーズに入室手続きを進める神々廻さんの後ろ姿にまた妙な嫉妬を覚えながらも、深呼吸して気持ちを落ち着かせる。しかし私は盛大に勘違いをしていた。
 部屋に入るなり神々廻さんは浴室へ一直線で、戸惑う様子もなく服を脱ぎ始めた。私がドキドキしていたのはせいぜいここまでで、次の瞬間にはベトベトカピカピの上着を手渡されて頭の中がハテナマークでいっぱいになる。続いてスマホ、財布、ネイルハンマーと神々廻さんはどんどん身軽になっていった。
「服は適当に処分しとって。スマホとハンマーはウェットティッシュで拭いて……財布はカードが無事やったらええわ」
「……え?」
「えってお前が手伝いやりたい言うたんやろ」
「……はい」
 そう、神々廻さんはセックスするなんて一言も言っていないのだ。つまりただの私の勘違い。でも弁明させてほしい。言い方がすごく意味深だった。「ヤりたいならヤってもええ」って、絶対やらしい顔してた!

 好きな人と一緒にラブホに入って何もないまま出てくるなんてことがあっていいのだろうか。フローターから受け取った着替えを神々廻さんに渡すというミッションを終えた私はすでに意気消沈していた。反対にいつものサラサラヘアを取り戻した神々廻さんは心なしか機嫌よさそうに見える。
「メシでも食って帰る?」
「……食べます!」
「ラーメン行こうや。気になっとった店あんねん」
「はい、ぜひ!」
 アメとムチの塩梅が絶妙だ。これだから神々廻さんはやめられない。そういえば、どうして神々廻さんは自ら進んで罠にかかってくれたのだろう。
(どうせ後からセクハラで訴えられたくないとか、そういう理由だろうけど……)
「ついでに新しい財布も見に行きましょうよ~」
「いや財布は家に予備あるし、とりあえずいらんわ」