「いらっしゃいませ」
椿とコナンを迎えたのは安室だった。まさかいきなり安室が出て来るなんて。椿の心臓は飛び跳ねそうになる。こんにちは安室さん、と言った声は少し裏返っていた。安室はそんな椿をくすりと笑う。恥ずかしくて、今すぐここから立ち去りたい。
椿はコナンと共に奥の席に案内された。二人が席に座ると、安室はメニュー表をテーブルに見やすく並べた。
「珍しいですね、二人が一緒だなんて。驚きましたよ」
そう言って微笑む安室は、全く驚いているように見えない。コナンがこれから新一の家に小説を読みに行くのだと説明すると、安室は納得したように頷いた。
「そうでしたか。僕も推理小説は好きですね」
「やっぱり探偵さんだからでしょうか?」
「まあ、そうかもしれませんね」
ではご注文が決まりましたら、と安室は別の客の接客へ行ってしまった。
椿はメニューを見ながらも、こっそりと安室へ目を向ける。以前から人当たりの良さそうな印象だったが、今日はそれ以上だった。エプロンを着け、無害そうな笑みを浮かべる彼が、犯人を簡単に締め上げてしまった安室と同一人物だとは信じ難い。時間を忘れて彼を観察していた椿に、コナンが「ねえ」と声を掛ける。
「椿さんは注文決まった? 僕はサンドイッチとオレンジジュースにするけど」
「……えっ! じゃあ、私もサンドイッチと、コーヒーにしようかな」
安室を見ることに夢中でメニュー表なんて全く見ていなかった椿は、苦し紛れにコナンと同じものを注文する。コナンはやけにニコニコとしていて機嫌が良さそうだ。理由を聞いても、コナンは何でもないと首を横に振るだけだった。
「すみません、注文を……」
椿が手を上げると、安室がそれに気付き伝票を片手にやって来た。
「かしこまりました。サンドイッチを二つと、オレンジジュース、コーヒーですね」
彼は伝票を素早く記入したかと思うと、カウンターの中へ入る。……これはもしかして、彼が作るのだろうか。
テーブルに置かれたサンドイッチを椿はまじまじと見つめていた。それもそのはず、これは安室が作ったものなのだ。カウンターに入った彼は予想通り調理を初め、その手際の良さにまたも椿は見惚れていた。
頂きますと二人で手を合わせ、ハムサンドを口へ運ぶ。
「え……何これ、すごく美味しい」
パンはふわふわしていて、全体的に少し温かい。サンドイッチと言えばコンビニ置いてあるような冷えているもの、もしくは常温のものしか食べたことがなかった。喫茶店ではこういうこともできるのかと感心しながら、次はコーヒーを口に運ぶ。口にする前から分かるほど香り豊かなそれは、いつも椿が自宅で飲むインスタントコーヒーとは比べ物にもならない。椿が感動している一方、コナンの様子はいたって普通だった。コナンはよくここで食べているため、美味しいとは思っても感動することはないそうだ。
食事を終えてコナンと雑談していると、お昼の時間も終わり店内が空き始めた。ぼんやりとその様子を眺めていると、テーブルの上に静かにトレイが乗せられる。その上にはコーヒー二杯とオレンジジュースが。運んできた安室は、「サービスだからお代は結構です」と椿の前にコーヒーを、コナンの前にオレンジジュースを差し出した。そして残りの一杯のコーヒーもテーブルに置かれる。はてと安室を見上げると、彼がエプロンを外していることに気付いた。
「休憩を頂いたので、僕もご一緒していいですか?」
「うん。椿さんもいいよね?」
椿が首を縦に振ると、安室は椿の隣に座った。椿は好機とばかりに、安室に紙袋を渡す。
「あの、先日のお礼です。本当にありがとうございました」
「ああ、わざわざすみません」
安室は袋を隅に置き、コーヒーに口を付ける。
安室が会話に加わったところで、コナンは興味深々とばかりに口を開いた。
「ねえねえ、どうやって椿さんのストーカーを見つけたの?」
「コナン君が気になる気持ちも分かるけど……」
安室はちらりと椿を見た。彼が椿に気を使っていることは明白で、それが嬉しかった。だが、コナンの言うようにどうして安室がすぐに犯人をつきとめたのか、椿も気になってはいたのだ。あのことを思い出すのは抵抗があるが、もう解決したのだからいつまでも引きずっていたって仕方がない。
「あの……私もそれ、知りたいです」
椿がそう言うと安室は目を丸めたが、それならばと口を開いた。
「椿さんの部屋に入った後、僕はすぐにカーテンを開け、窓の外を確認しました」
「でも、すぐに閉めちゃいましたよね?」
「その時点で犯人の見当は付きましたから。僕が確認したのは、掃除をしていたはずの管理人が箒や落ち葉をそのままに居なくなっていたことです。僕と椿さんが一緒にマンションに入るのを見て、さぞ慌てていたんでしょう」
なるほど、とコナンが頷く。いっぽう椿は、まだ安室の説明がいまいち理解できていなかった。
「確信したのはカメラが部屋の中に仕掛けられていたからですね。管理人ならば、簡単に部屋に入ることはできますから。おそらく犯人は、僕を椿さんの恋人だと誤解し、部屋に戻ってカメラで監視しようとした。しかし僕にカメラの向きを変えられ、居ても立ってもいられなくなったのでしょう」
「……すごい」
椿は無意識のうちにそう呟いていた。安室はにこりと笑う。
「まあ、毛利先生には及びませんけどね」
安室は残りのコーヒーを飲み干し、席を立った。そのまま休憩を終えた彼に会計をしてもらい、椿はコナンと店を出る。店の出口で後ろを振り返ってしまったのは、ドアに連動してベルがカランと鳴ったからだ。