She was already a woman then
「あ、あの……赤井さん! わたし、もう十八です!」
真紀は両手を握りしめ、赤井を見上げて顔を真っ赤にしている。赤井は目線だけ彼女のほうに向け、煙草の煙を吐き出した。
「そうか……早いものだな」
真紀と赤井は、知り合ってもう十年以上経つ。出会ったのは偶然だった。彼女が変質者に襲われているところに、赤井がたまたま通りかかったのである。手際よく変質者を締め上げた赤井は、警察に男を引き渡してすぐに去るつもりだった。それなのに、どうしてあんなことになってしまったのか。赤井が助けた少女は、目をきらきら輝かせていた。
「おじさん、かっこいい!」
小さな子供の言うこと。おじさんという言葉には目を瞑って、赤井は少女の頭を軽く撫でた。彼女の嬉しそうな顔からは、恐怖など感じられない。つい先ほどまで変な男に追われていたというのに、随分と能天気なものだと感じた記憶がある。
「親はどうした?」
「お仕事……」
「だったら家で大人しくしていろ。ガキ一人でウロウロするな」
少しキツめに言ったつもりだったが、彼女は気にも留めない様子で赤井のことをニコニコと見つめている。自然とため息がこぼれた。
「……家まで送ろう」
警察の到着を待ち、それから彼女を家に送り届けた。そこで彼女との関わりも終わるはずだったのだが――。
彼女を送り届けて数時間後。彼女の両親から電話を貰ったのだ。番号は警察に聞いたとのこと。断ったのだが、どうしてもお礼がしたいということで、赤井は再び彼女と顔を合わせた。
「ね、おじさんって彼女いる?」
赤井が否定すると、彼女は顔を輝かせて言った。
「じゃあ、真紀が大人になったら結婚してあげる!」
「俺はそのころ、おじいさんだな」
おじさんと呼ばれた皮肉にそう言ったつもりだったが、彼女には伝わっていないようだった。かっこいいから大丈夫。彼女はそう言って、赤井も特に断ることはしなかった。所詮は子供の戯言。大人になったら彼女も忘れるだろう。もちろん赤井も彼女に義理立てすることなく、ジョディや明美を含め、数人の女性と付き合った。
しかし、二年前。彼女が十六のときだった。
「赤井さん……あの、約束……覚えてますか?」
赤井がアメリカに滞在していたということもあって、彼女に会うのは久しぶりだった。高校の制服を身にまとった彼女は、随分と大人びていて。いつの間にか“赤井さん”と呼ばれるようになっていた。
「十六はまだ子供だ」
覚えているとは言わなかったが、それだけで伝わったらしい。彼女は赤い頬に両手を被せて、嬉しそうに笑った。思い返すと、このときの対応がいけなかったのかもしれない。もし赤井が約束のことを覚えてないと言えば、彼女は赤井のことを忘れて、別の人間を好きになっていたのだろう。だが、そうはできなかった。再会したときの彼女の表情を見ると、そんな言葉は出てこなかったのである。
そして、今。彼女は十八になった。彼女の言いたいことは理解している。しかし赤井はまだ、彼女と付き合うつもりはない。
「みんなもう……付き合ったりとか、その……いろいろしてるし……わたしたちも……」
「みんな、というのは?」
「大学の友達です……」
大学生になって、周りの友人が恋人の話をするようになった。その話を聞いているうちに、彼女自身も恋人が欲しいと思うようになったのだろう。十八の少女だ。そう感じるのは何もおかしいことではない。
「しかし、約束ではきみが大人になったら、ということだったな」
「で、でも!」
「そんなに恋人が欲しいなら、大学の男とでも付き合ったらどうだ」
「な、なんで……そんなこと……」
彼女は赤井に背を向けて、肩を震わせた。彼女が今どんな顔をしているかなんて、見なくてもわかる。しかし、赤井は彼女との距離を詰めなかった。
「わた、し……赤井さんじゃ、ないと、いや……です」
赤井の返事を待たずして、彼女は駆け出した。去りゆく彼女の姿を見つめていると、煙草の灰が落ちそうになった。
彼女を泣かせた翌日。滞在しているホテルのフロントから連絡があった。彼女がここに来ているらしい。部屋まで案内してもいいかという問いに断りを入れて、赤井は部屋を出た。彼女を部屋に上げるわけにはいかないのだ。
エレベーターで一階に到着すると、彼女が俯いてロビーに座っているのが見えた。彼女も赤井に気付いたらしく、立ち上がって遠慮がちに近づいてくる。
「あ、あの……昨日はごめんなさい……」
そう謝る彼女の目は、少し腫れている。いじらしい彼女を見ていると手を伸ばしたくなるのだが、まだ堪えなければならない。
「いや、俺も言い過ぎた。きみの気持ちも考えず、悪かった」
「わたし、知らなくて」
「……何のことだ?」
「未成年と付き合ったら、犯罪になっちゃうんでしょ? 赤井さんが捕まるのは嫌だから、ちゃんと我慢します」
「……いや、そういうことでは――」
彼女はなんとも中途半端な知識を身に着けて、納得していたようだった。婚約や結婚の事実があればそうはならない。しかし、それを彼女に教えると面倒なことになりそうだったので、赤井は口を噤んだ。
「もう十年以上待ってるんだから、あと二年なんてすぐですよね!」
彼女が無理をしているのは明らかだ。声は少し震えているし、何より笑顔が痛々しい。
「朝から突然すみませんでした……。これから大学なので……」
「そうか、気を付けてな」
真紀を見送り、赤井は部屋に戻った。そしてベッドに力なく倒れ込み、目を瞑る。彼女に何も感じることがないわけではなかった。赤井は二年前から、女性と関係を持っていない。
彼女はすでに立派な女性だった