優しさは誰のため01
「もっと女いないとテンション上がらねえ」「むさ苦しすぎ」「発散したい」
この会話を耳にしたとき、羽京は「まあ無理もないかな」と流した。大抵の男にはそういうところがあるし、ただのおふざけの会話として聞こえなかった振りをしたのだ。耳がいいと、聞こえなくてもいいことまで聞こえてしまう。聞かなかったことにするというのは、羽京が生きてきた上で導き出した最適解のはずだった。
復活液が盗まれたという話を聞いたとき、嫌な予感がした。そしてその後すぐに女の子が一人、裸で発見されたのだ。犯人は誰だかわかっていない。なまえは見るからに普通の子だった。身体的に優れているというわけでもなく、そういうところが選ばれた理由なのかもしれない。
冷静に分析しているように見えて、羽京は動揺していた。自分があの会話を見逃したから、一人の女性が犠牲になってしまった。もちろん他にも女性はいる。しかし確実に、あの子は誰かにそういう目で見られているのだ。
彼女を最初に発見したのが女性だったというのを聞いて、ひとまずは安心した。復活液を盗んだ人物は、バレないようにすぐ逃げるなり隠れるなりしたのだろう。探すべきかとも考えたが、まずは彼女の身の安全に気を配ってやらねばと思った。
彼女は女性陣とそれなりに上手くやっているように見えた。気を遣っているのか遣われているのか、あまり一人になることもない。そうなってくると不必要に動向を注視しているような気がして、申し訳なくなってくる。
彼女には詳しい事情を話していない。話すべきという意見もあったが、彼女に自衛を求めるのは酷な気がした。しかし人知れずやましい感情を向けられ、さらに監視までされているという状態が決して良いとは思えない。どちらを選んでも不正解のような気がした。
「羽京さん」
彼女に初めて声を掛けられたときは動揺した。顔には出ていないと思うが、内心は何を言われるのかとヒヤヒヤしていた。
「どうしたの?」
「……いえ、あまりお話したことがなかったなと思って」
「そうだね。もうここの生活には慣れた?」
「はい。そこそこ、まあまあ……?」
「あはは、無理しなくていいよ。何か困ってることとかあったらすぐに言って。僕じゃなくてもいいからさ」
「……ありがとうございます」
何か含みがあるような声色で、笑顔もぎこちない。嫌われているのならそれはそれでしょうがないが、ならどうして声を掛けてきたのだという話になる。尋ねるべきか迷った。しかし羽京が迷っている間に「あの」と彼女が口を開く。
「……わたしのこと、避けてますか?」
「え、僕が?」
咄嗟に出た言葉に我ながら頭を抱えたくなる。僕が? って、いちいち聞かなくても会話の流れでわかるだろう。しかも心当たりは大いにあった。羽京は彼女を気に掛けてはいるが、初めましての挨拶以外、自ら声を掛けたことはないのだ。
彼女の口元は笑っているが、目は下を向いたり横を向いたりと忙しい。
「……羽京さんだけではなくて、みなさんに避けられてるような気がするんです。ニッキーや杠ちゃんはそんなことないよって言ってくれるんですけど」
「ええ、そんなことないと思うけど。……って僕も同じようなこと言っちゃった」
羽京は否定したが、実際にそれはある。主に男性の間で。誰も自分が犯人だと疑われたくないのだ。もしも彼女に言い寄ろうものなら、真っ先に疑いの目が向けられることだろう。そういった意味では安心なのかもしれない。
「……勘違いならすみません」
「あ、いや……全然。っていうか、僕の態度が紛らわしくてごめん。どっちかっていうと同性のほうが話しやすいから、そのせいかも」
「それはわたしもなので……。変なこと言ってすみません」
ぺこりと頭を下げた彼女は女性陣の中に戻って行く。また失敗してしまったかと思いきや、彼女が女性陣との会話の中で「大丈夫だった」と言ったのが聞こえてほっとした。
「おはようございます」
「おはよう」
昨日の今日で、なまえは積極的に声を掛けてくるようになった。羽京に限った話ではなく、今まで交流のなかった人たちと話そうとしているようだ。単純にすごいなと思った。それからは彼女を避ける空気が自然と薄れていったように見える。
復活液盗難事件があってからは「奇跡の洞窟」の見張りが増やされた。二人体制のときに懸念されていた、居眠りや共謀などの穴が彼女をもって明るみにされてしまったからだ。不正をしないための仕事というのは、どの時代でも必要なのだと実感したものだ。
なまえが周囲に溶け込みつつホッとしていたら、次は「犯人は誰だろう」という会話を耳にするようになった。大々的に盗難事件のことは発表されていないが、彼女より前に復活した人間ならほとんど知っている話だ。何なら彼女より後に復活した人でさえ、噂で知っているというレベルだった。
このまま事件は未解決のままかと思いきや、事態は急転する。なんと犯人が自首してきたのだ。
司、氷月、ゲン、それから羽京の四人でビクビク震える男に対応した。なぜ急に自首しようと思ったのかわからないが、男は焦燥しきっていた。もしかしたら罪悪感に耐え切れなくなったのかもしれない。
男の話を要約するとこうだ。家族の石像を見つけたから復活させたかった。だけど転んでしまって知らない女性にかかってしまった。怖くなって逃げた。
男は期間を決めて牢に入ることになった。
一連の協議が終わり、羽京はどっと疲れていた。まず自分の早とちりで妙な勘違いをしていたことがどうしようもない。羽京が耳にした会話の一部は司を含めた数人には伝えていた。羽京の推理が間違っていたことは彼女にとって幸いだろう。しかし羽京としては、自身の失態としか思えなかった。
「ごめん。僕が妙な報告したせいで、話が余計ややこしくなっちゃったね」
「……うん、君の言いたいことはわかるよ。でも彼が嘘をついていないとは限らないからね」
「そうそう。羽京ちゃんの推測通りだったとしたらほんとのことは言えないし、ああ言い訳するしかないよね~」
「同感です。転んでたまたま復活液がなまえクンの石像にかかったなんて、話が出来すぎているでしょう」
司とゲンの二人はわからないが、氷月はあの男の証言を疑っているようだった。確かに三人の言うことも一理ある。しかし羽京はこの件に関して冷静な判断が下せる気がしなかった。犯人の思惑ばかりはもう本人しか知りえないことであり、罰を与えるということで事件は一つの終わりを迎えた。
これで彼女のことを気にかける必要はなくなった。犯人が見つかり、また盗んだ理由も明確であったため、彼女に対する噂はほぼ耳にしなくなったのだ。一人で勝手にしていたこととはいえ、肩の荷が下りたような気分だった。そんな矢先――。
「羽京さん」
なぜか彼女から話しかけられることが増えた。話の内容はほぼ雑談。それが何日か続いて、今度はぱったりと話しかけられなくなってしまった。何なんだろう。気になるじゃないか。小悪魔? 一瞬妙な考えが頭をよぎったが、そんな風には見えない。そしてついに羽京は自ら話しかけに行ってしまった。
「最近ちょっと涼しくなってきたよね」
「あ……はい」
彼女は明らかに驚いていた。そんなに驚くことかと思ったが、思い返せば羽京から話しかけたのはこれでまだ二度目だ。事件が解決しても彼女を遠ざけていたのは後ろめたさからだった。羽京はここでようやく、彼女に余計な気を遣わせていたことに気付いた。おそらく彼女は、避けられているんじゃないかという不安を拭いきれなくて、何日かかけて見極めた。結果「そう」だと判断したものの、今度は話しかけられてびっくりしているのだろう。
「朝からずっと働き詰めでしょ? ちょっと休憩しない?」
彼女はポカンとしたあと、控えめに頷いた。こんな反応をさせてしまうのが申し訳ない。全部自分のせいだ。それでも拒否されなかったことに安堵しつつ、羽京はなまえを散歩に連れ出した。