優しさは誰のため07
戦いは停戦ということで終わった。
戻ってきた集団の中から羽京の姿を探す。羽京はゲンに支えられて歩いていた。お腹を押さえた手に血が滲んでいる。なまえが駆け寄ると、羽京はへらりと笑った。
「ごめん、約束……」
「そんなのいいから、早く治療を!」
「……自分でするから、布と薬草だけもらってもいいかな」
「はい……」
渡すときに、手をぎゅっと握られた。「大丈夫」励ますように言われて、これではどちらが重傷なのかわからない。
傷は見られたくないとうことで、治療の間は席を外した。よほど酷い顔をしていたのか、ゲンにも慰められる始末だ。
治療を終えた羽京は、服に血がついていること以外はいつも通りだった。大した傷じゃないと本人は言うけど、そんなことあるはずがない。なまえは人目もはばからず羽京を抱きしめた。羽京の手がなまえの背中に添えられる。
「血がついちゃうよ」
「……そういうことばっかり言う」
「ごめんね。でもありがとう」
なまえは目を閉じた。とん、とん、と背中を優しく叩かれて、寝かしつけられているみたいだった。
戦いが終わったというのに、周囲が慌ただしくしている。何事だろう。羽京の肩に預けていた頭を起こして周りを見てみると、どこかに向かって移動しているようだった。
「……あの、皆さんどこへ?」
「今から司の妹さんの石像を捜しに行かなきゃいけないんだ。それが停戦の条件でもあるからね。僕たちも行こうか」
「えっ……わたしは行きますけど、羽京さんは休んでたほうがいいんじゃ」
「平気だよ」
……本当だろうか。あの出血の量で、歩き回って大丈夫なものか。立ち上がろうとする羽京を前に、いっそう強く抱きついてしまった。
「痛っ」
「えっ! ごめんなさい!」
思わず羽京から飛び退く。当の羽京はケロッとした顔で「冗談」と笑っていた。
「三回も色仕掛けされちゃった」
「えっ……いや、」
羽京の言ったことに心当たりがなかったわけではない。ただ、今のは本当に無意識だった。しかし考えてみると本当にその通りで、言い訳の余地がない。
「次やったら僕も容赦しないからね」
心臓がぎゅうっと悲鳴を上げる。変にその先を想像してしまうし、どう返事をしたらいいのかもわからなくて「はい」と言うしかなかった。
羽京には激しい作業はしないよう念を押して石像探索に向かう。司の妹が入院していたという病院は、他に違わず跡形もなくなっていた。
千空の作ったダイナマイトを使って発掘作業は進められた。大きな岩盤を割ってしまえば、あとは手作業でひたすら掘るだけだ。羽京にはスコップやツルハシの類は持たせなかった。それでも音で石像の位置を予想してくれるから作業は効率的に進んでいた。
見つかったらしい、という誰かの言葉を受けて全員が一か所に集まった。復活液を受けた少女と司が抱き合っているのを見ていると、自然と涙が流れてきた。
ダイナマイトの本数が合わないと気付いたのはクロムだった。羽京の耳をかいくぐって盗むことのできる人なんて、そういない。緊張感の中、ドンッと遠くから爆発音が聞こえてきた。
「奇跡の洞窟……?」
千空が言う。そして、それだけは終わらなかった。
司が氷月の槍に貫かれてしまった。司は後ろに妹の未来を庇っていて、成すすべもなく川に落とされてしまう。司を助けようとした千空も氷月に落とされてしまい、後を追うように氷月が飛び込んだ。一瞬の出来事で、何もすることができなかった。
「……下流に回ろう!」
羽京が弓を手に叫ぶ。戦えるメンバーが次々と武器を手に取り走り出した。
羽京について行ったところで足手まといになるのはわかっていた。しかし居ても立ってもいられず、なまえは奇跡の洞窟へ向かった。
洞窟の前には人だかりが出来ていた。生き埋めになった人がいないというのを聞いてひとまず安心する。中に入れるように土砂を取り除こうとしているそうだが、上手く行かないらしい。下手に衝撃を与えれば、それこそ生き埋めになってしまいそうだった。
洞窟のことはいったん諦めて、全員で住居スペースに戻ることにした。司と、もしかしたら他にも怪我人が出るかもしれない。すぐに治療が始められるように、大量の薬草と水の準備をしておこう。
氷月とほむらは縄で縛られていた。怪我が一番ひどいのは司で、止血には大量の布を要した。それでも助かるかわからない状況で、悲壮な空気が漂っていた。
千空は司を冷凍保存することにしたらしい。石化の原理を突き止めるまで、おそらくずっと。
それからは船を作るために全員が一丸となった。航海のためにまず船の操縦ができる人を復活させて、残りの復活液は破損の激しい石像に使われた。奇跡の洞窟がなくなってしまったから、簡単に復活液を作ることはできない。予備も当然必要だから、あの戦いの後に復活させられた人間はごく僅かしかいなかった。
なまえはひとり母の石像の前で佇んでいた。
「なまえ」
「あ……羽京さん」
「ごめん、何の力にもなれなくて」
「……母のことを言っているのなら、全然。会いたいですけど、今すぐにってわけでもないので」
羽京はなまえの頭を撫でた。大丈夫なはずなのに、すごく泣きたくなってしまう。
「……まだ、父の石像も見つかってないし、できれば一緒に復活させてあげたいから」
「うん」
「こんなの、わたしだけじゃなくて、みんなそうですよね。なのに、わたしだけこんな、羽京さんに慰めてもらって」
「いいんじゃないかな、べつに。僕が好きでやってるだけだし」
「……そう、なんですか?」
「そうだよ」
何て言ったらいいのかわからなくなった。言いたいことや聞きたいことはたくさんあるはずなのに、胸がいっぱいになって言葉が出てこない。話す代わりに手を握った。羽京はくすりと笑って、なまえの頬にくちびるを寄せた。
「えっ!?」
「次やったら容赦しないって言ったよね?」
「……今のも?」
「だってかわいかったから」
「……」
なまえは羽京の腕を引いた。母親の石像に見られているような気がして恥ずかしかったのだ。
「どこまで行くの?」
「……決めてないです」
とは言ったものの、この世界で行く場所なんて限られている。着いたのはいつか二人で話した川辺で、大きな石の上に並んで座る。
「……傷は大丈夫ですか?」
「うん、おかげさまで」
小石を拾って川の中に投げ入れた。ぽちゃん、と水が跳ねて、けれどすぐに何事もなかったかのように水は流れていく。
「知ってると思うんですけど……」
羽京を見ると、僅かに頬が赤くなっていた。さっきのキスに自分で照れているのかもしれない。だけどそれがなまえに勇気を持たせた。
「好きなんです、羽京さんのこと」
「……うん。知ってると思うけど、僕も好きだよ」
「……そうだったらいいなって思ってました」
羽京の体によりかかると、肩を抱かれた。いつまでこうしていても平気な気がする。今日こそは邪魔が入らないと思っていたけど、残念ながらそうもいかない。
「……なんか呼ばれてるな」
「え、そうなんですか?」
「うん。僕だけじゃなくて君も。ゲンの言った通り、科学王国の仕事は大変みたいだね」
「……じゃあ、行きましょうか」
しぶしぶ立ち上がると、羽京と目が合う。彼はなぜかくすくす笑っていた。
「そんな顔しなくても、仕事が終わったら君のところに行くつもりだからね」
「……はい」
差し出された手を握って歩く。「ほぼ公認だから恥ずかしがらなくても大丈夫だよ」と言われたけど、やっぱり抵抗があってみんなのいる前では手を放してしまった。
それぞれが指示をもらって別の作業に就く。早く会いたかったから仕事を頑張った。なんて言ったら羽京はどんな反応をしてくれるだろう。楽しみで仕方なくて、幸せだった。