七海龍水という男01
あまり大きな声では言えないけど、私の家はちょっと……というかかなりお金持ちだったりする。いわゆる財閥というやつだ。もともとおじいちゃんが事業家で、今はお父さんがそのほとんどを受け継いでいる。この家のおかげで小さいころからパーティに参加したりといろいろ大変だった。こんなこと言ったら贅沢な悩みと言われるかもしれないけど、パーティなんて楽しいものではない。ドレスは窮屈だし、せっかくおいしい料理があるのにあまり手をつけられない。挨拶に来る人の顔なんていちいち覚えていられないし、にこにこしていないと後で怒られる始末だ。そんな中で唯一の楽しみと言えるのが龍水くんの存在だった。
龍水くんは七海財閥の息子さんだ。パーティでも何度か見かけている。挨拶程度しか交わしたことはないが、それがもうかっこいい。欲しいものは何でも手に入れるって噂だ。欲しいっていうのは、モノに対してだけじゃなくて人に対しても発揮される。「貴様が欲しい」って口説き文句があるらしい。いいなあ、私も一回言われてみたい。だって漫画から出てきた王子様みたいじゃない? まあ実際、近くにいたら面倒なタイプかもしれないけど。ちょっとした知り合いぐらいになれたら楽しそうだな~という存在だ。
今日のパーティはハズレ。だって龍水くんがいない。こうなったらもう無心でやり過ごすしかなくて、私は壁と友達になる。
龍水くんはいないけど、七海財閥の関係者は一応いるみたいだ。龍水くんのことをそれとなく聞いてみたいのに、できないのには理由がある。お母さんが七海財閥のことを嫌っているのだ。というかライバル視している。
うちと七海財閥とじゃ完全にあっちのほうが格上だ。お母さんはそれが気に入らないらしく、ことあるごとに七海財閥の文句を言っている。まあわからなくはないけど、こんなところでバチバチしたって事業の業績がよくなるわけでもないのになあと思う。
将来どこぞの息子さんと結婚したら七海財閥より大きくなれる。なんて言われたこともあった。これがパーティが嫌なもう一つの理由だ。お母さんは私の婿探しもかねてパーティに出席している。今までも何度かあの人はこの人はと言われて実は結構うんざりしていた。唯一言われないのが龍水くんであって、だから私は龍水くんのことが気になってしまう。お母さんに言ったら悲鳴を上げられてしまいそうだ。
とうとう私はパーティを抜け出してしまった。と言ってもホールを出て夜風に当たるだけだ。勝手に帰ったりはさすがにできない。
会場のホテルの庭は静かだった。ベンチに座ってヒールを脱いで、石畳の上に足を下ろす。少し汗ばんだ足がぴたりと吸いついた。冷たくて気持ちいい。パーティが終わるまでここにいたいぐらい快適だ。
「貴様は確か……」
「ひっ」
急に後ろから声が聞こえて、振り向くとそこには龍水くんがいた。来てないわけじゃなかったんだ、と思うと同時に私は慌てて靴に足を突っ込んだ。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
嘘みたいだ。龍水くんに心配されている。「少し疲れただけ」と返すと、龍水くんは腕を組んで首をかしげた。
「部屋はとっていないのか?」
「とってる……と思うけど、たぶん鍵は父が持っていて」
「フゥン、なら俺の部屋で休むといい」
「えっ」
龍水くんが渡してきたのはホテルのカードキーだった。そんな簡単に渡していいものなのか。部屋番号的に階数はかなり上のほう。もしかしなくてもいい部屋だ。
「歩けるのか?」
龍水くんは明らかに私の足元を見ていた。さっき靴を脱いでいたのを見ていたんだろう。これは恥ずかしい。
「……歩けます」
「そうか」
龍水くんは私に手を差し出した。本当の王子様みたいだ。手を取って立ち上がると、そのままエレベーターの前まで付き添われてしまった。
「俺は今から会場に顔を出してくる。部屋までは一人で行けるな?」
こくこくと私は頷いた。エレベーターのドアが閉まって階数のボタンを押す。今気づいたけどこれ、お断りするべき状況だったのでは。龍水くんとはもう少しお近づきになれたらいいなとは思っていたけど、さすがに急展開すぎる。ここまで接触してしまったら、次に会ったときの応対が考え物だ。……いや、確かに手を差し出されたときはどきっとしたけど。したけど!
考えている間にエレベーターは目的のフロアに到着したらしく、ドアが開いた。
エレベーターから部屋まで行くのには誰にも会わずにすんだ。そーっとドアを開けて……よかった、中も誰もいないみたいだ。
見た限り部屋を使った形跡はない。とりあえず一人用のソファにでも座っておけばいいだろう。鍵はわからなくならないようにテーブルの良く見える場所に置いておいた。
すぐに部屋を出るのも失礼かもしれないから、十五分ぐらい休憩させてもらったらいいかなあ。ああ、こんなはずじゃなかったのに。これはきっとパーティを抜け出した罰だ。
荷物もラウンジに預けていた私は本当に着の身着のままで、スマホさえも持っていなかった。十五分というのは案外長い。そしてうっかり目を瞑ってしまった私は、そのままふかふかのソファで眠ってしまった。
は、と目が覚めて時計の針を見る。三十分も経っていた。……やばい。急いで私は部屋を飛び出てエレベーターに乗り込んだ。お父さんとお母さんにバレてないといいけど。龍水くんには悪いけど鍵はフロントに返して……あ、鍵。どうしたっけ。……テーブル、閉じ込めた。非常にまずい。
フロントに言ったところで部屋を借りているのは私ではない。最悪、私が黙って帰ったところで龍水くんはマスターキーで部屋に入って鍵を見つけるとは思うけど、さすがにそれをやってしまうのはいかがなものか。せめて一言謝らないと。
龍水くんは目立つ。ホールに行けばその姿はすぐに見つかった。会話の邪魔にならないようにそっと近づいて話しかけるタイミングをうかがっていると、こちらに気付いた龍水くんが来てくれた。
「休めたか?」
「はい……でも、その……すみません」
「うん?」
「鍵を部屋の中に置いたまま来ちゃって……」
「なんだ、そんなことか。フロントに言えばすぐに開けられる。気にするな」
「……はい」
なんだろう、すごく優しい。龍水くんといえば七海財閥の中でも疎まれている存在で、結構な頻度で陰口を言われている。関わりがないからそんなに気にしてなかったけど、この様子じゃ半分は妬みなのかもしれない。それはそれでちょっとかわいそうだ。本人は気にしてないような気もするけど。
だけど今はそんなことを気にしている場合じゃない。早くこの場を離れなければ。
「すみません、私はこれで」
「……おい、待て!」
「え……あっ」
馬鹿。大馬鹿。私はグラスを持った男の人に勢いよくぶつかりに行ってしまった。ドレスの胸元は濡れてしまって、お酒の匂いがする。男の人は私に謝ってくれたけど、悪いのは私だ。
あたふたする私にハンカチを差し出してくれたのは龍水くんだった。とっさに受け取ってしまったけど、後から考えてみればスタッフの人にタオルかナプキンを貸してもらえばよかったのだ。たった一時間の間に私はどれだけ失態を犯せば気が済むのだろう。龍水くんは大きな目で私をじっと見下ろしていた。
「まだ具合が悪いんじゃないのか? いつもはもっと落ち着いているだろう」
あなたのせいです。とは言えなかった。それより「いつもは」って。まさかそこまで認識されていたなんて、嬉しいような恥ずかしいような。
もう全部、体調不良のせいだということにしよう。開き直った私は龍水くんのお言葉に甘えてタクシー乗り場まで送ってもらった。お父さんとお母さんにはメッセージを入れて、それで終わり。
お酒を吸ったハンカチは龍水くんによって回収されてしまった。新しいものを買って返そうかと思っていたのに、それすら許してくれないようだ。
「いろいろ、ありがとうございました」
「気にするなと言っただろう」
タクシーのドアが閉まる。目を逸らすのも失礼な気がして窓越しに手を振ってみた。
タクシーは間もなく出発して、私は後部座席の背もたれに身を預けながら目を閉じた。
途中で帰ったことを怒られるかと思っていたら、案外心配されてしまった。びっくりしたのは龍水くんが私のお父さんに声を掛けていたことだ。具合が悪そうだったから帰らせたと。それが効いたらしい。
週明け、学校へ行くとなぜか龍水くんのことが話題になっていた。話を聞いてみると、龍水くん個人が主催するクルージングに参加する子がいるみたいだ。どんな水着だったら龍水くんを落とせるかって、女子高だからかこういう会話はわりと普通に飛び交っている。七海財閥の資産を狙ってる子は結構多い。
龍水くんは中学のころから帆船を乗り回しているみたいで、何度かこういう話は耳にした。ただ龍水くんが女性はみんな美女だとか全員愛してるとか言うせいで、ずっとこの状態だ。許嫁がいるんじゃないかって噂もあったけど、あれはどうなったんだろう。龍水くんに特定のパートナーがいるというのはあまり想像できない。
そうなんだ、そのフリルのやつかわいいね。相づちを打ちつつ私は話題の中心から離れた。やばい、えろい、とか、話はどんどんエスカレートしているみたいだ。
クルージングにどうしても行きたいというわけじゃないけど、参加したいと手を上げられるのは羨ましい。私は親の目と世間体ばかり気にして生きてきたから、自分が何をしたいのかもいまいちわからかった。このままじゃお父さんの後を継いでバリバリ働くか、どこぞのお金持ちと結婚するかの二択だ。それが絶対に嫌というわけでもないから、不思議なものだ。ただ、そういう自分が嫌になる瞬間は何度もあった。
その日の帰り道、歩いていると高級車が私の隣に止まった。後ろ側の窓が開いて、顔を見せたのは龍水くんだった。何が起こったのか瞬時に理解できなくて、ただその場に立ち尽くす。
「体調はどうだ?」
「え……あ、もう大丈夫です」
「そうか。これから予定は?」
「家に帰るところでした」
何。何なんだ。理解する間もなく会話だけがポンポンと進んで行って、龍水くんの意図が掴めない。気付いたときには後部座席のドアが開いて、中から龍水くんが出てきていた。
「……え?」
「聞こえなかったか? これから俺の屋敷に招待すると言ったんだ」
「なんで……です?」
「本当に聞いていなかったようだな。この前のパーティでは途中で帰らせてしまったから、その埋め合わせだ」
確かにあの日はお腹が空いていたけど、それは龍水くんのせいではない。むしろ迷惑をかけたのは私のほうで、お礼をしなければならないのも私だ。だというのに、龍水くんに促されて私は車に乗ってしまった。続いて龍水くんが隣に座る。わざわざ私を先に座らせるために龍水くんは車を降りてきたみたいだった。
ドアが閉まるなり、龍水くんは私に断りを入れて電話を掛けた。
「フランソワ、至急料理と部屋の手配を頼む。来客は一名だ」
龍水くんはそれだけ言って電話を切った。その仕草だけでもうかっこいい。……いけない、今は遠くから眺めているわけじゃないんだから。しっかりしないとまた失敗してしまう。
「悪いな、だがここで貴様に会えたのは幸運だった」
「……近くに用事があったんですか?」
「ああ。あの道の先に木細工の店があるのは知っているか? その技術が欲しいと思ってな」
「お店は知っているけど入ったことはなくて。どうでしたか?」
「見事だった」
龍水くんはスマートフォンで撮った写真を見せてくれた。写真とか撮るんだ。意外だなあと思ったけど、これはビジネスなのかもしれない。
木細工はちょっとした子供のおもちゃから、美術品かと思うほどの細やかなオーナメントまで様々だった。つい夢中になってしまって画面をのぞき込んでしまう。は、と気付いて飛び退いたら、龍水くんは少しだけ笑っていた。
「貴様はどうもそっちが素のようだな」
「あ……あの、すみません」
「謝らなくていい。パーティのときは俺の早とちりだった」
龍水くんの言っていることがいまいちわからなくて返事ができなかった。続けざまに龍水くんが言う。
「特に体調が悪かったわけでもないのだろう。だが俺にそうと決めつけられて言うに言えなかった。違うか?」
嘘。バレてたんだ。いや、言うに言えなかったというのは違う。私が自分の失態を誤魔化したくてそういうことにしたのだ。パーティから帰ったのも、帰りたかったからで龍水くんが気に止む必要はない。
「いや……あの、悪いのはパーティを抜け出した私で……。もしかして埋め合わせってそれで?」
「ああ。あの後、貴様の話を耳にしてな。もしかしたらと思ったわけだ」
「……ちなみにその、私の話っていうのは?」
「小さいころからそそっかしいと」
カァッと頬が熱くなる。誰だ、そんなこと言ったのは。でも否定はできない。パーティではできるだけお行儀よくしていただけなのだ。
「言っておくが、それが悪いと言っているわけじゃないぜ」
「……でも、」
「それも愛嬌ってモンだろう。そう思わないか?」
龍水くんは私でなく運転手さんを見ていた。いや、そんなことで運転手さんに話を振らないでほしい。「はあ」ってめちゃくちゃ困ってるじゃないか。
そうこう言っているうちに七海財閥の敷地に着いたようだ。龍水くんは先に車を降りて、わざわざ反対側の私のドアを開けてくれた。手を差し出されてちょっとときめいてしまう。でもダメだ。相手はあの龍水くん。本気で好きになったら見るのは地獄だ。鑑賞程度に留めておくのが一番。でもそんなこと言ってられない場所まで来てしまったのは確かだった。
龍水くんに案内されたのは、庭が見える部屋だった。詳しいことはわからないけど、すごく凝ってて綺麗だ。私が庭の花に見惚れていると、今度はいい香りが漂ってきた。
「わ、すごい」
「だろう? フランソワの料理は絶品だ」
「恐れ入ります」
フランソワと呼ばれた人は深く頭を下げた。さっきの電話の人だ。こういうところで謙遜しないのが龍水くんで、普通だったらよくないのかもしれないけど、仕える人としては誇らしいだろうなあと思った。
「あの、本当にいいんですか? 今さらですけど」
「ああ、構わん」
気付けばフランソワさんは退出していた。なんとなく予想はしてたけど、本当に椅子まで引かれてしまってもう後戻りはできない。
「細かいマナーもなしだ。好きに食べろ」
「……ありがとう、いただきます」
ナイフとフォークを取って綺麗に飾り付けられた料理を切り取る。あの電話からの短時間で準備したとは思えないほど凝ったものだった。味はもちろんおいしい。
「おいしいです。さっきのフランソワさんという方が作ったんですよね?」
「そうだ。フランソワは大抵のリクエストに応えてくれるぞ」
「すてきな方ですね」
「……」
龍水くんは食べるのをやめて私をじっと見た。何か変なことをしてしまっただろうか。ここに来てからは何もやらかしてないと思うけど、黙っていられると不安になる。
「……失礼なことを言ってしまいましたか?」
「俺相手にかしこまる必要はない。普段通りの貴様が見たい」
……な、なんという破壊力。こんな正面切って言われて、無事に帰れるだろうか。現に私の心臓は悲鳴を上げていた。
「そういうのは、よくないと、思う……」
「そういうの、とは?」
「……どきっとするようなセリフ」
沈黙が流れてしまった。いや馬鹿か。今の、どきっとしましたって言ってるようなものじゃないか。龍水くんは龍水くんで「なるほど」と何かに納得しているみたいだ。何がなるほどなのかは恐ろしくて聞けなかった。「貴様が欲しい」って言われてみたかった私はどこへ行ってしまったのやら、だ。
デザートまでいただいてしまったあと、私は龍水くんと庭を歩いていた。さっきからずっと龍水くんは静かなままだ。庭は本当に綺麗だけど、今の私はそれどころじゃない。どうしようかと悩んでいたら、スマホがぴろんと音を立てる。
「……あ」
「どうした?」
「家に連絡してなかった。ごめん、ちょっと待っててもらってもいい?」
どうしよう。七海財閥にいますなんて言ったらとんでもないことになってしまいそうだ。でも誤魔化してもいずれバレそうな気もする。
「電話であれば俺が事情を説明してもいいぞ」
「え……、ううん! 大丈夫!」
そんなことするぐらいなら自分で正直に言った方がマシだ。「七海さんのところにお邪魔していました」もう知らない。送信ボタンを押して画面を消した。
「ごめんなさい、お待たせしました」
「いいや、俺のほうこそ配慮に欠けていた。今日は突然だったしな」
「……ううん。びっくりしたけど楽しかったよ。お料理もおいしかった」
龍水は横暴でわがまま、一族の恥。パーティで龍水くんのいないときによく聞いた言葉だ。なのに目の前の龍水くんときたら、多少強引なところはあれど基本的には優しい。
「家まで送ろう。必要であれば貴様の家族にも説明を……」
「大丈夫! べつに怒ってるとかじゃないし! むしろおもてなしがどうとかで帰れなくなっちゃうから、ほんとに!」
龍水くんは笑った。
「そこまで必死にならなくてもいいだろう」
「あ……うん、ごめんね」
「……フ、なるほどな」
「?」
さっきから何だろう。わからないまま私は龍水くんの手を取って、車まで案内された。
「海は好きか?」
車内で突然、龍水くんに聞かれた。私はとっさに「普通かな」と答えてしまった。正直な答えではあるが、今の返答はまずかったかもしれない。七海財閥は海運業の王様とも呼ばれているのだ。
「……ごめん」
「まだ何も言ってないだろう」
「つまんない返答だったかなと思って」
「貴様が海を嫌いだろうが俺は構わん」
「……どうして聞いたの?」
「俺の船に招待しようかと思っていただけだ」
「……あ、週末のクルージングのこと?」
「なんだ、知っていたか」
龍水くんは腕を組んで背もたれに寄りかかった。
「クラスの子が行くって言ってたから」
「なら話は早い。貴様もどうだ?」
「……ごめん、今回は急だしちょっと」
「それもそうだな。なら次の日程にしよう。必ず空けておけ」
「……なんでっ!?」
大きな声を上げてしまったにもかかわらず、運転手さんは無反応だった。龍水くんに振り回される誰かを見るのは日常茶飯事なのかもしれない……じゃなくて!
たぶん、本当に深い意味なんてないんだろうけど、改めて誘うなんて言われたらこう……。
龍水くんは得意げに笑っていた。
「断りたいならはっきり言うことだな」
「……そういうわけじゃないんだけど、水着とかいるんでしょ?」
「そんなことを気にしていたのか? 別に強要はしていない。船の中にプールがあるから持参する参加者が多いというだけだ」
「……でも、」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
このままだと本当に好きになってしまいそうだ。実際、龍水くんは思っていたよりずっといい人だった。だけど龍水くん主催のクルージングなんて行ったらきっと、現実を見せつけられてしまう。水着のかわいい女の子に囲まれてる龍水くんを見たいかって、そんなわけない。こんなこと考えてる時点で手遅れなのもわかっている。
「……参加する人って龍水くんの彼女候補みたいなものでしょ?」
「ほう? なぜそう思う?」
「それは……」
クラスの子が、というのは裏切り行為だろうか。でも、なぜと言われたってそうとしか考えられない。
「何回かそういう噂、聞いた……」
「それが嫌な理由か?」
「……そういう意味で審査されるのは嫌だし、そういうところに参加してるって思われるのが嫌な人もいるの」
「そうか。貴様の言いたいことはわかったが、根本的に勘違いをしている」
「なに?」
「俺はそういう名目で人を集めているわけではない。結果的にいつも女が多いのは確かだが、男の参加者もいる。七海の家に取り入りたいやつだろうと歓迎だ。いずれは俺が手に入れるべき人材だからな」
想像のさらに上だった。普通は自分を利用しようとしている人なんて遠ざけてしまいそうなものなのに、龍水くんにとっては取るに足らないことのようだ。
「まあ、全くそういう気がないわけでもないが……恋なんていつ落ちるかわからないだろう?」
「恋……」
龍水くんが恋に落ちることなんてあるのだろうか。どんな人だって愛してしまう龍水くんだからこそ、想像できない。むしろそういう願望が少しでもあったことに驚いてしまった。私の龍水くんに対する思い込みはかなり激しかったみたいだ。
「残念ながら今のところは何もないがな」
「それは、龍水くんがいろんな人を欲しがるからじゃ……」
「そうかもしれん。……で、どうなんだ?」
「え?」
「返事だ、返事。俺が恋人候補を集めているのが不服だったわけだろう? だがそれは誤解だった。俺は女を審査するような真似はせん」
「ああ……ごめん。失礼なこと言っちゃった」
「構わん。話してくれなければ誤解の解きようもない。……おっと、時間切れか」
気付けば家の目の前だった。龍水くんが先に車を降りようとしたところを止める。さすがに送ってもらってドアまで開けてもらおうなんて思わない。
「二日後、返事を聞きに来る。それまでに考えておけ」
「えっ……いや、待って! スマホとかあるじゃん。っていうか今言うし」
「ほう? まだ迷いが見えるが?」
「……ひとつ、聞かせて。なんで私のこと誘ってくれるの? そんなことしなくても参加したい人ならたくさんいると思う」
「貴様がいつもつまらなさそうにしているからだ」
パーティのときの話だ、と龍水くんは付け加えた。
「いつも静かに澄ました顔をしている。そういう人間なのかと思っていたら、実際は真逆だ。社交界はただつまらなかっただけ。なら俺がと思ったわけだ」
「……ごめん、よくわからない」
今ちょっと失礼なことを言われたような気もする。いや、事実なんだけど。なら俺がっていうのも意味がわからない。
「貴様の笑顔が欲しい」
「え……」
なんていう不意打ち。私が言わせたといえばそうなんだけど。これで恋に落ちたことがないっていうから詐欺だ。
「来るだろう?」
断るつもりだったのに、気付けば私は頷いていた。これ、クラスの子と鉢合わせて気まずいやつじゃん。後悔ばかりが襲ってくるけど、さっきの行いを取り消すことはできなかった。
遠ざかっていく車を眺めていたら、スマホに通知が来た。お母さんだ。「手駒に取ってきなさい」って、嘘でしょ。関わるのはやめなさいとかじゃなくて良かったけど、手駒にするのは無理だ。だってさっきの一言ですごくどきどきしてる。こんなの詰みだ。だから遠くから眺めておくだけにしておけばよかったのに。間違えたのはパーティの日か、それとも今日なのか。わからないことばかりで混乱する。とりあえず明日、クルージングに参加するクラスの子に声をかけておこう。私は対人関係の嫌なことは先に済ませたいタイプだった。