相容れない12
なまえは言われた通り、ゼノのことを彼の部屋で待っていた。心臓がドクドクと音を立てる。たぶん違う。違うのはわかっている。ただ少し想像してしまっただけで、頭からそれが離れないだけだ。
扉を凝視していたら、ノブが動く。本当に十五分だったのかはわからないけど、ゼノが言うのだからそうなのだろう。
「おや、ずっと立っていたのかい?」
「え……ゼノ?」
現れたゼノは、いつもと違い前髪が下りていた。少し水分を含んでいるようにも見える。
「お風呂?」
「ああ、前はシャワーで済ませることが多かったんだがね。千空たちに勧められて入ってみたら案外いいものだったよ」
「へえ……」
ゼノは長い前髪が邪魔だったのか、片手でそれをかき上げる。何だかそれがすごく色っぽく見えて、心臓がぎゅっと悲鳴を上げた。
「あの……違ってたらすごく恥ずかしいんですけど、一緒に寝るんですか?」
「僕はそのつもりだったけど」
「あ……そうなんですね」
なまえはゼノを直視できなくなって床に視線を落とした。視界の隅にはベッドが映っている。……というか、合ってた。まさかとは思っていたけど、本当に一緒に寝ようとしていたなんて。
ゼノはなまえが困惑している間にベッドに入ってしまった。「おいで」と言われて頬がカッと熱くなる。
「……お邪魔します」
なまえはぎこちない動きでベッドに入った。布団をかぶるとゼノの腕が背中に回ってくる。嫌じゃない……けど、恥ずかしさで窒息してしまいそうだった。
「眠れない日はいつでもおいで」
「えっ、でも私……」
「不眠症じゃなくたって、眠れない日ぐらいあるだろう」
「はい……」
「待ちきれず僕が君の部屋に行ってしまうかもしれないが」
なまえはたまらなくなってゼノを抱きしめた。
「……いつでも、どうぞ」
「拒絶されなくて安心したよ。それじゃあおやすみ」
「おやすみなさい……」
目を閉じるとゼノの感触しかわからなくなった。ぽかぽかと体の芯からあたたかくなって心地よかった。恥ずかしいけど、嬉しい。こんな日が来るなんて思ってもみなかった。
しばらく目を閉じていたら、規則正しい寝息が聞こえてきた。なまえはおそるおそる目を開く。そうしてそっと、ゼノがしてくれたように、彼の頬に唇を寄せた。
目を覚まして驚いたのが、まだ隣にゼノがいたことだ。てっきり彼のことだから先に身支度を済ませているものと思っていたのだが、案外ゼノはこういうことに気を遣うのかもしれない。そう思ったのは彼がすでに起きていたからだ。
「ああ、起きたね。おはよう」
「おはようございます」
「ちゃんと眠れたかい?」
「おかげさまで」
「それはよかった」
ゼノはなまえの頬にかかった髪をどけてキスをしてきた。まさか朝イチからそんなことをされると思ってはおらず、なまえは固まってしまう。
「おや、ダメだったかな」
「……いえ、ダメではないですが……文化の違いを実感していたところです」
「文化と言うほどのことでもないと思うけど」
「まあ……」
もごもごと口ごもるなまえをよそに、ゼノはベッドから降りてあろうことか着替えを始めた。
「ちょっと待ってください!」
「おお、忘れていたよ。今日は君がいたんだった」
「絶対忘れてないですよね」
「おや、バレてしまったね」
すまないねとゼノは言うが、全く悪びれていない表情で言われたって何の説得力もない。
「わ、私も部屋に戻って着替えます」
「……着替えたらスタンのところに行かないかい?」
「はい、ぜひ……」
着替えて外に出るとゼノが待っていた。何となく無言のままスタンリーもとへ向かう。彼の石像の前に着くと、ゼノはタバコを一本取り出してスタンリーの口にくわえさせた。
「……全く、嫌な匂いだ」
口ではそう言いながらもゼノは寂しそうな顔をしていた。なまえはゼノが次の言葉を発するのを待った。
「スタン、紹介するよ。僕のガールフレンドだ」
「……聞こえてたら叩かれますよ」
「それは困ったね。だが僕は“やんじゃん、ゼノ”だと思うけど」
「……賭けでもします?」
「いいね。何を賭ける?」
「うーん……」
考えてみたけど、この世界で賭けられるようなものなんて何も持っていない。なら行動で、とは思うがいまいちピンとこなかった。
ゼノも同じく考えていたようで、しばらく沈黙が続く。「こういうのはどうだろう」先に思いついたのはゼノだった。
「賭けに負けたほうからキスをする。目覚めたばかりのスタンの目の前でね」
「……それは見せつけられるスタンリーが可哀そうなのでは」
「確かにそれもそうだ。まあ彼なら笑って許してくれるだろう」
「……え、決定ですか?」
「他にいい案を思いついたら都度、相談に乗ろうじゃあないか」
「思ったんですけどこれめちゃくちゃ私が不利じゃないですか?」
だって幼馴染という関係に勝てるわけがないのだ。そもそも叩かれるというのも冗談で言っただけで、スタンリーがゼノに手を上げるなんて考えられない。
「だが君の言い出したことだろう」
「そうですけど……」
「楽しみがあったほうが精が出るというものだよ」
「私は不安しかないです……」
それから交渉を重ねたが、ゼノが折れてくれることはなかった。しかしよくよく考えてみると、目覚めたばかりのスタンリーがあんなことを言うとも考え難い。彼らはしょっちゅう憎まれ口のようなものを交わしあっているし、大丈夫なんじゃないだろうか。賭けはきっと勝者なしで終わる。なまえは次第に楽観的になっていた。
*****
「やあスタン、目覚めたばかりのところすまないが紹介するよ。僕のガールフレンドだ」
「…………やんじゃん、ゼノ」
「賭けは無効です」
「おお、なぜだい?」
「だって今、まばたきしてモールス信号送ったでしょ! 妙な間があった! 不正があったので実質ゼノの負けです!」
「実にエレガントな気付きだね。そういうことなら……」
なまえは自分の言ったことを後悔した。だが、後悔したところでゼノが見逃してくれるわけもなく……。頬だったのがせめてもの救いだ。
「あんたらがくっついたのは祝福すっけどさ、マジ勘弁してくんない?」