そういうことになってます
やっと、ついにこのときが来た。
パスポートOK、ビザOK、入学許可証OK、それから……。
パンパンになったスーツケースを片手に、私は日本を発つ。行き先はインドだ。
は、や、く、迎えにきて。空港のロビーでメッセージを送り、しばらく待っていると「どこ」と短い返事が届く。続いて着信。スマホの向こうから焦った声が聞こえてきて、私はニンマリと微笑む。黙って私を置いて行ったんだから、この程度じゃあ生ぬるい。
「何してるんだよっ」
「留学」
「そうじゃなくって!」
久しぶりに見たその男、SAIはずいぶん立派に成長していた。
私たちは七海財閥の子供だ。ただ、複雑な事情がある。SAIが妾の息子で、私は妾にもなれなかった女の連れ子だった。私の母は私が二歳のときに他界して、不憫に思った当主が引き取ってくれたというわけだ。つまり私には一滴も七海の血は流れていない。それでも家族として過ごしていた。利権争いに参加するつもりはなかったし、これでもおとなしくしていたつもりだけど、それでも私のことを疎む人間は多かった。だから私が海外に行くと決まって彼らは万々歳というわけだ。
さて、話を戻そう。私はSAIのことが好きだった。恋愛とは言い切れないけど、家族以上の感情はあった。七海の家で私に話しかけてくれるのはSAIと、同じく妾の子である龍水くらいで、とりわけ優しいSAIに惹かれたというわけだ。
それなのにある日突然、SAIは一人でいなくなってしまった。裏切られたような気分だった。でも絶対に諦めない。いつか追いかけてやるんだと思っていた。
そして私は今年から大学生。SAIがインドの大学で数学を教えていることは前々から知っていたから、ずっとこうすると決めていた。私はSAIの在籍する大学の生徒になったのだ。
「お前わかってないだろ! ここは日本みたいに治安がいいわけじゃないんだぞ!」
「……外出はSAIと一緒にするからいいでしょ」
「なんで僕が……。いや、こうなった以上はそうしてもらうけど……」
SAIの反応は予想通りといえばそうだけど、実際目の当たりにするとけっこう落ち込む。だって久々に会えたのに、全然嬉しそうじゃない。会いたかったのは私だけみたいだ。
「で、どこに住むんだよ。大学の近く? ホームステイじゃないよな?」
「借りてないよ。一緒に住もうと思って」
「はあっ?」
SAIは一瞬はすぐさまスマホを取り出し、おそらくメッセージを打ち始めた。打つのがすごく速い。誰だろう、フランソワにでも連絡してるのかな。
「早く家行こうよ」
「お前が言うなっ!」
「じゃあいい、今から家探すから」
「……く、来るなとは言ってないだろ!」
SAIは私のスーツケースを乱暴にひったくった。SAIが断れるわけないってわかってはいたけど、やっぱり嬉しい。
SAIの家まではタクシーで四十分ほどかかった。玄関のドアを開ける前に、私はSAIの腕をぐいと引っ張る。
「片づけとかしなくていいの~? 見られて困るものとかあるんじゃないの~?」
「ないよっ、そんなもの……」
「え、ないの?」
「なに期待してるんだよ……」
「だって一人暮らしでしょ? そういうものかなって思ってたんだけど」
「他の人は知らないけど、僕にはそういうのないからっ」
そう言ってSAIは勢いよくドアを開けた。一応「お邪魔します」と言ってから足を踏み入れる。
「あ、パンツ発見」
「うわああああっ!」
ベッドの上に無造作に置かれていたそれにSAIが飛びつく。
「だから片付けしなくていいのって聞いたのに」
「えっ……あ、そういう……?」
「なに?」
「なんでもないっ。いいからそのへん座ってろ」
「はあい」
SAIはバタバタと片付けしたあとお茶を淹れてくれた。温かくて落ち着く。飛行機で疲れていたからこのまま寝てしまいたいくらいだ。
「学校ではお兄ちゃんって呼んだほうがいい?」
「先生」
「SAI」
「だ・め・だっ」
「学校で女の子に告白されたりしない?」
「……なんだよ急に。そんなのあるわけないだろ」
「なんか心配」
「お前に言われたくないっ!」
はあ、とため息をつくSAIのすぐ隣――ベッドに座ると彼は大げさに距離を取った。
私はそのまま寝ころんだ。目を閉じているからはっきりとはわからないけど、SAIはさぞ困っていることだろう。でも、優しいから出て行けとは言わないのだ。
次は何をしてやろうか。なにせ数年分の仕返しなのだ。この程度じゃ終わらない。学校で腕を組んでやるのはどうだろう。兄妹なんですって言っておけば大丈夫なはずだ。そんな妄想をしていたら、私はいつのまにか眠ってしまっていた。