ベッドを買ったよ!
目が覚めて最初に見えたのはSAIの後ろ姿だった。SAIのさらにむこうにはノートパソコンの液晶がちらりと見えている。何をしているのだろう。プログラミングをしているなら、ものすごいスピードでキーボードを叩くはずだから違う。私はベッドの上に寝そべったままぼんやりと画面を眺めた。
もぞもぞと私が動いているのに気づいたのか、SAIが振り向く。「起きたなら言えよ」なんだかドキッとしてしまった。
「何してるの?」
「お前のベッド買わなきゃだろ。でも部屋、狭くなるんだよな」
「一緒に寝てもいいよ」
はあ、とSAIがため息をつく。そして何事もなかったかのようにパソコンの画面を見せてきた。どれがいいかと聞かれても正直わからない。サイズさえ合っていればいいような気がする。
「お前な、今まで七海家のいいベッドで寝てただろ。びっくりするからな」
「体験談?」
「もう慣れたけどな」
「私もそのうち慣れるよ」
「そりゃあそうだろうけどっ」
「……つまり一番高いベッドを買いなさいってこと?」
SAIはまたも大きなため息をついた。え、違ったんだ。てっきり私が安物のベッド眠れなくなるのを心配してくれていたのかと思いきや……じゃあ今のはなんだったんだろう。
「っていうかSAIが買ってくれるの?」
「……いや、え? お前、お金は?」
「たぶんある……」
持たされたクレジットカードを財布から取り出す。そういえば限度額とか聞いてなかったな、ということを思い出した。準備万端のつもりで来たけれど、全然そんなことはなかった。
「……いい、買ってやる。そのかわり高いのは買えないからな」
「ありがと、お兄ちゃん」
「……調子のいいやつ」
SAIにすべてお任せで買ってもらったベッドは、SAIと全く同じものだった。色違いですらない。
「おい、お前はあっちだろ」
「間違えちゃった」
「見え透いた嘘をつくなっ!」
「えへ」
ベッドの上でSAIに寄りかかりながら上目づかいで見つめると、げんなりした顔を向けられる。腹が立つのでグニッと頬をつまんでやった。
観念して自分のスペースに戻ると、SAIはぐったりとベッドに倒れこんだ。仕事で疲れているのだろうか。
「お茶淹れる?」
「ああ、ありがと」
「お菓子は?」
「あ、そういえば」
SAIは通勤用のバッグの中をガサガサと漁りだした。そうして出てきたのは手のひらサイズの紙箱だ。
「チョコ?」
「うん。食べるかなって思って」
「え、私に?」
「……まあ、」
何を照れる必要があるのか! 私はとりあえずお茶を淹れるのを放棄した。SAIの手からパッケージを奪い取って中身を確認する。カラフルな紙に包装小粒の食べやすそうなチョコがたくさん入っていた。
「食べてもいい?」
「どうぞ」
「いただきますっ」
食べながらもう一つ包みを開いてSAIの口にチョコを放り込む。「甘いな」とSAIは目を伏せた。
「コーヒーにする?」
「ああいや、お茶で。僕が淹れてくるよ」
「え、ええ~?」
「何だよ気味悪い」
「だって……ううん、なんでもない」
SAIはきっと家ではゲームかプログラミングしかしないんだろうと思っていた。でも実際はけっこう構ってくれている。もちろんパソコンに向かって何かしていることも多いけど、話しかけたら喋ってくれるし、こうしてお土産も買ってきてくれる。私や龍水に対しては雑に対応することもあるけど、やっぱり根が優しいなあと思うのだ。
SAIがテーブルにお茶を並べると、私はすかさずSAIの隣にぴたりとくっついて座った。ぐいぐいと肘で跳ね返されるけど負けない。しばらくするとSAIは諦めたのかお茶に手を伸ばした。
私は三個目のチョコレートの包みを開きながらSAIを見上げた。
「ご飯どうする?」
「昨日作ったスープならまだあるけど」
「インドってカレー毎日食べるのかと思ってた」
「食べないだろ。まあ食べたいなら今度作るけど」
「ナン焼ける?」
「それなら外で食べたほうが早いよ」
「そんなもんか~」
「そんなもんかって何だよ。お前も今度から食事準備するんだぞ」
「……えへ」
実のところ私は料理どころか家事全般からっきしだ。七海家に住んでいたのだからといえば、わかるだろう。何をするにも使用人がいて、それでも自立しようと思えばできたのだろうけど、私はずっと甘やかされていた。だからインドに来て、SAIがテキパキと家事をこなしていく様を見たときは本当に焦った。このままでは追い出される。……いやSAIのことだから追い出しはしないだろうけど、私が居づらくなってしまう!
「……料理教えてね、お兄ちゃん」
「だからお前は……あーもう」
SAIはお茶をぐいと飲み切って立ち上がった。どうやら夕食のスープを温めてくれるようだ。……ってこれじゃあダメだ! 私は急いで台所に向かった。