Happy Holidays
ハッピーホリデーズ!
ゼノからもらったホリデーカードもとっくに十枚をこえた。出会ったころよりは大人になったけど、私たちの関係に進展はない。ああ、また何もないまま一年が終わる。ゼノから見た私はきっと「スタンの親戚の子」というところだろう。
ゼノと初めて会ったのは、私がスタンリーの家に預けられていたときだった。実はそのときのことはあまり覚えていない。まだエレメンタリースクールに通う前のことだったから、覚えていなくても当然だ……とは思わない。忘れてしまったことがとても悔しい。だって好きな人に初めて会った日だ。しかもゼノは覚えてるっていうんだから、私がただ物覚えが悪いみたいじゃないか。
ゼノとスタンリーと私、気付いたら三人でよく遊ぶようになっていた。というか私が遊んでもらっていた。ゼノはいつも優しくて、私の知らないことを何でも教えてくれた。ときには宿題を一緒にやってくれたりなんかもして、私からすれば「好きにならないほうがおかしい」の状態だった。
せっかくのホリデーシーズンだし久しぶりに会いたい。電話してもいいかな。忙しいかな。最後に会ったのはいつだっただろう。二人が就職してから会う回数は大幅に減ってしまって、しかも会うのはスタンリーの休暇に合わせてというのが慣習になっていた。ゼノと二人で会ったことはまだない。全然ダメじゃん。そう、だから今年こそは……もうあと数日しか残ってないけど、何とか一歩だけでも進展したい。でも断られたら立ち直れないかもしれない。
通話をする勇気はどうしても出なかった。何もしないよりマシだからと送ったメッセージは、
「カードありがとう。休みは取れそう?」
かなり遠回りな言い回しになってしまった。忙しいなら今回は諦めよう。逃げ道を用意してしまうところがダメなんだろうけど、下手なことをして今の関係が壊れるくらいならと思ってしまうのだ。
ぴろん、通知が鳴る。私はベッドの上でしばらく真っ黒な画面のスマホと見つめあった。もしここにスタンリーがいたら、確認してと頼んでいた。きっとスタンリーは面倒くさそうな顔をするけど、私の言うことはわりと聞いてくれるから大丈夫だ。……いない人のことを考えたって仕方ない。
私はまずスマホのロックを解除した。通知には「どういたしまして」の文字が。まだ続きがあるようだけど、ここから先はアプリを開かないと見えない。
またも私は通知と睨めっこをしていた。しかしそのとき、もう一通のメッセージが届く。
「何か欲しいものがあったら遠慮なく言ってくれ」
えっ、ちょっと待って。どういう流れかわからないけど、欲しいものを言ったら会えるんじゃない? これってクリスマスプレゼント? やった! と思った勢いのままアプリを開く。
「どういたしまして。久しぶりにゆっくりできそうだよ。そういえば就職祝いがまだだったね。どこか都合のつく日はあるだろうか」
私はスタンリーに電話を掛けた。が、応答はない。さすがに忙しいのだろう。私が真っ先にするべきはゼノへの返信なのに、一体なにをやっているんだか。だけどこのテンションのまま文字なんて打ったらきっと失敗してしまう。とりあえず私はスタンリーに何個かスタンプを送っておいた。……はずだったのに、なぜかそれにゼノが反応する。よくみたら私たち三人のグループじゃないか。ほらやっぱり失敗した! 最後に発言したのがスタンリーだったからって、いくらなんでも馬鹿!
「スタンなら年明けまで帰ってこないそうだよ」って、へえ~そうなんだ。じゃあやっぱり二人きり。私はすぐさまゼノと二人のトーク画面に戻って「27~31」と送った。本当はイブの夜に家族で食事をする以外の予定はない。これはゼノに暇人だと思われたくないという見栄だ。
「じゃあ27日にしようか」
「OK!」
「もう一度聞くけど欲しいものは?」
「そのとき決めてもいい?」
「いいよ」
……やったあ! とびきり可愛い課金のスタンプを送って満足していると、ゼノから続きが届く。当日は家まで迎えに来てくれるそうだ。やっぱり優しい。
スタンリーから折り返しの連絡があったのは、ゼノとの約束の前日のことだった。当然落ち着かない私はスタンリーにありとあらゆる不安をぶちまける。服装はどうしたらいい。髪型は? 何を話す? ゼノへのプレゼントは? 最初は一つ一つ助言をくれていたスタンリーも、質問を重ねるごとにうんざりしたような声になる。
「そんままでいいじゃん。つーかもう寝たら明日だろ?」
「せめてゼノの好みを教えてよ!」
「知らねえって」
「幼馴染なのに?」
「あんたもな」
「そこは男女の差があるっていうか」
「あんたのこと嫌いならそもそも二人で会わねえよ」
「……だよね?」
「ま、ゼノが俺と同じ目であんたを見てるってんなら勝ち目はねえかもな」
スタンリーはククッと笑った。スタンリーが言っているのは、つまりどこまで行っても妹扱い。それ一番気にしてるところだから言わないで!
スタンリーとの通話を終えると、私はすぐにベッドに横になった。寝不足でゼノに会うなんてありえない。しかし意識すればするほど目が冴えて、ふと時計を見てみたらとっくに日付がかわる時刻を過ぎていた。
そんなまさか、遠足前の子供じゃあるまいし。でも大丈夫。朝イチで約束しているわけじゃないから寝坊したって間に合うし、家まで来てくれる約束だからどう転んでも遅刻にはならない。大丈夫。何度も心の中で唱えてやっとのことで私は眠りについた。しかし、次に目覚めたのは約束の三十分前だった。
スマホの時刻を見た瞬間、悲鳴を上げそうになった。アラームはいつの間にか消してしまったらしい。どうしよう、ゼノに遅れるって連絡する? ……いや、まだセーフだ。とにかく急いで準備をしなければならない。ゼノのことだから遅刻はない。五分前は確実だ。落ち着いて、服を着替えたらメイク。髪をアレンジする時間はなさそうだ。
念入りに準備するはずだったのに、できあがったのはいつもの出勤用の顔だった。ダメってわけじゃないけど、いまいちテンションが上がらない。
ふう、と一息つこうとしたところでブザーが鳴る。画面越しに見た久しぶりのゼノは相変わらずかっこいい。
「ゼノ、久しぶり!」
「久しぶり。ずいぶん息が上がっているようだけど」
「ええと、これは……」
「寝坊したのかな」
「……なんでわかるの?」
「十五分くらい前に送ったメッセージに気付いてないようだったからね。寝ているのかと思ったけど、その様子だとお取込み中だったかな」
「えっ」
私は慌ててバッグからスマホを取り出した。うん、確かにメッセージが届いている。もうすぐ着くよって。
「ごめんなさい……」
「ちゃんと時間通りに準備を終えているんだ。なにも謝ることはないよ」
「うん……」
開始一番からやらかした気分だ。これは私の勝手な想像だけど、ゼノはきっと寝坊なんかする人は好きじゃない。
どうぞ、とドアを開けられるままゼノの車の助手席に座る。気を使ってくれたのか、まずは食事をすることになった。私が朝食を逃していたことはお見通しらしい。着々とマイナスが積み重なっているような気がして落ち込んでいたら、ゼノはなぜかくすりと笑う。
「もとからそのつもりだったよ。昼食がまだだったからね。まあ君にとっては朝食になるのかもしれないが」
「……はい」
「あまり落ち込まないでくれ。僕も少し意地悪を言い過ぎた」
「えっ意地悪だったの?」
「君の反応がかわいらしくてつい、ね」
「……」
かわいいって言われた。そんなに深い意味がないことはわかっている。言われるのも初めてじゃない。だけど今、私はゼノと二人で車に乗っていて、そんなシチュエーションだから特別な意味を探したくなってしまうのだ。
「運転中だと君の反応があまり見られないのが残念だ」
ゼノはやっぱり笑っていた。からかわれている。でも嫌じゃない。これがスタンリーだったら軽くパンチをお見舞いしているところだ。惚れた弱みってのは恐ろしい。
そうこうしているうちに車はカフェの駐車場に停まった。
エッグベネディクトが人気の店だということで、私もゼノも同じものを注文した。コーヒーを飲みながら料理が来るのを待つ。ゼノと二人で向かい合って座っているのが不思議な気分だ。
「この後はショッピングで問題なかったかな」
「うん。でもなに買ってもらおうかな。ゼノは欲しいものある? 私もプレゼントしたい」
「今日は君の就職祝いじゃなかったのかい?」
「それもあるけどせっかくのクリスマスシーズンだし。もう日付は過ぎてるけど」
「それなら僕も店を見ながら考えてみるよ。前に就職祝いでもらった鞄は使いやすくて気に入ってるから楽しみだ」
ゼノは私があげた鞄を今でも仕事用として使ってくれているそうだ。嬉しい。そしてピンときた。
「私も鞄がいいな。今のはちょっと小さくて」
鞄ならほぼ毎日使うことになる。マフラーや手袋も考えたけど、冬しか使えないのはもったいない。ゼノからのプレゼントを毎日持ち歩けるなんて最高じゃないか。
昼の予定が決まったところでエッグベネディクトが運ばれてくる。ナイフで中心を半分に切ると、とろりと黄身がこぼれてきた。ソースと黄身を絡めながら食べると、噂通りおいしい。なんだか素敵な一日になりそうだ。
私はこれ! と思ったらすぐに決めてしまうタイプで、今日もせっかくのショッピングなのに早々と欲しい鞄を決めてしまった。ゼノは見ていて気持ちがいいと言ってくれるけど、どっちがいいかと二人で悩む時間を楽しみたかった気もする。まあ、待たせてイライラさせるよりはマシだと思うことにしよう。
「次はゼノの番だよ」
「ああ、そうだったね。僕は君からもらえるものなら何でもいいが」
「何か買う予定のものとかなかった?」
「必要だと思ったらすぐに買ってしまうからね」
「確かにゼノはそんな感じする。じゃあコートとかマフラーはどうかな?」
「ああ、そうしよう。マフラーを選んでもらってもいいかな」
ほぼ私が決めてしまったような感じになってしまったけど、ゼノがいいというから私たちは売り場を移動した。シーズン真っ只中ということもあってたくさんの種類のマフラーが並べられている。
「ずいぶん真剣だね」
「だってゼノにあげるんだし」
黒、ベージュ、うーん赤も似合うな。っていうかゼノは何でも似合う。
「自分のプレゼントのときより悩んでいるじゃないか」
「自分のはパッと決められるんだけど……ゼノはどれが好き?」
「その赤は少し抵抗があるかな」
「赤も似合うと思うよ? じゃあこっちのブラウンは?」
「いいんじゃないか、それにしよう」
「えっ本当にいいの?」
「いいよ。綺麗な色だし、暖かそうだ」
「じゃあ買ってくるね」
私はブラウンと赤のマフラーを手に取った。赤はスタンリー用だ。
会計を済ませてゼノのところに戻ろうとすると、すぐ後ろにゼノが並んでいたことに気付く。手にはさっき買ったのと同じデザインの白いマフラーが抱えられていた。
「あれ、白がよかった?」
「これは君のだよ」
「え、でも鞄買ってもらったし」
「鞄は就職祝い、マフラーはクリスマスプレゼントということでいいじゃないか」
「……三人お揃いのマフラーって変じゃない?」
「マフラーくらいわからないさ。それに、もとはといえば君が僕とスタンにさせようとしていたことじゃないか」
「まあ……」
諦めてくれ、とゼノは微笑んだ。
車に戻るとゼノは私の首にマフラーを掛けてくれた。どうしよう、すごくドキドキする。私もお返しにゼノにマフラーを巻いてあげたけど、結んでいる間じっと見られて余計にドキドキした。
「顔が赤いね。マフラーは暑すぎたかな」
「……そんなことない」
「そういえば、31日の予定はまだ空いているだろうか」
ゼノの指が私の髪をすくい上げた。何かと思えばマフラーからはみ出ていた部分をきれいに整えてくれたようだ。……いや、それより今ゼノはなんと言った? 31日? もちろん空いていますとも。
「君さえよければ一緒にニューイヤーズイブを過ごせないかなと思ったんだが」
……夢? そんなことある? 今までこんなにも間を空けず会ったことなんてない。なんで急に? もしかしてゼノも私のこと好き? いやちょっと待って、さすがにそれは落ち着こう。
「……過ごしたいです」
赤くなった頬が見えないようにマフラーに半分顔を埋めて言う。こんなことをしたって無駄だろうけど、ゼノに直視されてると思うと耐えられなかった。
「年明けの予定はあるかな?」
「ないです……」
「おお、それならゆっくりできそうでよかったよ」
私はもう話を半分も理解できないようになっていた。脳がバグを起こしている。だから私はゼノの問いにうんうんとなんでも頷いて、31日当日までゼノの一人暮らしの家に招待されていることすら気付かなかったのだ。