New Year's Eve
どうぞと案内されるがまま家に入ったはいいけど、これはつまり……どういうこと?
年越しを一緒に過ごそうと約束して、家まで迎えに来てくれた車に乗って、到着したのがゼノの家だった。これがすべてである。
私は部屋の入り口に立ち尽くしていた。スタンリーと一緒になら来たことはあったけど、まさか一人で招かれるなんて思ってもみなかった。オロオロと慌てる私にゼノがハンガーを差し出してくる。
とりあえずコートを脱いでから考えよう。と思ったけど、コートを脱ぐのなんて一分もかからない。そしてコートを脱いだ私は流れでそのまま部屋に入った。
ソファに座った私の前にゼノがグラスを持って現れる。
「お酒は飲むかい?」
「……ゼノは?」
「僕は君を家まで送らないといけないからね」
「タクシーで帰るよ?」
「いや、もとからそのつもりで僕が飲むアルコールは準備していないんだ」
「そっか。じゃあ私も飲まない」
「そうだね。今日はナイトがいないからそれがいい」
ゼノはそう言って私のグラスにノンアルコールカクテルを注いでくれた。薄いピンク色のそれは私のために用意してくれたもののようで、ゼノのグラスには普通の炭酸水が注がれている。
乾杯、とグラスを合わせて一口。ほのかな甘みと炭酸の刺激が口の中に広がった。
「ナイトってスタンリーのこと?」
「ああ、君を悪い虫から守るナイトさ」
「……今までいたの? 悪い虫」
もしそうなら私は知らず知らずのうちに恋のチャンスを潰されていたということだ。私はゼノが好きだから別にいいんだけど、気になるものは気になる。
ゼノは「さあ?」とはぐらかすばかりで真相を教える気はないようだ。
「……スタンリーに聞いてみようかな」
私が取り出したスマホの画面をゼノは静かに見下ろしている。……え、聞いたらダメな感じ? お伺いを立てるようにゼノの顔を下から見上げると、ゼノはフッと笑った。
「もし悪い虫とやらがいたとして、君はその彼もしくは彼女と恋人になるつもりはあったのかい?」
「え……いや、そういうわけじゃないけど」
ゼノが何か言いかけたところでブザーが鳴った。ゼノは言うのをやめて応対している。何かと思えば注文したピザが届いたらしい。二人で食べるにはちょっと多い気もするけど、大きいピザは見るだけでテンションが上がる。
「年越しピザ!」
「昔三人で食べたのを思い出してね」
「……一人半分がノルマ?」
「食べ切れなかったら僕の明日の朝食にするから気にしなくていいよ」
「じゃあいただきますっ!」
一切れがずっしりと重いピザを取ると、チーズがとろんと伸びる。おいしそう! と思うと同時に、これ上品に食べられないなと気付いた。まあ、ピザだし仕方ない。
「おいし~」
適当につけたテレビを眺めながらもくもくと食べて飲む。なんかこれ、デートっていうより親戚の家でくつろいでる感じだ。いや、そもそもデートなのか? もしかしてこのまま0時を過ぎて、家まで送ってもらって終わり。何の問題もないけど、むしろ私としては問題があっても……。うん、全然想像できない。ゼノって恋愛感情とかあるのかな。まずスタート時点がここなのだ。聞いてみたいけど、失礼にならない聞き方が思い浮かばない。というかたぶんどんな聞き方をしても失礼だ。それこそ私が告白でもしない限り、どうにもならないいんじゃないかと思う。
もうダメだと諦めかけていたところ、ノルマの半分くらいピザを食べ終わったところでピンと閃いた。
「そういえば私ひとりで上がりこんじゃってよかったの?」
「それはどういう意味かな?」
本当にわかっていないのか怪しいものだ。ゼノはかなり察しがいい。だけどわざとわからない振りをしてからかってくることがあるのだ。
「えっと、誤解を招く……みたいな」
「誰の誤解を招くんだい?」
これ絶対わかってるやつだ。だってゼノ、ちょっと口元が笑っている。
「……ゼノの恋人?」
「いないよ、そんなもの」
「そう……」
「だがそれを言うなら君もだ。一人でこんなところに来てしまってよかったのかい?」
「……ゼノだからいいの。他の人にはしないよ」
「だろうね。僕も君だから家に上げたんだ」
「うん」
嬉しいような悲しいような。私としてはすごく頑張ったつもりだったけど、肝心なところは結局聞き出せていない。私は飲み物をちびりと飲んだ。少しだけぬるくなっていた。
「あと三時間だね」
「ああ、本当だ」
「いつもこの時間は何してるの?」
「シャワーを浴びるか、パソコンで調べ物をしていることが多いかな」
「テレビとかあんまり?」
「見ることもあるよ。熱心に見ているかと言われるとそうでもないが」
「へえ~」
相づちを打ちながら私は三切れ目のピザに手を伸ばす。意外と半分なんてすぐ食べ切れそうだ。
「追加が必要かな?」
「明日ゼノが朝昼夜ピザでいいなら」
「おお、ではやめておこう」
ゼノはそう言ってテレビを点けた。ちょうど年越しイベントの中継が行われている。花火が打ち上げられているようだけど、この辺りはとても静かだ。
テレビの向こうの人たちはみんなお祭り気分ではしゃいでいる。知っている場所なのに、なんだかすごく遠くに感じられた。
「こういう場所のほうがよかったかい?」
「ううん。ここだとゆっくりお喋りできるし……もちろんイベントも楽しそうだけど」
「来年はどこか行くのもいいね」
「……来年!」
いいんですか? と叫ぶ寸前だった。一年後だろうが次の約束があるだけですごく安心できる。普通ならこれを約束とは言わないのかもしれないけど、ゼノがこう言うのだから来年は確約したに等しい。
「ああ、君の予定を予約するには早すぎたかな」
「そんなことない! 行く! スタンリーも暇そうだったら誘ってあげよ!」
そうだね、と言いながらゼノは四切れ目のピザに手を伸ばす。いつの間にか抜かれてしまっていた。残るピザはあと一切れ。私も負けじと最後の一つを手に取ってかじりつく。残さず食べられたのはよかったけど、さすがにお腹はいっぱいだ。
ピザを食べ終わると、それからはテレビを見ながらお喋りしてダラダラと時間が過ぎていった。気付けば年越しまであと一時間を切っている。日付が変わったらすぐ帰らなきゃいけないのかな。ゼノと話しながらも私はすでに終わりのことを考えていた。
「ゼノ」
次に言う言葉を考えないまま名前を呼んでしまった。当然ゼノは返事をするし、私の言葉の続きを待っている。だけど何か言わなきゃと思えば思うほど、焦って頭が働かなくなってしまうのだ。
「……ごめん、なに話すか忘れちゃった」
「思い出したらで構わないよ」
「うん……」
変にさえぎったせいで会話が途切れてしまった。ゼノは空になったピザの箱を片付けている。きれいになっていくテーブルを見ると寂しくなった。まだ帰りたくない。とてもそんなことは言えないから、
「また遊びに来てもいい?」
なるべく重くならないように言った。
もちろん、とゼノは微笑む。
「そうだ、合鍵を作っておこうか」
「……合鍵?」
予想した百倍くらい上を行く単語に、私の頭がフリーズする。今なにかゼノが言ったような気がするけど理解できなかった。いつでも、来て……いい?
「ああ、だが一応来る前に連絡を入れてもらえると助かるよ」
「えっと」
いいからもらっておきな、と思う自分がいる。反面、さすがにそれはおかしくない? と思う私もいた。
「……スタンリーも持ってたりする?」
それを聞いてどうする。ゼノは「まさか」と言った。自分で尋ねておきながら、喜んでいいのかもわからない。
ゼノはうっすらと笑みを浮かべたまま私を見ている。もしや、からかわれているのでは。でも本気のような気もする。下手なことを言って「じゃあ合鍵の話はナシだ」となってしまうくらいなら、私はすぐに頷くべきだった。だけど理由もほしい。私にだけ、合鍵を渡してくれるという理由が。
「もう年が明けるから言ってしまうが、実は僕の中でルールを決めていたんだ」
「ルール?」
話が変わったのか続いているかもわからないまま、私はゼノの言葉に首をかしげた。
「そう。まず一つ目だが、君が就職するのを待っていた。君とは少し歳が離れているからね」
「……うん」
私の頬は期待で熱くなった。私が社会人になるのを待っててくれたって、そんなこと言われたらいいほうにしか考えられない。
そして二つ目、とゼノは続ける。
「君が僕と二人きりの空間でスタンリーの名前を出さないこと。今日は三回だ」
「えっ」
「ナイトの話、来年の年越しの話、それから合鍵の話」
「……ナイトの話はゼノが始めたよね?」
「まあ僕もナイトの圧に耐えらえなかったということだ。このルールは来年も適用しようと思っているから、もし君にその気があるなら次は頼むよ」
「……その気って?」
わかりきったことを聞いてしまう私をゼノは鼻で笑った。「わかるだろう」そう言われてしまえば、私は頷くことしかできなくなる。
うつむく私の頬にゼノの指が触れた。そのとき、テレビからひときわ大きな音が聞こえてくる。ちょうど年が明けたようだ。
ゼノは何事もなかったかのように私から離れてコートを羽織った。私もハンガーを渡されて、帰る準備をせざるを得なくなる。そして本当に何事もなく私たちは車に乗った。
「眠いなら寝ていてもいいよ」
「……眠くはないかな」
何、ほんとに何。っていうかずるくない? そもそも次っていつ! 車が私の家に着くまでに次の約束を取り付けておかないと、私は今日本当に眠れなくなる。しかし仮に一週間後に約束したとして、私は無事に生きていけるだろうか。一カ月後だったら絶対無理だ。ゼノのことばかり考えて何も手付かずになるのが目に見えている。できるだけ間を空けずに会いたいけど、もうそれを言い出すことさえ馬鹿みたいにハードルが上がっている。全部ゼノのせいだ。肝心なところを私に委ねようとするところがずるい。でも好きだ。
あれこれ考えているうちに私の家に着いてしまった。ゼノはわざわざ車を降りて玄関の前まで付き添ってくれた。
緊張で手が震えて鍵がうまく刺さらない。それを見られていることが恥ずかしい。冷たい風がぴゅうと吹いてお揃いのマフラーが揺れる。
「開けて」
私は開き直ってゼノに鍵を渡した。ゼノは難なく鍵を開けて、それがまた悔しい。
「き、昨日の次って今日だよね!」
私がスタンリーの名前を出したのはもう去年の話になる。私の言いたいことを理解したのか、ゼノはくすりと笑った。
「確かに君の言う通りだ」
「わっ」
私はゼノに腕を引かれてすっぽりと抱きしめられた。そして頬にキスを落とされる。どうしていいかわからず固まっていると、ゼノはすぐに私を解放した。
「次の日曜、予定は空けられそうかい?」
「あ、空いてます!」
「ならこの続きは日曜に」
ゼノが玄関のドアを開ける。反射でお礼を言って、その次はおやすみだった。あっけなくドアは閉まる。私は次の日曜まで無事に生きていられるだろうか。