透明の壁を壊して08

 雪が降った。ちょうどその日はクリスマスで、初めて電球に明かりが灯った日でもあった。木を飾る科学の明かりにみんなが見惚れていた。電球づくり開始から、二ヶ月後のことである。
 電球が開発されたことによってクロムくんの探索範囲が増加。千空くんは携帯づくりのためのさらなるパーツ、真空管の作成に取り掛かった。
 真空管はかなり高度な技術が必要みたいで、私に手伝えることはなさそうだ。コートも村人全員に行きわたっている。となれば、私が手伝うのはクロムくんだ。
「ヤベー! スゲー! これなら奥まで余裕で行けるぜ!」
洞窟に入るなり、クロムくんは感動の声を上げた。無理もない、今まではたいまつの明かりで鉱石集めをしていたらしいのだ。私たち二人の頭に装着されたライトさえあれば、どこまでも行けるような気がした。千空くんにはくれぐれも注意して進めと釘を刺されているけど。「見たことねえか? 洞窟探検で行方不明者出たニュース」この言葉のおかげで私はまだ冷静さを保てている。
「千空くんがびっくりするようなの見つけたいね」
「おう、ぜってー探し出してやる!」
クロムくんが探索したことのある場所ギリギリまで来て、それから先は慎重に進んだ。段差や穴があるかもしれない。それに息苦しくなるようなら、すぐに引き返さなければならないのだ。
 ワクワクドキドキの洞窟探索だったが、思いのほか早く道は途絶えた。大きな穴があって、飛び越えられるような距離ではなかったのだ。
「あー! ハシゴさえありゃ、もっと先に進めたのによ」
クロムくんは頭を抱えた。確かにハシゴがあれば渡れそうではある。だが、私はハシゴがあっても怖いなと思った。
 嘆いてばかりいても仕方がないから、私たちは戻りながら鉱石を掘ることにした。クロムくんがこれは銅とかあれは亜鉛とかいろいろ教えてくれるけど、見分けられるようになれる自信はない。
「ごめん、ついてきたけどあんまり役に立ってないね」
「何言ってんだ? 二人いたら倍、持って帰れるだろ?」
「……そっか。そうだね、たくさん持つね」
「おう! 千空のこと、びっくりさせてやろうぜ!」
私たちはカゴがいっぱいになるまで石を掘った。かなり力任せでやってしまったから、肩に響く。重くなったカゴを背負うと、ぎゅうっと紐が肩に食い込んでさらに痛い。
 洞窟を出ると外が真っ暗になっていた。クロムくんは泊まりがけで探索することも多いそうだ。今日はたぶん私がいるから気を遣ってくれたんだと思う。
 私たちの成果に千空くんは驚かなかった。けど、銅が欲しかったみたいだから結果よしとする。真空管のパーツに必要らしい。
 千空くんは銅のチューブを入れた真空管に電気を通した。しかし、竹の熱線がすぐに燃え尽きてしまう。今日は遅いからと作業は打ち切りになったが、次の日、その次の日、さらに次の日も上手くいっていないようだった。
 高熱に耐えられる素材がない。千空くんがそう言った。私たちが持ち帰ったカゴの中に何かないかとみんなで手分けして探したが、千空くんは浮かない顔をしていた。ここにないなら、また探しに行ってもいい。怖いけどハシゴを持って行って、洞窟の奥にだって行く。クロムくんと私はたぶん同じ気持ちだった。
「名前、さっそく準備だ!」
「うん!」
私はクロムくんと洞窟探索の準備に取り掛かった。先に進むにあたって必ず必要となるのがハシゴだ。これは竹とヒモを使って作る。数日かけての探索になるだろうから食料も持ち込まなければならない。寝るときは寒いから、皮布も持って行ったほうがいいそうだ。それから、火を起こすための道具。一通り思いつくものを揃えて、さあ明日は出発だというところ。私は探索に備えて早めに床に入った。そのせいか、妙に早く目覚めてしまったのだ。
 辺りはまだ暗い。日も登っていないから、まだ夜中なのかもしれない。しかし目が冴えているせいでなかなか寝付けなかった。
 ポンチョをひっかけてラボの外に出る。この時間の風はとりわけ冷たかった。「寒っ」完全にひとり言のつもりだったのに。
「……名前ちゃん?」
返事があった。てっきりみんな寝静まっているかと思いきや、外にはあさぎりさんがいたのだ。
「あ……マジックの仕込みですか?」
「こんな朝から!? 違う違う。そこで名前ちゃんに問題。今日は何月何日でしょう!」
電球ができたのがクリスマス。つまり十二月二十五日。それから何日経っただろう。私はあまり日付にこだわりがないから、数えてはいない。ただ問題にするぐらいだから……
「え……えーと、あっ……大晦日? ちがう、お正月?」
「せいかーい! せっかくだからみんな起こして初日の出、見に行こうと思って」
「いいですね!」
「作業も行き詰ってる感じだし、気分一新的なね。名前ちゃんはどうしたの? 初日の出って知ってたわけじゃないよね?」
「私は寝るのが早すぎて目が覚めちゃった感じです」
正直に言うとあさぎりさんは笑った。
「せっかくだからみんな起こすの手伝ってもらってもいい? 千空ちゃんは最後ね」
なるほど、そういうことか。一番こたえているのはきっと千空くんで、あさぎりさんはどうにかしてやりたいと思ったのだろう。さすがだなあと、なぜか私が嬉しくなっていた。
 私たちは二手に分かれて村の人を起こして回った。しかし、スイカちゃんが見当たらない。一度戻ってあさぎりさんに確認したけど、彼もスイカちゃんには会っていないそうだ。
 ぞろぞろと人が集まってくる。「あ!」とクロムくんの声が聞こえてラボの裏側へ行ってみると、そこには座り込んだスイカちゃんがいた。一晩中ずっと使える石を探してたみたいだ。
「スイカもお役に立ちたいんだよ……」
そうは言っても目がショボショボしている。でも、ここまで来て置いて行くというのもかわいそうだ。
「スイカちゃんはいつも役に立ってるよ。だからちゃんと休憩もしようね」
こく、とスイカちゃんが頷く。日の出を見たら寝るという約束をして、出発したみんなの後を一緒に追いかけた。

 今まで生きていて、見たことのない輝きだった。日の出とともにスイカちゃんの手元が蒼く光る。
 スイカちゃんは一番最後に手にしていた石をそのまま持ってきていたのだ。さっきまでは普通の石にしか見えなかったのに、日の光を浴びて宝石のように輝いている。
「原子番号74、タングステン……」
千空くんの指先は震えていた。「これならいける」そのひと言で、周りからは歓声が上がった。
 さっそくラボに戻って作業開始と行きたいところだが、素材の量が足りないらしい。それならばと私とクロムくんは昨日のうちに準備しておいた洞窟探索セットを千空くんに差し出す。
「ククク、ずいぶん準備がいいじゃねえか」
「おうよ! 言われなくても探しに行くつもりだったからな!」
千空くんは私を見た。言いたいことは何となくわかっている。
「私はここで待ってるよ。その石、固いんでしょ? 私じゃ掘れなさそうだし」
「ああ……行くのはクロムと俺と、ライトが残り一セット……」
千空くんはぐるりと周りを見渡した。
 私はコハクかなと思っていた。身軽だし、力もあるし、千空くんとクロムくんとの息も合っている。しかし、上げられたのは思わぬ名前だった。
「発掘隊最後のメンバーは、マグマ!」
私も驚いたし、みんなも驚いていた。けど、たぶん一番驚いていたのはマグマさん本人だ。

「みんな~ちょ~っと聞いてよ! 素敵な話があるんだよ~」
千空くんたちを見送ったあとすぐに、あさぎりさんが声を上げた。聞けば千空くんの誕生日が差し迫っている。彼らが返ってくる前に内緒でプレゼントを作っちゃおうという計画だった。あさぎりさんの計算によると、千空くんの誕生日は一月四日。あと三日しかない。
 スイカちゃんはコハクに家に送ってもらって、残りのメンバーでぐるっと円を作る。
「実はもう考えちゃってんだよね。天体望遠鏡。どう?」
どう、と言っても天体望遠鏡がわかるのはこの中で私とあさぎりさんしかいない。
「素敵だと思います……でも、作り方わかるんですか?」
「ま~多少は違っても、あとは千空ちゃんがなんとかするでしょ」
仮にもプレゼントだというのに、あさぎりさんは完全に開き直っていた。
 当然ながら「天体望遠鏡とは」という質問が出てくる。そこはあさぎりさんに説明してもらって、その流れで作業の振り分けも終わってしまった。手際がよすぎる。もしかしたら前々から考えていたのかもしれない。
 あさぎりさんの計画は大がかりなものだった。てっきり望遠鏡だけ作るのかと思いきや、クロムくんの科学倉庫を増築するところから始まった。倉庫の上にそれ専用の部屋を作るみたいだ。天体望遠鏡というより、天文台のプレゼントである。増築作業はは力のある金狼さんたちに任せ、私たちはレンズを作ることになった。
「……よかったの? 名前ちゃん」
ガラスの原料をすり潰している隣で、あさぎりさんがこそっと声をかけてきた。
「いいんじゃないですか? 千空くん、宇宙好きだし」
「あー……じゃなくて、ほんとは洞窟行きたかったんじゃないかなって」
「……えっ?」
何を言っているんだ。私は心の底からそう思った。だってあの穴、落ちたらきっとタダじゃ済まない。あさぎりさんは知らないからそんなことが言えるのだ。
「……あれ、そんな行きたいわけでもなかった?」
「行けと言われれば行きますが、行きたくはないですね」
「ええ~、なんだ……。クロムちゃんと準備してたから、え~……じゃあいっか」
あさぎりさんはがっくりと肩を落とした。読みを外したのが悔しいのか、それか落ち込んでいるのだろうか。
「心配してくれてたんですか?」
「恥ずかしいこと言わないの~……」
「……そうだったら嬉しいなと思って」
私は首元の毛皮に顔をうずめた。ごりごりと砂の潰れる音が響く。
「名前ちゃん、変わったよね」
作業の手を止めてあさぎりさんを見る。たった数秒だけだけど、時間が止まったような感覚だった。静かに目を合わせているという状況に耐え切れず、私は砂つぶに視線を戻す。「あー……」あさぎりさんの声がじんと耳に響いた。
 横目にあさぎりさんが両手で顔を覆ったのがわかった。目が合わないのをいいことに、彼のまるい頭をじっと見る。私が変わったというなら、それはきっとあさぎりさんのせいだ。彼がどういう意味で言ったのかはわからないけど、私にはその自覚がある。