雨降って地固まる

 石神村にゲンの声が響く。朝から「大変大変」と大騒ぎだ。そのゲンが一番に出くわしたのは千空だった。
 ゲンは眠たそうな目をした千空を連れて村の外に出た。そうして着いた先には小さな住居が一つ。空き家と言うには生活感が漂っている。
「おい何だこりゃ」
「ね、誰かいるんだって!」
「にしたって村のやつ連れてこねえとわかんねえだろうが。誰かの知り合いかもしんねえだろ」
「あ、確かに」
ということで二人はあっさりと村に戻った。つり橋の近くにいた金狼にゲンが聞いてみたが「知らん」と一蹴される。逆に怪しい。知らないなら知らないで、全く興味も持たないのはどういうことだろう。しかし金狼ならまあ、あり得なくもない話なのかもしれない。
 次に見かけたのはコハクだった。金狼にしたのと全く同じ説明だが、反応は正反対だった。
「ああ、なまえのことか」
「えっ! コハクちゃん知ってるの!?」
「ああ、村のものなら全員知っているぞ」
ゲンは千空と目を見合わせた。さっき金狼に知らないと言われたばかりだ。どういうことだよ、と千空は眉をつり上げる。
「金狼も知らないはずはないのだがな。まあなまえはいわゆる……この村を追放されたというやつだ」
「え……ジーマーで? えっと、女の子? だよね」
「ああ、歳は私と同じくらいだ。追放されたのは一年くらい前か」
そこまで聞いたらなぜ、と言いたくもなるだろう。追放されたって、一体何をしたらそんなことになるんだ。しかもまだ少女と言えるような年齢で。
「まあ追放といっても私や銀狼は今でも会っているぞ。ただ村には入れないというだけで」
「あ、そういうゆる~い感じなの?」
「まあ……ゆるいというか、な」
コハクはやれやれとため息をついた。

 なまえは一年前、御前試合で巫女――つまりルリの結婚相手を決めることに反対したそうだ。村の慣例ともなっている行事に文句を言った理由は、ゲンにしてみれば可愛らしい理由だった。
 なまえは金狼のことが好きだったそうだ。それで御前試合に出てほしくないと、おそらく本人に伝えることはできなかったのだろう。さらになまえはルリのクロムに対する気持ちも知っていたようだ。そこまで来てしまえば、あとは十代のパワーで突き進んでしまった……と、容易に想像できる。
 しかしそれだけで追放なんてするだろうか。十代の女の子を一人村の外に放り出すなんて、ある意味処刑にも近い。肉食動物に襲われて死んだって構わないと、村の人間が判断したのだろうか。
「それだけで追放したわけではない。なまえは御前試合の勝者に与えられる盾を隠したんだ。それで、そこから先は運が悪かったとしかいいようがない……。盾は崖の下に落ちてしまって、もちろん故意だとは思ってない。盾を隠したのだって、きっと後で返すつもりで!」
コハクの声がだんだん荒くなって、慌ててゲンは彼女をなだめた。
「ああ、すまない……。大人たちもそこまでしなくとも、という雰囲気はあったのだ。だが金狼が……」
「ルールはルールだ?」
ゲンの予想は当たりだった。それを目の前で聞いたなまえは周囲の静止を振り切って、出て行ってしまったそうだ。しかし村の中にはなまえを気に掛けるものも多く、彼女の生活基盤を整えるため、ほとんどの村人が手を貸したらしい。
 千空がガシガシと頭を掻きながら歩き出す。
「あ゛ーとりあえず回収しに行くか」
「え、どういうこと千空ちゃん」
「人手不足だっつってんだろ。こっちは猫の手でも借りてーんだわ」
「いやいやいや、俺らが行ったって怖がらせちゃうでしょ!」
「ああ、それなら私も行くぞ」
「っつーわけだ。交渉はテメーがやれ」
「いや交渉もなにもさあ……」
ゲンが言っている途中にもかかわらず、千空とコハクの二人はずんずんと歩いていく。ゲンは小走りでその後を追った。

 ちょうどなまえも家に戻ってきたところのようで、家の前で鉢合わせになる。なまえは不安そうな視線をコハクに向けていた。こう言ってはなんだが、村を追放されるような人間には見えない。
「単刀直入に言う。村に戻って仕事しろ」
「ちょっとちょっと千空ちゃん!」
交渉は任せた、なんて言っていたのに歩いたら忘れてしまったんだろうか。なまえがポカンとするのも無理はない。こんな状況で丸投げ。ため息の一つでもつきたくなるところだが、ゲンはなまえを怖がらせないようニコリと笑った。
 こういうときに大事なのは勢いだ。相手に考える隙を与えたら負ける。だけど怯えさせないよう最大限に気を使いながら、大まかな流れを話した。

「じゃあ、今の石神村の村長は千空……ってこと?」
「そうそう! だから千空ちゃんが石神村のルールなの! 俺ら部外者だって今は自由に出入りさせてもらってるし!」
ゲンは千空とコハクに目で合図を送り、村への道を早足で歩き始めた。これはさっき千空たちにやられたまんまの方法だ。
 なまえは戸惑いながらも後をついてきているようだ。これは上手くいきそう……そう思っていたら、ここで金狼が登場する。
 門番として定位置にいた金狼はなまえを見るなり顔をしかめた。これはマズイ。だが今さらどうすることもできなかった。
「なぜ戻ってきた」
あちゃー……。ゲンは心の中でため息をついた。なまえは思った通り、みるみる顔を赤らめて……もう泣きそうになっているじゃないか。
「うるさい! 金狼のばか!」
なまえは村と逆方向に走っていってしまった。ここからどうしろというんだ。ゲンはなまえの後ろ姿を眺めながら今度こそ本当にため息をついた。
 ただ一つ予想外だったのが金狼の反応だ。明らかに狼狽えている。……なぜ?
「どうしたのだ金狼、今日は珍しく慌てているじゃないか」
「……なんだあの顔は」
コハクは首を傾げた。千空もわかっていないようだ。
「泣いていたのか……?」
「いつもあんな感じだったぞ?」
コハクが言ったところでゲンはピンときた。今まで金狼はなまえが泣きそうになっていたのを知らなかったのだ。
「もしかしてずっと見えてなかったんじゃない? でも今は千空ちゃんが作ったメガネがあるから……」
「あ゛ー、そういうことか。金狼、テメー今までなまえを泣かしてたの気付いてなかったのか」
「な……」
ゲンは袖口で口元を隠してにやりと笑った。これは勝機だ。
「っていうかさ~、今は千空ちゃんが村長になったんだから金狼ちゃんになまえちゃんを追い返す権利とかないよね~? むしろ金狼ちゃんのほうがルール違反なんじゃないの~?」
ぐ、と金狼は口をつぐんだ。もう一押しほしい。ゲンは金狼に見えないところで千空を小突いた。
「金狼、テメーが責任もって追いかけろ」
走りゆく金狼の背中に三人でガッツポーズを上げる。これからどう転ぶかは主に金狼しだいだが、なまえが金狼を好きだという前提がある以上悪いようにはならないだろう。