ハッピーバレンタイン

 玄関のドアを開けるなりゼノがバラの花を差し出してくる。私の恋人、すごくかっこいい。
「ありがとう。ゼノ、バラ似合うね」
「初めて言われたよ」
 花束と一緒にもらったメッセージカードにはシンプルな愛の言葉が書かれていた。見た瞬間からへらりと頬がゆるむ。
 私はさっそくゼノを家に招き入れて、ソファに座ってもらった。今日のために私もお高めのチョコレートを買っている。そしてあわよくば一粒わけてもらう予定だ。
「日本ではね、女性からチョコを渡して愛を伝えることが多いんだって」
「ああ、君は日本の漫画が好きだと言っていたね。今でも読んでいるのかい?」
「うん、たまに。それでこれ、私から」
 飾りのリボンにメッセージカードを挟んでゼノに渡す。ゼノはその場ですぐにリボンを解いた。
「食べたかったんだろう?」
「……うん」
ゼノは箱を開いてどれがいいかと聞いてきた。本来ならゼノが先に選ぶはずだけど、まあここは甘えさせてもらおう。私のほうが年下だし、と心の中で言い訳をする。
 真っ赤なハートのチョコはゼノに食べてもらいたい。……どうしよう。見ているとどれもおいしそうで、だからこのチョコを選んだわけだけど、一つ選べと言われたら決めきれない。
「ずいぶん悩んでいるね」
「あ、ごめんね。ゼノは食べたいのとかある?」
「そうだな……どれもおいしそうだよ」
「だよね!」
「それなら全部半分に切ってしまうのはどうだい?」
「えっ……いやいや、さすがにそれは」
「いま少し迷っただろう?」
「まあ……」
と言えば、ゼノが本当にナイフを持ち出してくるから慌てて止める。どうしても食べたかったら自分で買うので、というところで話は落ち着いた。
「じゃあこの、四角のやつもらっていい?」
「いいよ」
「ありがと!」
先にどうぞ、と箱を差し出される。遠慮なくいただいて、チョコを噛むと中からキャラメルのソースがとろりと出てきた。甘くて顎がじんとする。
「おいしい……」
「もう一つ食べるかい?」
「……いい、あとはゼノが食べて」
「それじゃあいただこうかな」
ゼノが選んだのは一番左側にあったチョコで、赤のハートではなかった。にこりと笑って「おいしいよ」と言ってくれるところが好きだ。
 ゼノがチョコを食べている間、私はコーヒーを淹れることにした……はずが、なぜかゼノまでついてきてしまう。
「座ってていいよ?」
「今日はバレンタインデーだからね、どちらかというと君を甘やかすつもりで来たんだが」
「私もそのつもりだった」
私がコーヒーマシンにカプセルをセットしていると、ゼノはその隣でコーヒーカップとソーサー並べていた。私の家なのに、まるで自分の家のように振舞うじゃないか。ちょっと……いやかなり嬉しい。
 にやにやしているところを見られてしまったのか、ゼノはくすりと笑っていた。
「おや、砂糖もミルクも入れないのかい?」
「ゼノがいつもブラックだから、真似」
「……いいんじゃないか。結果は想像できるが」
「えー」
甘いチョコレートを食べたから苦みが欲しくなるはずだ。という思考のもとブラックのコーヒーを一口飲む。チョコの余韻は一瞬で消えてしまった。ゼノが無言で砂糖を差し出してくるのがまた、くやしい。
「……ありがと」
「感謝している顔には見えないな。ほらミルクも」
本当にちょうどいい量のミルクがゼノによって注がれる。なぜ、と思いながらもスプーンでかき混ぜていたら、ゼノが二つ目のチョコを口へ運んだ。
「ああ、これはアーモンドが入っているな」
「へ~。ゼノは何味が好き?」
「あまり考えたことはなかった。これはおいしいよ」
「ゼノは全部おいしいって言ってくれそうだから」
「まあそうかもしれない。君の選んだものだから」
「……うん。ねえ、そのハートのは何味かな」
「ふふ……まあ、いいだろう」
「うん?」
ゼノは意味ありげに笑ってハートのチョコをつまんだ。ついじっと見てしまうから、誤魔化すようにコーヒーに口をつける。
 チョコの中にはラズベリーのソースが入っていたらしい。おいしそうだな、と思っていたらゼノに手招きされる。
 誘われるがまま近づくと、ゼノが箱からチョコを一つ取って私の口の中に押し込んだ。味わいたいのに、何もわからないまま口の中でチョコが溶けていく。
「君が物欲しそうな顔をしているように見えたからね」
極めつけは頬へのキスだ。おそらく真っ赤になっているであろう私をゼノは満足気に見下ろしていた。