kabedon
※子供時代
私は今、すごくハマっているものがある。それは日本の少女漫画だ。
初めてその存在を知ったのは、とあるアニメを見たときだった。女の子がものすごくかわいくて、それでいてかっこいい。キラキラしていて憧れた。そして調べているうちに、ごくわずかだが日本の漫画が翻訳されて売られていることを知ったのだ。日本の少女漫画はすごくじれったくてきゅんきゅんする。ただ残念なことに数があまりない。もっとこっちでも売ってくれたらいいのに。
私はさっそくスタンリーの家まで漫画を持ち込んだ。そしてイチオシのシーンをガバッと開いて押し付ける。スタンリーは興味なさそうな顔で漫画をちらっと見たあと、私を見下ろした。
「これやって」
「はあ?」
心底面倒くさそうな顔でスタンリーが言う。だけどスタンリーがなんだかんだ言いながらも付き合ってくれることを私は知っている。
「……で、壁に腕ついてあんたを追い詰めたらいいワケ?」
「うん。それでね……なんて言ってもらおうかな。『逃げんなよ』とか?」
「は~、何がいいのか全くわかんないね」
文句を言いながらもスタンリーは私の言う通りにしてくれた。ただし表情がダメ。全然きゅんとしない。
あれこれ注文を付けていたら、突然部屋のドアが開く。立っていたのはゼノで、目を真ん丸にしている。どうやらスタンリーと約束をしていたようだ。
「……君たち、何をしているんだい?」
「あ~、ゼノ代わってくれよ。こいつ今、日本の少女漫画ってのにハマってるらしくて何かのワンシーン? の真似させられてんの。なんか翻訳されてねえやつも読みたいとかで日本語の勉強まで始めてんだぜ」
「ああ、そういうことだったのか。あまりに距離が近いものだからびっくりしたよ」
じゃあよろしく、とスタンリーはゼノの肩をぽんと叩いてソファに座った。
ゼノが私のほうに近づいてくる。私は全力で首を振ってお断りをした。ゼノにそんなことされたらタダでは済まない。だって私はゼノのことが好きなのだ!
「もう満足したから大丈夫! 何か飲み物持ってこようか? ゼノはくつろいでて!」
あんたの家じゃねえだろ、というスタンリーのツッコミを聞き流しながら私はキッチンへ向かう。ところが、
「待ってくれ」
どういうことかゼノが私の腕を掴んできた。私はそのまま壁に押し付けられて、逃げられないよう両側をゼノの腕で塞がれてしまった。
「こんな感じでよかったかな」
「う……うぅ……」
「真っ赤になってかわいいね」
漫画を読んだことがあるんじゃないかってくらい、ゼノは完璧だった。嬉しいのと恥ずかしいのが入り乱れて私は何も考えられなくなる。
「マジそっくりじゃん」
「……?」
スタンリーのほうを見てみると、彼はいつの間にか私の漫画を片手にソファで寝そべっていた。ゼノも興味を持ったらしく、私はすんなり解放されて置き去りになる。だけど足に力が入らなくて、その場にずるずると座り込んだ。
「君はこういうのが好きなのか」
「……漫画の中の話だよ」
「ふふ、そうか」
ゼノは漫画のページをペラペラとめくって、ふむと頷いた。そしてなぜか再び私のところへ戻ってくる。
「……えっ!」
ゼノは私を横抱きにした。恥ずかしくて顔も見ることができない。漫画でそんなシーンもあったな、と途中で気付いたけれど、もはやそんなの関係ない。
「……スタンリー助けて」
「おお、僕は主人公の恋を邪魔するライバルというやつか!」
「違うからぁ……もう降ろして……」
「……ゼノ、そんくらいにしといてやって」
「ああ、すまなかったね」
ゼノは私をソファに座らせてくれた。これ以上真っ赤な顔を見られたくなくて、ふいと顔を逸らしてしまう。……やらかした。気付いたときにはもう遅いというやつだ。
私がひたすら俯いているのは、決して怒っているからではない。恥ずかしいだけなのだ。スタンリーもそれがわかっているから、隣で声を押し殺しながら笑っている。誤解されるのは嫌だ。でも、本当のことがバレてしまうのも怖い。
「君は日本語の勉強までしてえらいね」
「えっ」
思わぬゼノの言葉に、私は無意識に顔を上げた。ゼノはいつもの優しい顔で微笑んでくれていた。
「だってそうだろう? 学んだことはいずれ君の財産になるよ」
「そう、かな……。そうだったらいいな」
「僕にも今度教えてもらえるかい?」
「え、そんな……私がゼノに教えるなんて無理だよ」
「そんなことないさ」
ゼノがそう言うものだから、私はすっかりその気になって日本語の勉強を頑張ってしまった。そしてゼノに日本語を教える場面は本当に来た。しかし、ゼノはあっという間に日本語を習得してしまうのだ。私が教えることなんてほとんどなかったと言っても過言ではない。だけどたまに日本語でやり取りをして、それが二人だけの秘密の会話をしているみたいで楽しかった。