道楽男なんて好きにならない04

「この世のすべてってなんですか……」
「そのままの意味だ」
 やっぱり私に龍水さんを理解するのは無理かもしれない。この世のすべてが欲しいなんて、まあ……思うだけなら自由なのかもしれないけど。
「でも無理じゃないですかそんなの」
「俺はそうは思ってない。俺は今まで欲しいものを諦めたことはないぞ」
「……そもそも、全部なくなっちゃったじゃないですか」
「なくなったのならまた作ればいい。違うか?」
「確かに気球があったり小型の船があったり、たった数年でここまでできたのはすごいと思いますけど……」
 ちょうどレストランの前に着き、入れ違いだった千空さんに龍水さんが声をかける。
「千空! この辺りで米が手に入る可能性はあるか?」
 千空さんからしてみれば、何の脈絡もなくいきなりだっただろう。それなのに千空さんは呆れたような顔をしつつも龍水さんの質問に答えている。
「またテメーの欲しがりか? まあ日本じゃ厳しいだろうな。もともと米は日本由来のモンでもねーし、四季っつーのが稲の自生には向いてねえ」
「つまり?」
「探すなら東南アジア辺りだな。どうせ最終的には世界中周ることになんだ。今は死ぬ気で船作るしかねーぞ」
 言うことは言ったとばかりに千空さんが去っていく。
「だ、そうだ」
「え?」
「日本で探しても無駄だということがわかった。同時に米を手に入れるための一番の近道が、船を完成させることだということもな!」
「そう、ですね……」
「ここで立ち話も何だ。中に入ろう」
「はい……」
 レストランの中に入ってすぐにフランソワさんと目が合った。フランソワさんがにこりと笑みを浮かべるのを見て、私は一人で勝手に恥ずかしくなった。やっぱりここで……というかフランソワさんの前で話すのはよくなかったかもしれない。私の心情的に。
 フランソワさんが魚をとてつもない速さで捌いていくのを眺めながら、私は龍水さんに奢ってもらったコーラをちびりと飲んだ。そう、結局奢ってもらっているのである。だって私が注文するなり龍水さんが勝手にお金を払ってしまうんだもの。まあたくさんお金持ってるんだろうしいいか。そう思ってしまった時点で私も大概だ。
 コーラはとても人口的な味がして(もちろん自然の素材で作ったのだとわかっているけど)、一言で言ってしまえば最高だった。これ一つで失ったものを取り戻せたような気持ちになってしまうから不思議だ。
 龍水さんは刺身を一切れ食べて言った。
「千空は全人類救う気でいる。貴様はそれも無理だと言うのか?」
「……それは、」
 正直に言ってしまえば厳しいんじゃないかと思っている。だけど人を救おうとしている千空さんに対して無理という言葉は使いたくなかった。龍水さんには簡単に言えてしまったのに、その違いは何だろう。人類のためという大義名分が欲しいのかもしれない。それなら自分のために動いているであろう龍水さんが目に付くというのも納得できるが……。
「今のは嫌な質問だったな」
「……いえ、龍水さんに無理なんて言ってしまったのが申し訳なかったなと思って」
「俺は気にしてないぞ。無理と言われたのも貴様に限った話じゃない」
「……」
 なんだか龍水さんの存在がさらに遠くなったような気がした。こんなに近くにいるのに、話を聞けば聞くほど離れていく。そして同時に胸がモヤモヤした。これはどういう感情だろう。呆れや怒りとは違う気がした。
「どうやってこの世のすべてを手に入れるつもりですか?」
「まずは千空の言う通り、人類だ。その過程で手に入るものは手に入れるが、人の手がないと築けないものもあるからな」
「ってことは結局、龍水さんも全人類助けようとしてるってことじゃないですか」
「それは過程にすぎん」
 ……なんだ、そこまで嫌な人じゃないかもしれない。龍水さんの考え方に共感できるわけじゃないけど、私が神経質になりすぎていた部分があったというのはわかった。
「でもさっきはお金って言ってましたよね」
「金は人の意志をまとめるものだ。だがそこに信頼がなければ通貨というものは成り立たない。だから俺は価値あるものには金を払う。特別な働きをした者には報酬を弾ませる!」
「……それはわかるような気がします」
「もちろん金で買えないものもあるということは知っているがな」
 そこに関しては全くの同意見であるが、龍水さんがそんなことを言うとは意外だった。てっきり「金で買えないものはない!」タイプかと思っていたのだ。
「……例えば?」
 純粋に興味が沸いた。龍水さんがお金では買えないと認識しているものが。
 刺身を咀嚼していた龍水さんの喉がごくりと動く。
「さあな、何だと思う?」
「え……教えてくれないんですか?」
 龍水さんはニヤリと笑った。なぜだか体が危険を察知して、身構えてしまう。
「まあ少なくとも貴様の心は金では買えん」
「そ、それは……そうですね」
 お金で買えないものの例え一つ目が「私の心」なのかとびっくりした。せめてそこは「人の心」とでも言ってくれればいいものを。
「貴様ともう少し話したいと言ったのはそういうことだ」
「ソウデスカ……」
 よくもまあ、恥ずかしげもなくそんなことを言えたものだ。聞いている私のほうが照れてしまい、手元のコーラに視線を落す。こんなの口説かれていると勘違いしてしまいそうだ。……と思いきや、勘違いもさせてくれないのが龍水さんだった。
 ちょうどそのとき、レストランにいた女の人が三人で龍水さんに話しかけてきたのだ。龍水さんは「どうした美女が三人そろって」と言った。それを聞いてなんとなーく察してしまった。これは誰にでも言っているやつだ。私も言われたことはあったけど、特に深い意味はなかったのだろう。
 三人が龍水さんに話しかけてきたのは仕事についての確認があったかららしい。手短に質問に答えた龍水さんは、残り少なくなった刺身に箸を伸ばす。私も炭酸が抜けかけた残りのコーラを一気に飲み干した。

 席を立つときフランソワさんと目が合った。軽く会釈をすると、それより深いおじぎが返ってくる。
 その場の流れで一緒にレストランを出た龍水さんに家まで送ると言われ、私は首を振った。
「そんなに距離もないですし、大丈夫ですよ」
「だが夜道を美女一人歩かせるわけにはいかんだろう」
 また出た、美女。
「あの……あまり誤解を生むようなことは言わないほうがいいと思います」
「誤解?」
 ここでもまた通じないものなのかと私はため息をつきたくなった。ただ一応言ってしまった責任として、最後までちゃんと伝えようとは思っている。
「美女なんて言われたら、びっくりします。自分のこと好きなんじゃないかって勘違いする人もいるんじゃないでしょうか」
「勘違いではないが」
「え」
「俺は貴様のことが好きだ!」
「ええ?」
「もちろんさっきの三人もな!」
「えー……」
「女はみな美女だ。俺はすべての女が大好きだ! もちろん男も……全員欲しい!」
 もはやなんと言えばいいのかわからない。もしかしたら龍水さんより先に目覚めた人たちはみんな、龍水さんがこういう人だと知っていたから何も思わなかったのかもしれない。……ということであれば、フランソワさんは何を思って私にあんなことを言ったのだろう。私だって心の準備をしてから「美女」とか「好き」を聞きたかった。ほんのわずかに感じたときめきを返してほしいと思うのさえ悔しいところだ。

 断るほうが面倒になってしまい、私は龍水さんに送ってもらうことにした。もう彼とは一生分話したのではないだろうか。最後に何か聞き残したことは? ここまでくると、開き直って龍水さんにいじわるな質問をしてみたくなった。
「私だけ好きでいてほしいとか、言われたりしません?」
 龍水さんは目を丸めた。困っているのだろうか。
「誰になんと言われようと、俺は全員が好きだ」
「それで離れていく人がいても?」
「相手が俺のことを嫌いになろうが、俺が好きなことに変わりはない。だからといってそいつのことを諦めたりもしない」
「……そんなこと言う人、初めてです」
「一応、誤解のないように言っておくが」
 龍水さんは片手で私の顎をグイと持ち上げた。……は?
「好きにだっていくつか種類がある。好きの種類は日々変化していくものだ」
 スルッと離れていく手の感触のせいで、背中がゾクゾクとした。怖い。七海龍水……怖すぎる。
「何だ、不満か?」
「な、何がですか……」
「まだ言いたいことがあるなら聞くぜ?」
「ないです!」
「そうか。また何かあったらいつでも言ってこい」
 ひらひらと手を振りながら龍水さんが去っていく。ああ、もう家の前まで来ていたのか。私がどこで寝てるか知っていたってことだ。
 龍水さんが途中で振り向きでもしたら大変なので、私はすぐに家の中に入った。眠れる気がしない。とにかく落ち着かねばと思って、私は龍水さんが女の人に団扇をあおがせていたシーンを思い出した。これで落ち着こうとしてる時点でもう、最悪だ……。