道楽男なんて好きにならない05
船作りがあまり順調ではないという話を聞いて、私たち農耕チームもみんなで手伝いに行くことになった。造船作業は職人のカセキさんが中心となって進められている。現場に着くと、カセキさんが慌ただしく船の骨組みの間を駆け回っていた。
どうも機体に歪みが出ていて修正に追われているらしい。私たちも一緒になって足りない部分を継ぎ足したり、はみ出ている部分を削ったりしていった。しかし一部を修正すればまた別の場所がズレてくる。素人の私には作業が進んでいるのか後退しているのかもわからない状態だった。
「オホホォ~。ワシちょっと千空に電話で相談してくるね……。みんなは休んでてちょ」
カセキさんが責任を感じることじゃないのになあと思いながらも、私は丸くなった背中がトボトボ歩いて行くのを見送ることしかできなかった。一見すると順調にも見える船の骨組みを眺めながら、水を飲む。改めて大きな船だと感じた。完成させられるのか……よりも、完成してほしいという気持ちが強い。もしかしたら龍水さんに感化されてしまったのかもしれない。目覚めたばかりの私だったら、きっと無謀だと思っていただろうから。
カセキさんからの相談を受け、千空さんが現場に到着した。龍水さんも一緒だった。
千空さんは骨組みの状態を見ながらしばらく考え込んでいた。「問題ねえ」とは言っているけど、その表情には影が見える。
「……計画変更だ。大型船は捨てて定員数人の小型ヨットに切り替える」
周囲がざわついた。不満の声も上がれば、仕方ないという声も聞こえてくる。……龍水さんはどうなのだろう。みんなは次に千空さんが何を言うかと注目しているのに、私は少し離れたところで静かに佇む龍水さんを見ていた。私は龍水さんに何か期待しているのだろうか。それとも彼が初めて諦めるところを見たいだけ? ドクドクと鼓動が大きくなり、
「俺が模型で大型船を作る! それを正確に拡大してこの船を……カセキの努力の結晶を補正していく!」
龍水さんの強い瞳を見て、背中がゾクリと震えた。どうやら「期待」のほうだったらしい。
「できるだろう千空貴様なら。違うか……!?」
「あ゛ぁ、できる」
諦めムードだった空気を一瞬で変えてしまうのだから敵わない。しかも何だかんだと理由をつけて報酬はいらないとまで言っているし。なんでお金を取らないの。これじゃあなたがただの親切な人みたい。
龍水さんの模型が出来上がりを待つということで、手伝いで来ていた私たちはそれぞれの持ち場に戻った。
もうすぐ冬になる。雪が降る前に小麦をすべて収穫してしまわなければならない。私はひたすらカマを振って麦の山を積み上げていった。
無事に冬を越せるか不安だったけれど、周りはそこまで心配していないようだった。千空さんが暖炉を作ってくれたとか、冬の温泉は気持ちいいとか、聞いていたら気持ちに余裕ができてくる。未来が待ち遠しいとまでは言えないけど、楽しみなことがあるっていうのは重要だ。当たり前が当たり前じゃなくなってしまったからこそ気づけたことだった。
(……龍水さんはどんな模型を作るのかな)
これも楽しみなことの一つだ。妥協という言葉を知らない人だから、みんなが悲鳴を上げるようなものを出してくるんじゃないかと思うのだ。
(……でも、なんか調子狂う)
価値あるものにはお金を、働いたものには報酬を。それが龍水さんの考えだと納得しかけていたところだったのに。
ポツ、と頬にぬるい水滴が落ちてくる。空は薄灰色の雲に覆われていた。
「なまえー! 振ってきたから片付けて撤収するよ!」
「はい!」
ニッキーさんがテキパキと道具を片付けていく。私は収穫した小麦を台車に乗せてその上から布をかぶせた。急いで屋根のある場所に台車を移動させて雨に濡れた顔を拭う。そのとき、手のひらにぷっくりとマメができているのに気づいた。まだそんなに水は溜まってないみたいだけど、潰したらダメなんだっけ。……でもなんか潰したくなるんだよね。
「どうしたんだい?」
後ろからニッキーさんが覗きこんでくる。彼女は私の手を見て、あちゃーと肩をすくめた。
「痛そうだね」
「まだそんなには……」
「放っておくと酷くなるよ。布でも巻いときな。あと絶対に潰さないこと」
「……ですね」
しばらくは脱穀や製粉作業のほうを中心に頑張ることにしよう。今日はもう解散ということだったので、私は気休め程度に腕で雨を避けながら杠さんのところへ向かった。
てっきりいつもデパートにいるものだと思っていたが、杠さんの姿は見当たらない。他にアテもないし今日のところは諦めよう。私が来た道を戻ろうとすると、後ろから「どうしたの?」と声を掛けられる。
立っていたのは羽京さんだった。彼のことは名前だけ知っている程度で、話すのはこれが初めてだ。
「杠さんに布をわけてもらおうと思ってたんですけど、出直そうかと」
「布? どのくらい必要なの?」
「手に巻くだけなので、そんなには……」
「もしかして怪我でもした?」
「怪我というか、マメができてしまって」
「ああ、それなら」
羽京さんが取り出したのは、包帯のように細長くされた布だった。
「これで足りるかな」
「……いいんですか?」
「うん。僕が腕に巻いてるやつの余りだけど」
「ありがとうございます」
さすがにタダってわけにはいかないよなあと思ってお金を払おうとした。だけど羽京さんはギョッとした顔で首を振る。
「いやいや、お金とかいいから!」
「でも、なんていうか……」
それならお金ってどこで使えばいいんだろう。私はここで目覚めてからお金をまだ一度も使ったことがないことに気づいた。ただ生活するだけなら、なくてもなんとかなる。貯めておけばいいのだろうか。なんとなくだけど、使わなければもったいないような気もした。
羽京さんは私の言葉を待ってくれていた。でも、上手く説明できる気がしない。
「……あの、羽京さんはお金って使ってますか?」
唐突ともいえる質問に、羽京さんは首を傾げた。
「それって石化前じゃなくて今の話?」
「はい。私、まだ使ったことなくて……。だからこういうときに使うのかなって思ったんですけど」
「なるほどね。ドラゴができたのは最近だし、今は娯楽用って感じじゃないかな。まあ石油の話とか、一部例外もあるけど」
「娯楽ですか……」
「僕はたまにだけどお酒飲んでるよ」
いたずらっ子のような笑みを浮かべた羽京さんがとても大人っぽく見えた。余裕があるというのは、まさにこういう人のことをいうのだろう。
私は貰った布を手に巻いて、次はレストランへ向かった。雨の勢いはさっきよりも落ち着いていて、もうすぐ止みそうだ。
「あの、フランソワさん……」
「はい」
フランソワさんは一度作業の手を止めて、私のほうをしっかり見ながら答えてくれた。
初めて自分のお金で何かを買うというのは、案外緊張するものだ。旧世界で初めてお金を使ったときのことなんて覚えていないけど、今日のことはしばらく忘れられないような気がする。
「龍水さんに差し入れで飲み物を持っていこうと思うんですけど、おすすめとかありますか……?」
言っている途中で恥ずかしくなって、最後はぼそぼそと小さな声になってしまった。変に思われたかもしれない。……というか、自分でも変だと思っている。龍水さんと一生分話した気分になっていたのは、ついこの前の話だ。それじゃあどうしてこんなことをしているのかと聞かれると、龍水さんがタダで模型の製作を引き受けたからとしか言いようがない。
フランソワさんはいつも通りの仕事の顔でいくつか候補を出してくれた。ジンジャエール、ミックスジュース、ハーブティと種類は様々だが、作業のお供としてはどれも魅力的だ。炭酸は疲れが取れるだろうし、頭を使っているなら甘いものが欲しくなるだろうし、お茶はリラックス効果がある。フランソワさんが勧めてくれるくらいだから龍水さんが苦手なものはないのだろう。どれにするか迷っていたら、視界の片隅でフランソワさんの唇が弧を描く。
「なまえ様が飲みたいものでよろしいのではないでしょうか」
「え、でも私ではなくて龍水さんに……」
「二人分ご用意するのでしょう?」
「……えっと、」
フランソワさんはにこりと笑った。
「じゃあ、ミックスジュースがいいです」
「かしこまりました」
なんだかフランソワさんに乗せられてしまった気がしなくもない。二人分のお金を払ってレストランを出ると、ちょうど雨は止んでいた。ジュースをこぼさないように気をつけながら龍水さんの家へ向かう。
龍水さんの家の周りは静かだった。だからこそ音を立てるのにも気を使う。今日は窓から覗くことはしなかった。
「龍水さん」
机に向かっていた龍水さんがこちらを向く。
「どうした?」
なぜか怯みそうになった。彼と戦っているわけでもないのに、私は全身に力を入れてその場で踏ん張る。
「少し休憩しませんか?」
「ああ、そうだな」
ぐ、と龍水さんは背伸びをした。入ってもいいのかなと迷っていたら、龍水さんに手招きされる。
「座れ」
「はい。……あの、これフランソワさんにおすすめしてもらったんです。よかったら」
机に二人分のミックスジュースを置く。龍水さんはさっきまで設計図を描いていたようで、机の端には紙がいくつか重ねられていた。
「フランソワが? 珍しいな」
「えっ、何がですか?」
もしかしてミックスジュースは不正解だったとか。……いや、フランソワさんの見立てに間違いがあるはずがない。だけど明らかに龍水さんはミックスジュースに対して何か思うところがあるようだった。
「何をそんなに焦っている?」
「……もしかしたら苦手だったのかなと」
「そんなことはない。ちょうど甘いものが欲しいと思っていたところだ」
「それならよかったです」
グラスに口をつけた龍水さんが「美味いな」と言ってホッとする。私も飲んでみたけど本当においしかった。桃やバナナは入っていないはずだけど、ちゃんとミックスジュースの味がするしとろみもついているのだ。
「わざわざすまなかったな」
「いえ。模型の製作、大変でしょうし」
「まあな。だが妥協はせん」
「……楽しみです」
「それは模型の話か? それとも船か?」
「どっちもです」
「フゥン。いいじゃないか」
「何がですか」
「貴様は真面目過ぎる。まあそこが貴様の魅力でもあるが」
「な、何の話ですか」
「貴様がいい顔をするようになった、という話だ」
龍水さんがニヤリと笑う。意味がわからない。もともとそんな話じゃなかったはずだ。
「私はこの辺で失礼します。お邪魔しましたっ」
逃げるように席を立ち、早歩きで出口へ向かう。すると後ろから
「なまえ」
と呼び止められる。……呼び止められたら、振り向かないわけにはいかない。
「おかげで疲れが取れた。礼を言う」
「……お礼はフランソワさんに言ってください」
「もちろんシェフへの敬意は忘れていない。だがこれは貴様が買ってきたものだろう?」
「……」
気づいてたのか。というか隠していたわけでもないのだけど、わざわざ言うのも恩着せがましいかなと思って黙っていたのだ。でも、気づいてもらえたのは単純に嬉しかった。ただどういう顔をすればいいのかわからないだけだ。
「……龍水さんが模型の報酬はいらないとか言うから」
「大型機帆船を諦めるわけにはいかなかったからな」
「そうですか。では、今度こそ失礼します」
龍水さんの家を出たとき、私の心臓は馬鹿みたいに大きな音を鳴らしていた。おかしい、こんなはずじゃなかったのに……。