道楽男なんて好きにならない10

 龍水さんが宇宙へ旅立った。理由はすでに発射したロケットのトラブルである。龍水さんは無人の予定だった四号機に替えのパーツを持って乗り込んだというわけだ。
 一度は宇宙行きへの道が閉ざされたはずだったのに、結局は宇宙へ行くことになってしまった。龍水さんのことを「持っている人」だと思う人もいるだろう。私もそのうちの一人だ。だけどそれだけじゃない。龍水さんが過酷な訓練を続けていたからこそ、行くという判断が即座にできたのだ。
 龍水さんの乗った四号機が空から見えなくなった途端、堪えていた涙がこぼれ落ちてきた。

 宇宙船のトラブルが発覚して以降は慌ただしかった。一刻を争う事態で私はただ事の成り行きを見守っていた。本当は龍水さんに声を掛けたかったのに、またしても私は口を開くことができなかったのだ。
 行ってしまう。龍水さんはロケットに乗り込む寸前で後ろを振り返った。そして目が合えば再び前を向いて、もうすでに姿は見えない。さっきのは私のほうを見たと、うぬぼれてもいいのだろうか……。

***

 帰りのロケットが海に着水して、四人を迎える船や飛行機が出発する。一気に力が抜けて、私はその場に座り込んだ。待つのには慣れたはずだったのに、もう二度とこんな思いはしたくないという気持ちでいっぱいだった。やっぱり南さんが言っていたようにはできない。最後の一人なんてなれるはずがなかったのだ。

「待たせたな」
 龍水さんが私にそう言ったのは、飛行士に対するメダル授与式が終わってすぐのことだった。

「え、これ貸し切りですか……?」
 あの大きな船の甲板に二人きり。もう少し規模の小さい話かと思っていたところにこれだ。ぬるい潮風に揺られながら私たちは向き合っていた。
「まあ船の中にクルーはいるがな。あとフランソワがフルコースの用意をしている」
「贅沢……」
「覚悟しておけと言っただろう。それに世界一周した船がいいと言ったのは貴様だ」
「……ちょっと違うんですけど」
 重要なのは船ではなくて龍水さんなのに。龍水さんもそれはわかっていたようで、ニヤニヤと意地悪く笑っている。
 ……それで、なんていうかどうしたらいいんだろう。よくわからないままの関係でここまで来てしまったせいで今後のプランが何もない。フランソワさんの作ったフルコースを食べて終わり……なんてこともあり得るのかもしれない。
「……あの、龍水さんはこれからどうするんですか?」
「財閥を発足させる」
「やっぱり」
「なんだ、わかっていたのか?」
「だって龍水さんならそうするでしょう。それで世界のすべてを手に入れるんですよね」
「そうだな」
 なぜか龍水さんは私の顔をじっと見てきた。恥ずかしくなって目を逸らそうとした瞬間、龍水さんの手が私の頬に伸びてくるのが見えた。指先が触れ龍水さんの強い瞳に捕らわれる。
「……私、もう待てないかもしれません」
「どういう意味だ?」
「財閥発足まで待ってろなんて言われても、無理ですから」
「フゥン、つまり俺はもう振られずに済むということだな?」
「えっ……」
 びっくりするくらいポジティブだこと。だけどよく考えてみれば、船に乗らないという選択をしたのは私自身であった。宇宙行きの件は除くとして、龍水さんからしてみれば、私が勝手に待っていたという話になるわけだ。……なんだか腑に落ちないような。
 龍水さんはそのまま私を引き寄せてキスをしてきた。今まで堪えてきたものがこみ上げてきて、今度は私から龍水さんの首に腕を回してキスをする。唇が離れてうっすら目を開くと、満足気な笑みを浮かべる龍水さんが見えて悔しくなった。少しは動揺してくれたっていいのに。
「これから世界中を回ることになると思うが、それでもいいか?」
「……私の仕事は?」
「復興支援のサポートだ」
「まあ、フランソワさんが一緒なら頑張れるかもしれません」
「……なぜフランソワなんだ?」
「だって世界のあらゆる食材をフランソワさんがおいしく調理してくれるんですよ? 絶対に『欲しい』じゃないですか」
 龍水さんの口癖を真似して言ってみた。特に深くも考えずの行動だった。
 ところが龍水さんは、私の両肩をガッと掴んで額が触れそうなほどの距離で目を合わせてきた。
「生意気なやつだ。欲しいのはフランソワだけなのか?」
「え、いや……」
 龍水さんがどういう気持ちでそれを言ったのか、私には痛いほどわかってしまった。ずばり嫉妬だ。私がずっと他の人に対して抱いてきた感情を、今は龍水さんが感じている。何でもかんでも欲しがるくせに、いざ逆の立場になったらそんな顔をするのか。もう少し優越感に浸っていたいところだけど、その辛さがわかっているので早いとこ解決してあげよう。……というか、さっきから圧がすごくて単に私が耐えられないだけだったりもするわけだが。
「……もちろん龍水さんも欲しいですよ」
 とにかくその至近距離で見つめてくるのをやめてほしい。身をよじって距離を取ろうとしたわけだが、抵抗も虚しくさっきよりも深いキスが降ってくる。私は息をするのと立っているのに必死で、龍水さんの服をぎゅうと握り締めることくらいしかできなかった。
「真っ赤だな」
 まるで息継ぎみたいに龍水さんが言う。……おかしい。もう何度か終わりのタイミングを迎えた気がするけど、龍水さんは一向に私を解放してくれなかった。
「龍水さ……んぅっ」
「煽るな」
(煽ってない!)
 そうだ私が立っているのが悪いんだ。必死に耐えていたのが馬鹿馬鹿しくなって私はその場にへたり込んだ。続いて龍水さんも膝をつこうとしてくるわけだが、私はそのたくましい腹筋にドスッと一発をお見舞いした。
「何だ!?」
「何だ、じゃないんですよ。私はフランソワさんが作ってくれたフルコースが食べたいんです! 今すぐに!」
「……性急すぎたか。すまなかった」
「別に……嫌だったとか、そういうわけじゃないですけどっ」
「そうか」
 龍水さんはホッとしたような表情で私に手を差し出してきた。きっと食堂までエスコートしてくれるのだろう。わかっていたのに手を取った勢いのまま龍水さんに抱き着いてしまった。初めて会ったときのことを思い出したのだ。あのとき手を差し出してくれたのが龍水さんでよかったと、今は心から思っている――。