道楽男なんて好きにならない09

 宇宙行きのメンバーが千空さんとコハクと龍水さんの三人に決定したと思っていたら、パイロットが他の人に変更になったという話が舞い込んでくる。しかもそれが龍水さんからの推薦であったと。あの龍水さんの性格を考えたら信じられないけど、どうやら本当のことらしい。龍水さんについて少しはわかってきたような気がしていたはずが、そうでもなかったということだろうか。
 パイロット役から外れても龍水さんは過酷な訓練を続けていた。
 こういうとき、なんて声を掛ければいいのだろう。考えても考えても答えは出なくて、結局私は龍水さんとまともに話せずにいた。
 龍水さんは別に同情なんて求めてないと思う。それでも龍水さんの背中を見ていたら、なんだか悲しくなってしまうのだ。
 私は龍水さんが宇宙に行くことを望んではいなかったはずだった。だって宇宙に行ったら無事に帰ってこられる保証なんてない。船に乗せてほしいと今ならお願いできるかもしれない。いいことばかりのはずなのに、全然気分は晴れなかった。

「スタンリーさんって人、そんなにすごいんですか?」
 龍水さんが推薦した人がどんなものなのかと気になって、同じく宇宙飛行士に選ばれたコハクに聞いてみることにした。コハクは悩む間もなくキッパリと言い切った。
「銃の腕、船の操縦ともに申し分ない」
「パイロットなのに銃の腕が関係あるんですか?」
「千空は敵が石化装置を使ってくるだろうと言っていた。スタンリーならそれを撃ち抜くことができる。昔は軍人……? というのをやっていたそうだ」
「あ、なるほど……」
 操縦で龍水さんが負けたのかと思っていた。銃の腕なら仕方ない。相手は元軍人さんなら尚更だ。……と、龍水さんに言えたらよかったのだけど。
「なまえ、君はわかりやすいな」
「えっ! 何が!?」
 コハクは意味ありげに笑っている。わかりやすいって何……。何ってそんなの一つしか心当たりはないけど、そんなにわかりやすかった覚えはない。
「……なんて声を掛けたらいいかわからなくて。どうせフランソワさん辺りが気の利いたことは言っちゃってると思うんです。だから別に私がどうこう言わなくたって大丈夫なのはわかってるんですけど、一人で勝手に気まずくなっちゃって。そもそも龍水さんが落ち込んでいるのかもわからないし、その程度なんです」
 一気に思いの丈をまくし立ててしまった。ごめんなさいコハク。こんなこと聞かされたって困りますよね……。
 コハクはややあって口を開いた。
「そういうのは本人に直接聞いてみたらどうだ?」
 ……おかしい、コハクと視線が合わない。コハクは私の後ろの何かを見ている。
 ここでふと地面に人の影が三つあることに気づいた。龍水さんのトレードマークともいえる大きな帽子の影……。やばい、やらかした。心臓を握り締められたみたいに胸がキュッと悲鳴を上げる。
「では邪魔者は退散するとしよう」
「あ、待ってくださいコハク!」
 コハクの背中を追いかけようとしたら、後ろから腕を掴まれる。大きな手だった。
――怖い。後ろを振り返るのが怖い。
 今だって私は龍水さんに掛ける言葉を探している。失敗するのが怖い。
「龍水さん」
 振り返らないまま言った。
「何だ?」
「わ……たしのこと好きですか?」
「ああ、好きだぞ」
 何を言ってるんだ私は。龍水さんに気の利いたことを言ってあげたかったはずなのに、口から出てきたのは全く関係ないどころか自分本位すぎる言葉だった。結局は安心したかったのだ。さっきの暴走を聞かれてしまったから、変に思われてしまったんじゃないかと不安だった。なんて情けない。そんなの今は全然重要じゃないのに。
「貴様はどうなんだ?」
「……好きって前にも言ったじゃないですか」
「十年も経てば気が変わるかもしれんだろう?」
「そんな風に思われてたなんて心外です」
「その言葉、そっくりそのまま返すぞ」
「……」
 馬鹿だ。もう、大馬鹿。私、こんなんじゃなかったはずなのに。いくらなんでも、もうちょっと落ち着いてたでしょうが。十年も経ったせいで気持ちが大きくなってしまったというか、距離感がわからなくなっているのかもしれない。
「……訓練お疲れさまです」
「ああ」
 とりあえず話を逸らすことにした。完全に振り向くタイミングを失ってしまっている。こっちを向けとか言ってくれればいいのに。
 しかし話を逸らそうとしたとはいえ、次に選んだ話題も考えてみれば最悪だった。もとは龍水さんにどう声を掛けたらいいものかと悩んでいたのだ。見事に最初の出発点に戻ってきたというか、何と言うか。つまるところ私に続きの言葉の準備はない。このまま退散できたりはしないだろうか。
 悩んでいたら、ふいに腕を引かれる。背中に触れるぬくもりと、身体に回された腕……。
「な、な……なんですか!?」
 龍水さんは私の身体をくるっと半回転させた。ようやく向き合えたなどと言っている場合ではない。抱きしめられているのだ!
「別に言葉なんかなくたっていいだろう」
「欲しがりのくせに?」
 龍水さんが困ったように笑う。こんな龍水さん知らない。なにその聞き分けのない子供を相手にしているような顔。私が必死で積み上げてきたものがガラガラと崩れ落ちていく。ずっと誤解しないように頑張ってきたのに、なんだかもうダメみたいだ。
「……龍水さんは誰にでもこういうことするんですか?」
 私の中で答えは出ていたはずなのに、聞かずにはいられなかった。龍水さんがそんな人ではないことは身を持って実感している。
 初めて会ったとき、私は裸で龍水さんに抱き着いたけど彼は紳士的に接してくれた。
 龍水さんはお金で人を動かすけれど、支配するようなことはしないし無理強いもしない。相手の意思はちゃんと尊重してくれる。
 龍水さんは誰にでも好きと言うけど、抱きしめられたのは今日が初めてだし、他にしているところを見たこともない。そういう噂を聞いたこともない。もしかしたら上手いことやっているだけなのかもしれないけど、それなら白昼堂々と私を抱きしめるはずがないのだ。
 わかっているのに安心したくて聞いた。言い訳するなら龍水さんが誰にでも好きと言うせいで不安になってしまうからだ。
「貴様だけだ」
「……なんで私?」
 私もずいぶん欲しがりになってしまった。まだ全然足りない。不安で不安で仕方ない。こういうのはやればやるほど逆効果な気もするけど、止められなかった。
「前に好きの種類が変化すると話をしたな?」
「……はい」
「あの日、貴様のことをかわいいと思った」
 かわいいは初めて言われた気がする。思っていた以上に嬉しい。だけど私はこんなときさえ「美女じゃなくて?」と、素直になれなかった。
「どちらも両立するだろう」
「……そうですか」
 しかし「あの日」は何があっただろう。龍水さんと二人で話していたような気はするけど、詳しいことは思い出せない。
「最初はなぜそう思ったのか自分でもわからなかったが、すぐに気づいた。貴様が意地を張るからだ」
「え」
「すぐに本音を隠そうとする。俺からしたら理解できん話だがな。どうにかして本音を引き出したいとも思った」
「ちょっと待ってください」
「何だ?」
「……いえ、何かあるというわけじゃないんですけど」
「なら続けるぞ」
 私は二度目の「待って」を言ったが龍水さんはお構いなしに話を続けた。
 私が龍水さんを好きだと言ったときに、実は結構動揺していたこと。船に乗りたいと言わないからムキになっていたこと。そこには私の知らない龍水さんがたくさんいた。なんで龍水さんってこんなにわかりにくいんだろう。初めからそう言ってくれていたら私もこんなに不安にならずに済んだかもしれないのに。
「……あの、一旦離れませんか」
 さすがに人目が気になってきた。すでに誰かに見られたかもしれない。私がやんわりと龍水さんの胸を押すと、ぴたりと密着していた身体が離れる。だけど返って顔がよく見えるようになってしまって、これはこれで恥ずかしい。
「……フランソワさんのところに行きましょう! 訓練を頑張っている龍水さんに何かご馳走したいです!」
「俺はバックアップとして鍛えているだけだ。それが飛行士の責務だからな。貴様が金を払う必要はない」
「払いたいんです」
「だが」
「私からのねぎらいがいらないって言うんですか? 欲しがりなのに?」
「……貴様もなかなか言うようになったな。それを言えば俺が折れると思っているんだろう?」
 そう、なんか楽しくなってしまったのだ。私には気の利いたことの一つも言えないけど、龍水さんが私と過ごしてくれるならそれでいい気がしてきた。それもこれも龍水さんがたくさん言葉をくれたからだ。安心しきった私はちょっと調子に乗っていた。
 しかし相手は龍水さんである。このまま私の優勢で終わるはずもなかった。
「貴様がその気なら俺にも考えがある。覚悟しておけよ」
「えっ……何を覚悟したらいいんですか」
 龍水さんは意味深に笑うだけで答えをくれなかった。フランソワさんのところに着いた後もずっとこの調子だったから、私は内心ずっとドキドキしていた。無事にお金を払うことはできたけど、後が怖い。だけど本音を言えば少し期待もあった。