06.ツキの裏
なんだかとんでもないことを言ってしまった気がする。
ダグが冗談めいたことを言ったのはサラの気を紛らわせようとしただけなのかもしれない。けれどそれが二人の相性がよくないという意味に聞こえて、とっさに「困る」なんて言ってしまったのだ。こんな状態で車に二人きりなんて、どうすればいいのだろう。
そんな不安と少しの期待を裏切るかのように、車のドアが閉まるなり事務的な聞き取りが始まった。あの男について知っていること、今日の仕事がどのような内容だったか、他にはどこか痛むところがないかなど。手帳にメモを取るダグを見ていると、少し冷静になってきたような気がした。さっきのことはもう忘れてくれているだろうと安心して。
「まあこんなところか。ご協力感謝します」
「そんな、むしろ助けてもらって申し訳ないというか」
「いや、今回は俺たちが目を付けられてたのが原因だ。顔見ただけで刑事ってわかるぐらいだから“当たり”だったんだろう」
ダグは手帳をしまって車のキーを回した。家まで送ると言われて申し訳ない気持ちはあったが、正直なところ有り難い。今の状態で家まで歩くなんて、日が暮れてしまいそうだ。
「今日はどこか寄る?」
「え?」
「スーパーとか」
「い、いえ! 今日は大丈夫です!」
親切で言ってくれているのか、からかわれているのか。生活力のない人間だと認識されているということだけは間違いなさそうだった。
ダグは道順も聞かずに運転している。風邪を引いて送ってもらったときのこと、幻でも見ていたんじゃないかと疑っていたが現実だったらしい。あっという間に家に着いて、サラはシートベルトを外す。
「困るってどういう意味?」
「へっ」
もう少しで無事に車を降りることができそうだったのに。ダグはいつものからかうような表情ではなく、ただ静かにサラのことを見つめていた。恥ずかしいのに、なぜか目が逸らせない。
「……言わないとだめですか?」
「だめじゃないけど。……まあ、そうだな」
ダグは一度正面を向いて腕を組んだ。そして首だけ助手席のほうへ向けて言う。
「週末、デートに誘ってもいい?」
「え……」
「もしかして“困る”?」
サラは勢いよく首を振った。手を口元に当てて、指先が震えていることに気付く。
「嬉しいです……」
絞り出した声は震えていて、けれど静かな車内にはよく響いた。
ダグは頭をシートの背もたれに押し付けるようにしていて、それ以上動く様子がない。このまま車を降りるのも気が引け、少しだけ体を乗り出して様子を伺ってみる――つもりだったが、バランスを崩してダグの上にのしかかってしまった。とっさに出たのは「ひっ」という色気のない声。慌てて起き上がろうとしたが、背中に腕を回されて動きどころか息まで止めてしまった。
「あ、あの、すみませ……」
「本当は週末と言わずこのまま出発したいところなんだけど」
背中に回されていた腕が上り、髪をするりと撫でて離れていった。
「今、勤務中なんだよな……」
「……ごめんなさい! すぐ降ります!」
サラは勢いよく起き上がってバッグを手に取った。ダグはその様子を口元に笑みを浮かべながら眺めている。
「そんなに慌てると危ない……まあ、さっきはそのおかげで、だったけど」
「うぅ、それは本当にすみません……。でも、なんて言うか」
頭に鮮明に残っているダグに体を寄せたときの感触。髪に触れられたのが気持ちよかったなんて恥ずかしくて言えない。
「ちょっと得しちゃったかな、なんて。……ごめんなさい!」
言い逃げするつもりでドアを開けたが、ダグが「俺も」と言うので振り向いてしまう。
「ちょっと勿体ない気もするけど、楽しみは週末にとっておくよ」
「はい……。じゃあ、また……」
車のドアを閉めてダグを見送る。一人になって家に入ると、当たり前に見慣れた景色が広がっていた。さっきのことが幻だったんじゃないかと疑ってしまいそうになるが、頬に残った熱がそれを否定する。
「デート……」
ベッドに寝転がって、その甘い響きを口にする。「バーで鍵を落としてよかった」なんて言ったら、ダグは呆れてしまうだろうか――。