明日は帝都での決戦。エフラムは兵士たちに体をしっかり休めておくよう伝えた。そして、自身もそうしようとしたのだが、どうも気持ちが昂っていて寝付けない。布団から出たエフラムは上着を羽織って散歩に出ることにした。
 冷たい風が吹いている。心を鎮めるにはちょうどいいのかもしれないが、あまり長居をして明日の戦いに響くことだけは避けねばならない。街を一周したら宿に戻る予定だった。
 街の端の空き地に人影が見える。誰か他にも寝付けないものがいたのか、街に住む人なのか。エフラムは静かに近づいて行った。
「レネ……? 何をしているんだ?」
人影はレネだった。しかし不可解なことがある。何故か彼女は馬に跨っているのだ。
「あ……エフラム王子、騒がしくしてごめんなさい」
「いや、それはいいんだが……なぜ馬に?」
エフラムが疑問を投げかけると、レネは魔道書を見せてきた。
「今日、フォルデの馬に乗せてもらったまま戦ったの。すごく戦いやすくて……この子と一緒に戦場に出られないかと思ったんだけど、一人だと難しいわね」
「しかし、急には無理だろう。それに明日は大事な戦いだ。もう休んだほうがいい」
「……そうよね」
レネは額を愛馬にぴたりとくっつけた。そして地面に降り、ゆるく手綱を引いた。少し、顔に曇りが差しているように見える。
「……俺も同じことを考えていた」
「同じこと?」
「ああ。俺も馬に乗って戦ったほうがいいんじゃないかと思っていたんだ。今のままだと、どうしても騎馬兵に後れをとることがあるからな」
ゼトやフォルデ、カイルはみな騎乗したまま戦う。機動に優れた部下たちに助けられる場面も多くあった。同時に、自分にもその機動力があればと思うことが何度もあったのだ。
「ただ、いきなり戦場で慣れないことをするわけにもいかない。落ち着いたら訓練しようと思っていたんだ」
良ければ一緒に訓練を――と言いかけたが、エフラムは寸前のところで押しとどまった。彼女がいつまでもここにいるとは限らないからだ。帝国との決着がつけば彼女は国に帰るかもしれない。帰らないと言っても、帰さなければならない。そう考えて、言わなかったのだ。しかし、彼女は違った。
「だったら、一緒に特訓しましょう」
レネが今後のことをどう考えているのかわからない。エフラムは聞かなかった。余計なことを考えると、明日の戦いに響きそうだった。
「ああ、そうだな。そのときはよろしく頼む」
「ええ。じゃあ……おやすみなさい」
去りゆくレネをエフラムは呼び止めた。彼女は振り返って、首を傾げる。
「どうしたの?」
「……俺も一緒に行こう」
 レネと肩を並べて歩く。少しペースが遅かったのは、彼女が戦いで足を痛めていたからか、別の理由か。
 まるでエフラムを威嚇するかのように、レネの愛馬が鼻を鳴らす。
 馬をつなぎ、宿に戻る途中、ふとレネが足を止めた。
「どうした? 足が痛むのか?」
「いいえ。……ねえ、明日……勝てるかしら?」
エフラムはレネがただの向上心で訓練をしていたわけではないと察した。彼女は不安だったのだ。暗闇で気付かなかったが、彼女の手は確かに震えている。
「必ず勝つさ。俺を信じろ」
「……そうよね。エフラムは負けないわ」
レネは綺麗な笑顔を作って、部屋に入って行った。ぱたん、とドアが閉まる。エフラムは静かに息を吐きだした。
 レネは何度もエフラムを勇気づけた。彼女の誇りがエフラムを強くさせた。その一方で、レネに弱さを暴かれてしまいそうになる。
「全く、情けない……」
こういうときは体を動かすに限る。普段なら迷いなく槍を握っていた。だが、彼女にああ言ってしまった以上、軍の指揮官である以上、休まなければならない。上着を乱暴に掛け、ベッドの中で無理やり目を閉じる。レネの顔が思い浮かんだが、すぐにそんな幻想は掻き消した。