船はタイゼル港に到着した。敵兵の姿が見当たらなかったことから、上陸の準備を進める。しかし、そう簡単には行かなかった。街にはグラドの伏兵がいたのだ。
迎撃の指示を出すエフラムを、ミルラがじっと見つめている。
「ミルラ、どうしたの? 危ないから隠れていた方がいいわ」
「レネ……あの……すみません、なんでもないです」
ミルラは俯きがちなまま、船内へ戻って行った。気にならなかったわけではないが、今は戦いが優先。そう判断したことを、レネは後悔することになる。
戦いを終え、街で一夜を明かした後のことだ。ミルラは姿を消していた。
「ごめんなさい。わたし、あの子のをちゃんと見ていてあげられなかった……」
「いや、きみのせいじゃない。それを言うなら俺だってそうだ」
ミルラらしき少女が東へ歩いて行く姿が目撃されている。エフラムは東に向かうと言った。ゼトは渋い顔をしているが、エフラムは折れなかった。
「帝都は東だ。決して情で動いているわけではない」
「エフラム様……」
「ゼト、お前の言いたいことはわかる。……俺は人である以上に指揮官でなければならない。何かを切り捨てなければならないこともあるだろう。だが、簡単に諦めたくないんだ。ぎりぎりまで国と人、全てを救う道を探し続ける。それが俺の目指す王の姿だ。そのためにも、お前の力を貸してほしい」
「……承知しました。エフラム様がそう決断されたのであれば、私はそのために全力を尽くしましょう」
ミルラを追ってエフラムたちはザールブル湿原へ足を踏み入れた。付近の住民の話によると、ミルラは帝国将軍の一人であるセライナと一緒にいるらしい。正に戦いが始まる――そのときだった。
「エフラム、レネ……ごめんなさい」
ミルラはエフラムの膝に飛びついた。
「ミルラ、無事だったか!」
「ミルラ……ごめんね。わたし、自分のことでいっぱいで……あなたのこと……」
「違います……わたし、みんなに迷惑を掛けたくなくて……それなのに、心配させてしまってごめんなさい……」
「いいんだ。俺こそお前を気にかけてやれず、すまなかった」
エフラムはミルラに下がるよう言った。ミルラは無事だったが、戦闘は避けられそうにないのだ。
「あの……セライナさんはいい人です。わたしの話を聞いてくれて、助けてくれました。だから……」
「わかった。できる限り説得してみる」
稲妻が軍の行く手を阻む。セライナの魔術によるものだ。そうして態勢を崩されたところに、グラド兵が斬りかかってくる。状況は悪くなる一方だった。
「俺が行く。ゼト、すまないが敵を引き付けてくれ」
「……しかしそれではエフラム様が」
「だが、このままでは軍が壊滅する。大丈夫だ、無謀なことはしない」
エフラムは敵の攻撃を避けつつ、セライナのもとを目指した。邪魔が入らないように、レネは魔道で兵士たちを錯乱させる。そこをフォルデとカイルが叩き、前線は徐々に押し上げられていった。
レネはエフラムの周りの敵に気を取られ過ぎていた。自分の身の安全が疎かになっていたのだ。
「レネ様! 後ろ!」
フォルデの声でようやく、背後に敵が迫っていたことに気付く。咄嗟に身を捻らせ、地に倒れ込みながら攻撃をする。レネの魔法はグラド兵を掠めたが、とどめは刺せなかった。相手は怯んだが、すぐにレネに武器を向け襲ってくる。しかし、駆け付けたフォルデの剣に息絶えた。
「大丈夫ですか?」
「ありがとう。へい、き……っ!」
立ち上がろうとすると、足首に痛みが走った。倒れたときに怪我してしまったのだろう。
フォルデは馬から降り、レネに手を差し出した。
「フォルデ……気持ちは嬉しいけど、そんなことしたらあなたまで危険な目に遭ってしまうわ」
レネはフォルデが肩を貸すなり、背負うなりしようとしているのだと考えていた。そして、それでは二人とも命を落としかねないため断ろうとしたのだ。だが、フォルデは気安く笑って首を振った。
「さ、乗ってください。……乗り心地は保証できませんけどね」
「えっ……えーっ!?」
いわゆる二人乗りだ。フォルデが馬を操り、レネが攻撃をする。初めは無茶だと思ったが、案外上手く行くものだ。詠唱だけに集中できることの有り難さを実感した。
「このままエフラム様に追いつきましょう」
フォルデが馬の腹に合図を出すと、スピードが上がる。瞬く間に最前線に到着した。エフラムとセライナが対峙している。
セライナを説得することはできなかった。彼女は皇帝の状態を知っていたが、帝国の将として戦うことを選んだのである。レネには、セライナが何かを諦めているように見えた。
セライナは息を引き取る寸前、エフラムに石のようなものを託した。エフラムはそれを握りしめ、項垂れた。
「セライナさん……」
「すまない、ミルラ」
エフラムはセライナから預かったものをミルラに渡した。ミルラの失くした竜石を、セライナが持っていたのである。
「竜石を取り戻したのに……悲しいです。セライナさんは“陛下”の話をするとき、とても幸せそうでした。なぜ死ななければいけなかったんですか?」
エフラムはもう一度「すまない」と言った。彼がセライナを説得しようとしていたのはレネも見ていた。どうすることも出来なかったのである。
「ごめんなさい。エフラムを責めているわけじゃないんです」
「ああ、わかってるさ」
「わたしは禍々しい気配さえ消せばいいんだと思っていました。どうしたら……もう、いい人が死なずにすみますか?」
「今はわからない。だが、必ず帝都ですべてを明らかにする」
エフラムに立ち止まることは許されない。彼は歩みを進めた。帝都はもう、すぐそこである。