再開を喜ぶ兄妹の姿は美しいものだった。エフラムは口にこそ出さなかったが、エイリークの消息が途絶えてからずっと気がかりだったに違いない。エイリークが無事で本当に良かったと思う一方で、しばらく会っていない兄のことをレネは思い出し胸を痛めた。
再開を果たしたのはエフラムたちだけではなかった。ミルラの探し人、サレフがエイリークと行動を共にしていたのだ。彼はミルラのことを「ミルラ様」と呼ぶ。彼らの住む里では、ミルラは“竜人様”として崇められているらしい。
「よかったわね、ミルラ」
「はい……ありがとうございます」
レネがミルラの頭を撫でると、ミルラはくすぐったそうに微笑んだ。
エイリークと合流した軍はルネスを目指すことになった。リオンの持つ魔石に対抗するには聖石が必要。そして、残された聖石はロストンとルネスにあるのだ。
王都は戦争の後が生々しく残り、荒れ果てていた。玉座を守っていたのはかつてルネス騎士だったというオルソン。彼はルネスを裏切り、グラドについた。しかし彼はどこか虚ろな目をしていて、部下たちに指示を与えようともしない。そんな彼を相手に城を取り戻すことは容易だった。これは後で分かったことだが、彼の亡くなった妻はグラド皇帝と同じ状態になっていたらしい。オルソンは妻と二人、幸せに過ごしていたのだ。
「やっと戻って来たのか……」
「はい。荒らされた城は直せます。奪われた財宝など無くても構いません。ですが民の心は……」
「ああ、すべてが遅すぎた。俺はルネスの王となり、国を立て直さなければならない。だが、国を捨てた王子を民たちは容易く迎えてくれないだろう」
どこからか歓声が聞こえる。ゼトに促され、エフラムとエイリークは外を見た。
「エフラム様ー! エイリーク様ー!」
「王がお戻りになられた! ルネス万歳!」
エフラムの予想とは反対に、ルネス国民はエフラムたちを歓迎した。「これはオルソンの悪政による反動であり、エフラムを評価したものではない」ゼトが忠告する。エフラムもそれは理解していたようで、改めて国を立て直すことを誓った。
ルネスの聖石はエフラムたち兄妹の腕輪によって封印されていた。よってグラドの手に渡ることはなかったのだ。
次はロストンの聖石。しかしすぐに出発することも出来なかった。ルネスを守る兵を配置しなければならない。これがエフラムの王として初めての仕事だった。
「エフラム王子……あっ」
「ん、どうしたんだ? レネ」
「もう王子じゃないのよね……と思って」
ああ、とエフラムは納得したように頷いた。
「これからはエフラムと呼んでくれ」
「え……でも……」
「そう呼んでほしいんだ」
「それじゃあ……エフラム」と遠慮がちに発したレネに、エフラムは微笑んだ。
「今まで本当にありがとう。きみには何度も助けられた」
エフラムにそう言われて嬉しくないわけがなかった。だが、これではまるで――
「……急にどうしたの。なんだかお別れみたい」
「そうだ。きみにはカドニアへ帰ってほしい」
どうして、と言いたいのに言葉が出てこなかった。胸がぎゅうぎゅうと締め付けられて、何か言うと涙が零れてしまいそうだ。
エフラムが伸ばしかけた手は、レネに届かずして空を切った。
慌ただしい足音が近づいてくる。
「失礼します!」
「……どうした」
「カドニアから使者が来ているとのことです!」
兵士はそれだけ伝えると、頭を下げて去った。
「わたし……行ってくるわ」
「ああ……」
なんてタイミングなのだろう。エフラムに国へ帰れと言われた途端、カドニアから使者が来た。きっと父に言われ自分を迎えに来たに違いない。そう思った。
カドニアの使者はレネも良く知る騎士だった。名前を呼ぶと、彼は頭を下げた。
「レネ様、お久しぶりです」
「……わざわざ来てくれてありがとう。でも……見逃してほしいの」
「レネ様……?」
「わたし、もう少しルネスの力になりたい……。あなたがこのまま一人で帰ったら、あなたにとって良くないのでしょうけど……ごめんなさい」
「レネ様、どうしてそこまで?」
「エフラムのことが好きなの。エフラムの力になりたい……だから、お願い」
「レネ様、私は王にレネ様を手助けするよう言われ来たのです。あなたを連れて帰ることはしません。共に戦います。ですが……申し訳ありません」
ここで初めて騎士の視線がレネの後ろに向けられていることに気付く。体が凍り付くようだった。恐る恐る振り返ると、やはりそこにはエフラムがいた。彼は目を丸くして驚いているようだったが、それ以上の表情は読み取れない。エフラムと顔を合わせるのが怖かった。
「あ……あの……ごめんなさい!」
「お、おい!」
レネは逃げた。必死に堪えていた涙は大粒となって頬を横切る。知られたくなかった。こんな不純な気持ちを抱いて軍に参加していたこと。婚約を破棄したのにエフラムを思っていたこと。一国の王女として、恥ずべきことだと軽蔑されたかもしれない。これからどうすればいいかもわからないのに、レネはただ、走った。
「レネ、待ってくれ!」
エフラムが本気を出せば、レネに追いつけないことなどあるはずもない。レネはあっさりとエフラムに捕らえられた。
乱暴に涙を拭おうとする手を、エフラムが阻む。
「……擦るとよくないぞ」
「……っうぅ……」
「大丈夫だ。泣かなくていい。逃げる必要もない」
エフラムの手が、優しくレネの頬を包む。
「すべて終わったら……今度は俺からきみの父上に頼もう。……改めて、きみを妻にしたいと」
「……え」
「国がこの状態だ。きみには苦労を掛けるだろう。嫌なら断ってくれて構わない」
「そ、そんなことするわけないじゃない! 望むとこ―――」
言い終わる前に、エフラムの腕がレネを包んだ。ただでさえ興奮状態であるレネにとって、その効果は計り知れない。
「すまない。きみに国へ帰ってほしいと言ったのは、きみを失うのが怖いからだ。傷の一つだって負ってほしくない」
「エフラム……それは、わたしだって同じよ。あなたは強いけど、それでも戦ってほしくないわ」
レネは控えめにエフラムの背に手を回した。エフラムが息を呑むのが伝わる。顔はエフラムの胸にぴたりとくっつけているため、互いの表情はわからない。けれど、きっと自分と同じような顔をしているのだろうと思う。
「ねえ、わたしも最後まで連れて行って」
「……わかった」
二人の体は離れ、じっと目を見つめる。照れた様子など見せたことがないエフラムの顔に、わずかだが朱が差している。それがどうしようもなく嬉しかった。
「だが、約束してくれ。絶対に無理はしないと」
「……わかったわ。何だか、前にも同じようなことを言われたわね」
ふふ、と笑う唇は音も無くエフラムに塞がれた。