「レネ、これを」
エフラムに渡されたものを見てレネは数秒間、固まった。
「導きの指輪だ。経験を積んだ魔道士が使うと、更なる力が得られるそうだ」
エフラムの説明は見当違いだ。魔道士であるレネが、その用途を知らないはずもない。
「そ、それは分かるんだけど……どうして……」
「どうしてって、使った方が戦いが有利に進められるだろう?」
「でも、これってすごく貴重なものよ?」
レネが気にしているのは、他国の人間にそんな高価なものを使わせて、エフラムが反感を買ったりしないかということだった。エフラムは王になったばかりであり、まだ信頼も薄い。もし、ルネスに魔道士がいるのなら、そちらを優先させた方がいいはずだ。しかしエフラムは「今更だ」と言う。
「既にルーテやアスレイたちも使った。それに前にも言っただろう。ルネスには魔道士が少ないんだ」
「そう……。じゃあ、頂くわ。ありがとう」
「まあ、それと少し下心があってな……」
指輪をはめようとしていた手が止まる。したごころ、と心の中で呟き、レネは顔を赤くする。まさか、エフラムがそんなことを言うなんて思いもしなかった。
「な、なに……」
やけにぎくしゃくしたレネの様子を見て、エフラムは慌てて首を振る。
「……すまん、言い方が悪かった。怪我をしたから、回復の杖を使ってほしかったんだ」
「え、大丈夫なの?」
少し気まずい。レネは勝手にあらぬことを想像して真っ赤になっていたのだが、エフラムから出てきたのは予想外の言葉。これではまるで何か期待していたかのようだ。ただ、それよりも彼の怪我の具合が気になったのも本当だ。
「ああ、大したことはない。訓練中にできたものだ」
「訓練中に? 珍しいわね」
「少し油断したな。だが、次からは騎乗して出撃できそうだ」
「……何だか先を越された気分だわ。わたしだって練習してたのに」
「槍と魔法じゃ勝手も違うだろう。それに、きみだって上達しているなじゃいか」
「そうだけど……。あ、ごめんなさい! 早く傷を治さないといけないのに!」
レネは迷いなく指輪をはめた。
「あ……」
指先からぴりぴりと熱が伝わる。やがてそれは全身を駆け巡り、湧き上がる力となった。
「大丈夫か?」
「え、ええ……。ちょっとびっくりしただけ」
レネはエフラムに渡されたライブの杖を握り、集中した。――少しだけ怖かった。前に祈りを捧げたとき、杖は反応しなかったからだ。指輪を使ったからといって、適性の無いものには扱うことができない。レネは目を閉じて祈った。どうかエフラムの傷を治してください、と。
杖から温かい光が溢れる。光はエフラムを包み、傷口はあっという間に小さくなった。
「良かった……」
力が抜けて、膝が地べたに吸い寄せられる。エフラムは慌ててレネに駆け寄った。
そしてレネの目に飛び込んできたのが、エフラムの小さくなった傷口もとい、素肌だ。エフラムは脇腹の傷をレネに見せるため、洋服の前を開いていた。その状態でレネを抱きかかえたものだから、彼女の指はエフラムの鍛え上げられた体に直に触れてしまったのだ。
「あ……あの、エフラム……」
「ん?」
体に回された腕の力が強くなる。
「離して。……恥ずかしいわ」
レネが震える声でそう告げると、エフラムはあっさりとレネを開放した。彼は服を正しながら「すまない」と言う。
「じゃ、じゃあ……部屋に戻るわね!」
レネはライブの杖を両手に抱え割り当てられた部屋を目指し走った。途中でフォルデとすれ違ったが、立ち止まる余裕もなかった。
部屋に入りドアを閉め、ずるずるとその場に座り込む。考えないようにしても、どうしてもエフラムのことばかりが頭に浮かぶのだ。
「ダメだわ。わたし……こんなことじゃ……」
レネは大きく頭を振って気持ちを切り替えようとしたが、ふと目に入る風の魔道書も、手に持つ杖だってエフラムを連想させる。
両手で頬を包むとひんやりして、手に熱が移るようだった。果たしてどれぐらい顔が赤くなっていたのだろうか。もしかしたらフォルデも不審に思ったかもしれない。大きなため息が生まれては、消えてゆく。