ロストンへ向かう途中、ルネスの聖石はリオンによって破壊された。そして、そのときからエフラムの様子がまたおかしくなった。エフラムとリオン、二人の間に何かあったのだろう。レネの中には今度こそ、という思いがあった。
 軍はロストンに到着し、一晩体を休めることになった。レネはエフラムが部屋に入ろうとするタイミングを見計らって声を掛ける。
「エフラム……ねえ、どうしたの?」
「レネ……。別に俺はいつも通りだが」
「すごく落ち込んでいるように見えるわ。リオン皇子と何かあったんじゃないの?」
エフラムは無言で目を逸らす。これでは何かあったと言っているようなものだが、彼は口を開こうとしない。
「わたしでよければ話してくれないかしら」
「……すまない。誰にも話すつもりはない」
ズキンと痛みが走る。心臓を一突きされたような感触だ。エフラムは痛みを一人で背負い、戦おうとしている。それを共有することは許されないのだ。
「じゃ、じゃあ……何かわたしに、出来ること……はない、かしら」
呼吸が乱れる。エフラムを励ましに来たはずだったのに、情けない。どうにか涙だけは流すまいと堪えるが、既に泣いているのと変わりないぐらいレネは肩を上下させていた。
「レネ……俺は、きみが居てくれるだけでいいんだ。いつだってきみ助けられている。だから、そんな顔をしないでくれ」
レネの目尻をエフラムの親指が掠める。レネは恥ずかしくなって顔を背けた。
「これじゃあ、わたしが慰められているみたいじゃない」
「そうだな。レネは案外、泣き虫だ」
「なっ……!」
レネは反論しようとしたが、エフラムが笑っているのを見て止めた。少しでも彼の気が紛れたのなら、それでいいと思ったのだ。
「まあ、俺のために泣いてくれるところも可愛らしくて好きだ」
「ちょ、ちょっと! 何を言い出すのよ!」
「そうやって、すぐ赤くなってムキになるところも。全部俺がそうさせているのかと思うと……っておい、大丈夫か?」
レネは壁にもたれ、何とか立っている状態だ。エフラムがとんでもないことを言いだすから、力が抜けてしまったのである。そして同時に、彼の言葉を嬉しいと思うところもあり、どうしていいかわからなくなってしまった。
「すまん。少し言い過ぎた。……もう寝たほうがいいな。きみも早く部屋に戻るんだ」
「そ、そうね……。おやすみなさい」
よろよろと歩くレネの背に向けてエフラムは言った。
「ありがとう。きみのおかげで元気が出た。もう俺は大丈夫だ」
レネが振り返ると、晴れやかな表情でエフラムが手を振っていた。彼の言葉が本心かどうかはわからなかったが、レネはそれだけで救われた気持ちになった。


 ロストンの聖石を手に、リオンを倒し、リオンの体を巣食っていた魔王を消滅させたエフラム。彼は祖国の復興に、汗を流していた。彼の支えになっていたのはカドニア王女との約束。国のことが落ち着いたら正式に結婚の申し出をする。そう心の中で何度も繰り返し、辛い日々を乗り越えていた。
 その日もエフラムは仕事に追われていた。何故こんな書類に目を通さねばならないのか、と愚痴を言いたくなるのも堪えて、積み上げられた紙を捌いていく。それが終わると、力仕事だ。部下たちはエフラムがそういったことに手を貸すのを止めようとしたが、人手不足だからと無理やり言いくるめて携わっている。瓦礫の運搬、周囲に出た山賊の盗伐など、エフラムは仕事を選ばなかった。それが出来たのはエイリークのお陰かもしれない。彼女もまた、ルネスのため力を尽くしていた。しかし、国が元通りになるにはまだ時間がかかる。
 一仕事を終えたエフラムは、木陰に腰を下ろし休んでいた。ざっざっと何者かの足音が近づいてくる。顔を上げ、その正体を確認したエフラムは目を細める。
「エフラム! 助けに来たわ!」
カドニアの紋章の入った鎧を身にまとう兵士を大勢引き連れルネスにやってきた異国の王女。エフラムが会いたくて仕方のなかった人物。彼女の手にはライブの杖と、風の魔道書が握られていた。