レンバール城を目指すエフラム一行は、野で一夜を明かすことになった。夜の冷たい風が頬をくすぐる。レネは人知れず両手を擦り合わせた。
 食べるものすら持ち合わせていない一同だが、近くに川が流れていたことが唯一の救いである。カイルは水汲みへ、そしてエフラムは周囲の偵察へ出向いた。もちろんエフラムは部下二人に止められたが、彼らの反対を押し切って行ってしまったのである。
 レネは腰を下ろして、辺りを見渡した。戦争中とは思えないほど静かである。フォルデは武器を置いて伸びをした。
「疲れてませんか?」
「へ、平気よ」
「あんまり無理しないほうがいいですよ。俺たちは慣れてるからいいですけど……あ、カイルが戻ってきみたいですね」
カイルは水瓶を二人に渡し、距離を置いてフォルデと向き合うように座った。
「ありがとう」
「……いえ」
レネは水を一口飲んで、深呼吸をした。
「あっ、あまり飲みすぎないほうがいいですよ。喉が渇いてるかもしれませんけど、川の水なんで……」
フォルデの言葉が妙に歯切れ悪くなる。――彼の視線の先には、眉を寄せたカイルが。
「フォルデ、少し馴れ馴れしいぞ」
「あー……、すみません」
謝罪を述べたフォルデだったが、レネが気にしないと伝えると調子良く口を開く。そしてカイルの眉間の皴は更に深くなるのだった。

 それからしばらく三人で他愛のない会話をしていた。しかし、エフラムが戻ってくる気配はない。心配する三人のもとに、サクサクと枯れ葉を踏むような音が近づいてくる。
「エフラム様……いや、二人居るみたいだ」
レネが魔道書に手を伸ばす間に、他の二人は素早く武器を手に構えていた。しかしその警戒はすぐに解かれることになる。現れたのはエフラムと幼い少女だったのだ。
 少女はエフラムのマントをぎゅっと掴み、控えめに顔を覗かせている。
「エフラム様、その少女は……?」
「ミルラだ。妙な男たちに連れていかれそうになっていたのを偶然目にしてな」
「このような時間に……? 失礼ながら、少し不自然ではないですか?」
まあ聞け、とエフラムはミルラの背中を押す。戸惑いを顔に浮かべながら前に出るミルラ。そして、信じられないものがレネの目に入る。ミルラの背から大きな翼が生えていたのだ。
「この翼、もしかして――」
“マムクート”という言葉にエフラムは頷いた。

 いにしえの伝説の中に竜人というものが存在する。大陸の人間は彼らをマムクート族と呼んだ。マムクート族は竜石とよばれるものに竜の力を封じ、普段は人のような姿をしている。実際に彼らを目にしたものは居ないと言われていたが――
「この翼を見た以上、信じるしかないだろう。ミルラはグラドの方角から禍々しい気配を感じて闇の樹海を出てきたそうだ」
「でも、一緒だったサレフとはぐれて、悪い人に竜石を奪われてしまったところをエフラムが助けてくれたんです」
エフラムはミルラを連れて行くつもりのようだ。禍々しい気配というものが何なのか、いまいちハッキリしない。だが、今回の戦争と無関係ではないと見て決めたということである。エフラムの決定に異を唱えるものはいなかった。

 寝支度をするレネに、ミルラは顔を俯かせて近づいていった。
「あの……一緒に寝てもいいですか?」
「いいわよ。エフラムはだめって?」
ミルラは控えめに頷く。レネが両手を差し出すと、小さな手が遠慮がちに重ねられた。
「レネの手、冷たいです。寒いですか?」
「え、ええ。少し……でも、大丈夫よ」
レネはミルラに笑みを見せて、横になろうとした。ミルラには平気だと言ったが、地べたに触れる面積が大きくなるにつれ体温が奪われてゆく。肩に力を入れたのは無意識だった。
「何だ、寒いのか?」
エフラムが二人に近づく。彼は慣れた手つきでマントを外し、レネに差し出した。
「平気よ、このくらい」
「そう言うな、朝はもっと冷えるぞ。まあ、汚れが気になるかもしれんが……」
「そ、そんなこと言ってないわ!」
一人だけ特別扱いというのが嫌だった。しかし、これでは汚いのが嫌だと我儘を言っているようなものである。レネは渋々マントを受け取り、体の上に掛けた。寝具のような柔らかさはないが、つるりとした肌触りは上質な素材のものだ。
 静かに目を閉じる。いつの間にか肩の力は抜けていた。