ふいに目が覚める。辺りはまだ薄暗く、朝は来ていないようだ。目の前には気持ちよさそうに眠る翼の生えた少女。城から飛び出して来たことを今更ながら実感する。
「眠れないのか?」
突然の声に驚き、レネは体を跳ねさせた。咄嗟に体を覆っていた布を胸元に手繰り寄せ、声の方角を見る。エフラムだった。同時に、抱きしめている布が何なのかを思い出して、顔に熱が籠った。
ちょうどエフラムが見張りをしていたのだろう。フォルデとカイルは寝ているように見える。
エフラムとフォルデ、カイルの三人で見張りを交代するという意見にレネが口を出さなかったのは、自身にそれだけの能力がないと自覚していたからだ。そしてもう一つ。レネに見張りを任せたまま、この三人が安心して眠ることは出来ないと想像できるからだ。悔しさが全くなかった訳では無いが、厄介に思われるのも嫌だったのである。
「目が覚めただけ……」
「そうか」
次第に目が慣れ、エフラムの顔がはっきりしてくる。まだ暗いというのに案外しっかりと見えるものだ。見張りで起きていたエフラムには最初から見えていたのだろうと思うと、何だか決まりが悪かった。
「少し、話がしたいんだけど……いいかしら?」
「ああ、構わないが」
レネは静かに立ち上がり、皆を起こさないようゆっくりとエフラムに近づいた。少し距離を空けて腰を下ろす。エフラムはレネが口を開くのを待っているようだ。
「あの……婚約の話なんだけど……」
レネが切り出すと、エフラムは何か納得したように「ああ」と言って頷いた。
「わたし、結婚する気はないの」
「そうか……なら仕方ないな」
エフラムの表情に怒りや不満は感じられなかった。それだからか余計に罪悪感が芽生える。
「俺も父上から急に話を聞いて驚いていたんだ。結婚なんて実感が湧かなかったしな。だからあまり気にしなくていいぞ」
「国が大変なことになっているときにごめんなさい。わたしたち、ルネスに失礼なことばかりしてるわ……」
「いや、大事な話だ。きみにとっても、俺にとっても。ただ――」
「何?」
「もしかして、きみは父上と喧嘩してきたんじゃないか?」
レネは肩を震わせた。それを見たエフラムが「やっぱりな」とでも言うように笑った。
「ど、どうしてわかったの?」
「王女が一人で戦地に赴くことなんて王は許さないだろう。まあ、半分は勘だが……」
「だって、わたしに相談もせずに婚約の話を進めてるし……いざルネスが攻められたら兵も出せないって言うのよ……」
足元に生えていた草を思い切り掴むと、ぶつっと音を立てて千切れた。正面に投げたつもりだったがほとんど前には進まず、はらはらと散らばり落ちただけだった。
「あまり父上のことを悪く思うな。民のことを考えて決断したんだ。俺は腹を立てたり、恨んだりする気はない」
「そう……。何だかわたしだけ子供みたいね」
「そんなことは言ってない。きみが来てくれたのは嬉しかった」
あまりにストレートな物言いに、レネはエフラムと顔が合わせられなかった。恥ずかしさを誤魔化すように口を開く。
「は、話はそれだけよ。もう寝るわ」
立ち上がったレネの肩からずるりとマントが落ちる。レネが手を伸ばすより早く、エフラムがそれを拾い上げた。彼は丁寧に土を払い、再びレネへ差し出した。
「あの……ありがとう」
それはマントを貸してくれたことや、拾ってくれたことだけに述べた感謝ではない。彼にどこまで伝わっていたかは分からないが、詳しく説明する気もなかった。
一つ、心のつかえが取れたような気がした。ミルラの隣に戻って目を閉じる。ルネスを助けようとするのはレネの意地だったが、このとき彼女の中にはもう一つ別の感情が芽吹いていた。