5話

 十五歳の誕生日。アネットはたくさんのプレゼントをもらった。ケーキにクッキー、髪飾り……何よりおめでとうと言ってもらえることが嬉しかった。
 ささやかなパーティの時間はあっという間だった。アネットは部屋にプレゼントを持ち帰って、窓の外を眺めた。夜空に星がいくつも輝いている。シノは忙しかったのだろうか。
 会いたかった。おめでとうと言ってほしかった。あれだけたくさんのおめでとうを貰ったのに、足りないと思ってしまう。
 寝転んだベッドのすぐそばには、シノに貰った上着が掛けてある。ここの使用人になってからは一度も袖を通していない。ふと腕を伸ばして、その裾に触れた。習った通りに洗濯したから、ふかふかだ。
 そのとき、コンコンと音がした。窓のほうからだ。けれど、外には何も見当たらない。不思議に思って窓を開けてみると、上からシノが落ちてきた。
「ひゃ!」
「驚いたか?」
シノは得意げに笑った。
「……シノ」
なぜか胸が苦しくなった。シノに会えて嬉しいはずなのに、涙がこぼれそうになる。
「……泣くほど驚かせたか?」
「ううん。ごめん、嬉しいのに……」
「……」
目元を擦ろうとしたら、先にシノに涙を拭かれてしまった。
「あ、ありがとう……」
「……上着」
「うん?」
「あれ、着てこいよ。寒いぞ」
シノが指差したのはさっきまでアネットが触っていた上着だった。自分のしていたことを思い返して恥ずかしくなる。シノに見られたかもしれないと思うと気が気じゃない。しかしシノを待たせるわけにもいかず、アネットはすぐにハンガーをおろした。
 久しぶりに着たシノの上着はやっぱりあたたかかった。けれど、あのときより裾が短く感じる。
 窓の外から差し出されるシノの手に、アネットの胸はどきどきと鳴った。触れた瞬間、強く握られて、寒空の下なのに体が熱くなる。

「……ほんとに背、伸びたな」
「後ろに乗ったほうがよかった?」
「いい。オレもまだ成長期だからな」
シノの足が窓枠を蹴る。二人は一気に空に近づいた。
「行きたい場所でもあるのか?」
「ううん。また乗りたいなって思っただけ」
 二人を乗せた箒は屋敷の周りをゆっくりと飛んだ。一周したら終わりだろうか。乗せてもらったばかりなのにそんなことを考えてしまう。
 ……寒い。風に吹かれて手足が冷えてきた。箒の下でもぞもぞと足をすり合わせていると、シノが呪文を唱えた。向かい風が少し落ち着いたような気がする。
「すごい」
「ファウストに教えてもらった」
「……いいなあ」
ぽつりとアネットはこぼした。魔法なんて不幸の種としか思っていなかったのに、シノを見ていると羨ましくなってしまう。自分だって誰かに魔法を習う未来もあったかもしれない。そしたら、シノたちと共に戦うことだってできたかもしれない。全部、叶わない夢になってしまった。
「魔女に生まれなければよかったって思ってたのに、変だよね」
「変じゃない」
アネットは勢いよく後ろを振り返った。シノは真っ直ぐな目をしている。馬鹿だと笑ったりもしない。
 シノの顔が潤んできた。
「……オレはお前を何回泣かせた?」
「わかんない。でも、今日のはぜんぶ、嬉し泣き」
シノは片腕でアネットの肩を抱き寄せた。そっと触れるぐらいの力だ。シノのことなんてまだ知らないことのほうが多いのに、シノらしくないと思ってしまった。
 アネットはシノの胸に顔をうずめて目を閉じた。名前を呼んだら頭を撫でてくれる。夢みたいだった。
「誕生日おめでとう」
「……ありがとう」

 部屋に戻り、窓の外のシノにお礼を言う。今までで一番幸せな誕生日だった。
「大げさだな」
「……ほんとだよ」
「誕生日は来年も再来年もあるだろ」
また来るとは言われなかった。けど、きっと来てくれるんだろうなと思った。
 アネットは窓枠から身を乗り出した。
「シノ……」
さみしいなんて言ったら困らせてしまう。面倒だと思われるのは嫌だ。シノをどうやったら引き留められるのか必死で考えたけど、何も浮かばない。
「オレは魔法舎にもどらなきゃいけない」
「……うん」
「でも、ヒースとオレが帰ってくるのはブランシェットだ」
「……う、ん」
 シノの手がアネットの頭をくしゃりと撫でる。
「泣き虫」
シノは優しい目をして笑っていた。