13話

 朝起きて、昨日のことが夢のように感じられた。ちゃんとネロに好きだと言えた。
 ネロが私のことをそういう意味で好きじゃないのはわかっていた。ほぼ勢いでこれから好きになってほしいと言ってしまったけれど、この先どうするかはまったく考えていなかった。告白することもなく振られた感じになって、このままじゃ心残りになりそうだったから私も必死だったのだ。むしろあの盗み聞きがなければ私はネロに告白なんてできなかったんじゃないかと思う。
 カーテンを開けると、中庭で鍛錬をするカインさんたちが見えた。まだ、みんなが朝食をとる時間には早い。ネロは昼前から任務だと言っていたから、まだ部屋かキッチンにいるだろう。
 どんな顔をして会えばいだろう。いつも通りでいいだろうか。というかいつも通り以外がわからない。迷っている時間も惜しくて、私は急いで着替えて食堂に向かった。
 キッチンでは思った通りネロが朝の準備をしていた。まだ私には気付いていないみたいだ。このまま眺めていたい気もするけど、誰かが来る前に声を掛けておきたいという気持ちもある。少し緊張した。昨日の比ではないけれど。
「ネロ! おはようございます」
「おはようさん。 朝に来るなんて珍しいな」
「……任務が泊まりだって聞いたから」
「……ああ、そっか。えーと……なんか食べる?」
朝からネロの作り立てのご飯。それもいいなあと思ったけど、今日はネロを手伝うつもりで私は来たのだ。ちょっとでも時間に余裕ができたら、後に控える任務が楽になるかなと思った。もちろん、ネロと二人で何かしたいという下心もある。ただ、私に手伝えることがあればの話だが。役に立てそうなことといえば、野菜の皮むきと卵割りぐらいだ。
「気持ちはありがたいけど、朝はそんな手が掛かるようなのは作らないからいいよ。昼からはカナリアさんが来るし」
ネロはそう言いながらも手を動かす。そして次の瞬間にはバケットサンドを乗せた皿が差し出された。
「はや……」
「な? あと、昨日の残りのシチューもあるけど、あっためていい?」
私は頷くことしかできなかった。
 ネロはよそったシチューをテーブルに置くと、私の向かいの椅子を引いた。テーブルに肘をついて、ただ静かに窓のほうを見ている。
 私はネロを気にしながらもバケットサンドにかぶりついた。いつも通りおいしい。シチューもおいしい。
「朝からこんなにおいしいものが食べられて幸せです」
「……じゃ、毎朝来れば?」
「ええっと……はい。そうしたいです」
いいのかな、と思いつつ水を飲む。ネロは窓から私に視線を移した。
 ひしひしと視線を受けながら食事を進める。「ネロは食べないんですか」と聞いてみたけど、もう朝食は終えたそうだ。
 ……これ、楽しいのかな。ネロは食べているだけの私をただ見ているだけで、もしかしたら私が話題を振ったほうがいいのかもしれないけど、何を話したらいいのかわからない。
「あんた、おいしそうに食べてくれるから見てて楽しいよ」
「えっ」
「顔に書いてある」
ネロは目を細めた。こんなことでも私の胸はどきっとしてしまう。……でも、
「……私としては、ちょっと食べづらいというか」
「ま、諦めてくれ」
まあネロが楽しいなら、と思ってしまった私は重症かもしれない。

 今日は東の国での任務らしい。他の三人の魔法使いと賢者様が一緒なのだそうだ。ネロが魔法舎にいないあいだの食事はカナリアさんが担当することになっている。手が空いているときは手伝ってくれないかと頼まれて、断る理由はなかった。
「なんか新しい料理ができたら後で俺にも食べさせてくれよ」
「まだ何も思い浮かばないです……あ、でもシチューは元の世界でもよく食べてましたよ」
「へえ」というネロの相づちとほぼ同時に、
「おはよう!」
カインさんが元気よく食堂に入ってきた。その後ろにまだ私が話したことのない魔法使いのお二人が続いた。
「ん、先客がいるのか?」
カインさんがこちらに歩いてくる。「おはよう」ともう一度言って片手を上げる彼にハイタッチした。
 カインさんと目が合うと、次はネロが席を立って
「騎士さん、こっちも頼む」
パチンといい音がなった。
「ネロもこっちにいたのか」
「まあ……。朝食、すぐ出せるから待ってな」
ネロがキッチンに戻っていき、三人は私の席の近くに座った。
 カインさんと一緒に鍛錬をしているのは南の魔法使いのレノックスさんと東の魔法使いのシノさんだった。二人とも私のことは話で聞いていたらしい。レノックスさんはルチルさんとミチルくんに、シノさんはヒースクリフさんに。そして、私は初めてヒースさんがヒースクリフさんであることを知った。てっきりヒースという名前なのかと思っていた。だって私が「ヒースさん」と呼んでも、ヒースクリフさんは何も言わなかったのだ。でも、思い返してみるとちょっと驚いた顔をされたような気がしなくもない。かなり恥ずかしいし申し訳ない。

 シノさんは任務の準備があるからと、早々に朝食を終えて部屋に戻っていった。続いて私も食べ終わったので、食器を持ってキッチンに入る。すると、ネロが隠れるように手招きしてきた。
「どうしました?」
「あー……えっと、明日は昼過ぎには戻る予定だから」
ネロは自分の左肩あたりを見ながら髪をかき上げた。私は返事をするのも忘れて食器を持ったまま立ち尽くした。こんなこと言ってくれるんだって思ったら嬉しくて、それとネロのしぐさがかっこよくて、私の頭ではとても処理しきれない。
「いや、なんつー顔してんだよ……」
ネロは私の持っていた食器を取ってシンクに置いた。ジャーッと水の流れる音が聞こえてきて、私の足はようやく一歩前に進む。
「あっ洗います!」
「もう終わったよ」
「う……すみません」
ネロはついに笑って、つられるように私も笑った。
「任務、気を付けてくださいね」
「ありがとな」