14話

 朝食を終えた私は部屋に戻る前に休憩室のドアをノックした。すぐに「はい」と返事があって、ドアが開く。カナリアさんはちょうど身支度を終えたばかりのようだった。
 私はさっそく手伝えることがないか聞いた。昼は無理だけど、夕食の準備なら間に合いそうだ。
「まあ、助かるわ。それじゃあ仕事の帰りでいいから買ってきてほしいものがあるの」
 カナリアさんはメモ書いて渡してくれた。スパイスと茶葉。売っているお店もなんとなくわかりそうだ。
 ……というか、ちょっとした買い物なら私がこうやって仕事帰りのついでに行った方がいいんじゃないだろうか。少しずつお金を返す準備をしているとはいえ、タダで住ませてもらっているのだから。

 仕事も終わり、無事におつかいをすませたところでカナリアさんに提案してみた。しかし、カナリアさんも立場上「お願いします」とは簡単に言えなさそうだ。そこで私が今の状況だとここに居づらいということ、いずれは魔法舎での仕事を正式に割り振ってもらおうと思っていることを話す。それなら、ということで私は魔法舎のおつかい係になった。
 このまま夕食の準備も手伝うつもりでいたが、カナリアさんはひとりでほぼ作り終えていた。さすがプロ。感心していたら、カナリアさんは料理があまり得意ではないと言う。たぶん私とは得意じゃないの次元が違う。
「むしろ今から休憩しようと思っていたところなの。よかったら付き合ってくださらない?」
「はい、私でよければ」
 せっかくだからとカナリアさんは私の買ってきた茶葉を使ってくれた。封を切る瞬間はちょっとわくわくする。ふわっと香る紅茶の葉。縦長の陶器のティーポットは今じゃすっかり見慣れたけど、初めのころは中世の世界みたいだなあと思ったものだ。
 カナリアさんは落ち着いていて上品で、掃除も洗濯も料理もできるし素敵なひとだ。紅茶を淹れるだけでも絵になっている。私はどうやったらカナリアさんみたいな大人の女性に近づけるだろう。ネロは何百年も生きているという話だから、私みたいなのは子供同然に見えているかもしれない。想像しただけで落ち込みそうだ。歳の差とか、人間と魔法使いの差とか、私はあまり考えないようにしているけどネロはどうなんだろう。
 どうやら私はカナリアさんのことを見すぎていたらしい。「どうしました?」と聞かれてハッとする。
「……すみません、カナリアさん素敵だなあと思って」
「ふふ、ありがとう。でも急にどうしたの?」
「いえ……何ていうか、どうやったらカナリアさんみたいになれるかなあと。それからいろいろ考えてしまって」
カナリアさんはにこりと笑って小首をかしげた。
「もしかして恋のお悩み?」
「えっ! ……あの、いや、違……わないですけど」
「そんなに悩むことないと思うわ。未央さんだって素敵だもの。それにネロさんだって……」
ネロ? と思わず私は口に出してしまった。だってネロのことなんて一言も言っていないのに、カナリアさんにまで言い当てられてしまうなんて。まあ、私が魔法舎の中でよく話をするのってネロとカインさんと賢者様ぐらいだからかもしれないけど。
「あの、ちなみにどうしてネロのことだと……」
「何となく、かしら」
「……何となくでもわかっちゃうんですね」
「ええ、それにネロさんからも未央さんの話は聞くわ」
「それはどんな……いえ、やっぱりやめておきます」
「そうね。聞きたかったらネロさんに聞いてみて」
怖いから聞くのをやめたというのに、カナリアさんは恐ろしいことを言う。ネロ本人になんて聞ける気がしない。カナリアさんはくすりと笑ってティーカップに口をつけた。

 結局、私が手伝ったのは買い出しだけだった。後はあたためて盛り付けるだけ、という状態だったのだ。
 夕食はカナリアさんの作ったものを食べさせてもらった。ネロの料理とは違うけど、これまたおいしい。スパイスの利いたピリッとしたスープは体が温まるし、オーブンで焼いたという肉もやわらかくて絶品だった。私もこのレベルをパッと作れるようになりたいなあと思う。
 それと、夕食時には西の魔法使いのクロエさんとラスティカさんと話せた。クロエさんは洋服を作るのが好きで、みんなの服をよく作っているのだそうだ。私も例に漏れなかったようで「今度作らせてね」とクロエさんは言ってくれた。
 ラスティカさんは「僕の花嫁を探している」そうだ。てっきり行方不明になってしまったのかと思いきや、私のことを魔法で鳥にして籠にいれようとしてくるので何もわからなくなった。クロエさんが全力で止めてくれたので助かったが、わりといつものことらしい。

 朝も思ったけど、誰かと食事をするのって楽しい。部屋に戻った私はベッドにごろりと寝転がって、しみじみと思った。さっきまで賑やかにしていたからか、急にさみしくなってしまう。
 ふと視界のすみに、空のバスケットが見えた。本当なら今にでもキッチンにパンの補充をするところだけど、私は寝返りをうって目を閉じた。明日の朝も食堂に行ってみよう。ネロはまだいないだろうけど、ネロがくれた勇気をもって。

 次の日、私が仕事とおつかいを済ませて食堂に行くと、ネロはすでに帰ってきていた。「おかえり」を言うつもりだったのに、先に言われてしまう。
「ただいま……。えっと、ネロもおかえりなさい」
「ただいま。どうしたんだ? その荷物」
「帰り道に足りないものを買ってくる係になりました」
だってカナリアさんがパパッと食事を作ってしまうので。そう言ったらネロは笑った。
「まあカナリアさんもそういう仕事してるだけあるよな。……で、卵買ってきてくれたのか」
ネロは私が持っていた紙袋をひょいと持ち上げ、中身をすばやくストックに移していった。
「持てる量にも限界あるし、あんま無理はしようとすんなよ」
「はい。それはカナリアさんにも言われてますので」
卵を移し終わったらしいネロは紙袋を丁寧に胸の下で畳んだ。
 今は私とネロしかキッチンにいない。食堂のほうにも人影がないことを確認して、ネロの顔を見る。
「……あの、今日はネロと一緒にご飯を食べたいです」
「え?」
ネロは雷に打たれたような顔をしていた。これは昨日から考えていたことだ。ネロはいつもここに立ってみんなに料理を出している。それぞれが来た時間に合わせて料理を提供するようにしているせいか、ネロが食堂側に座っているのをあまり見ない。自分は手の空いたときにでも食べているんだろうけど、私はネロとも食事の時間を共有したかった。
「ひとりきりじゃない食事が楽しいと思ったので、ネロと一緒に食べられたらなと……」
もちろんネロの気が進まないなら諦めるつもりだ。ネロが私の気持ちに無理に合わせる必要はない。後からそう付け加えると、ネロが眉を寄せて口を一直線に結んだ。だからダメなのかと思った。
「……やっぱり大丈夫です。無理を言ってすみません」
「いや、違う」
「違う?」
「一緒に食べよう。無理はしてない。ただそんなこと言われると思ってなくて驚いたっつーか……」
単純な私はネロの答えでぱっと気持ちが明るくなった。よかった。迷惑だと言われたらしばらく立ち直れなさそうだったから。
「じゃあ、えっと……待ってたらいいですか?」
「そうだな。部屋まで呼びに行くよ。ちょっと遅くなりそうだけど、それでもいい?」
「はい。ありがとうございます」

「……そりゃこっちのセリフだろ」
ぼそりと言ったネロの言葉はよく聞こえなかった。