1話
村が突然の吹雪に襲われて、もう半年が経った。北の国の中でもさらに厳しい土地に属していた村である。吹雪自体が珍しいわけではなかった。しかし、村人たちが待てども待てども吹雪はやまない。狩りもまともにできず、食糧は尽きていくばかり。死に絶えるものもいた。きっとオズ様のお怒りだ。オズ様に生贄を捧げれば、この寒波も収まるに違いない。村人たちはそう思った。
ルウは魔法使いと人間の女の間に生まれた。魔法は使えないごく普通の人間である。しかし、村人たちはルウを魔女と呼び忌み嫌った。ルウの母はルウが幼いころに病で死んだ。父は村の近くに現れたという化け物を退治しに行ったまま戻ってこなかった。ルウは村のすみでひっそりと暮らしていた。
乱暴なノックに嫌な予感がした。無視しようとしたが、今度は扉がこじ開けられようとしている。ガタガタと扉が揺れ、ルウは恐ろしくなった。「何でしょうか」こわごわ尋ねてみると、返ってきたのは案外やさしい声色だった。
「そろそろ食糧が尽きたんじゃないかと思ってな、クマの肉が手に入ったからお裾分けだ」
「……結構です」
嘘だ。お裾分けで扉をこじ開けようとする人がいるものか。ルウが答えた瞬間、木の扉に亀裂が入った。ドン、ドン、と音が続いて扉は割れてしまう。びゅうっと家の中に雪が吹き込んできた。ドアの前に立っていた男は斧を持っていた。その後ろに三人。全員が村の奴らだ。目がぎらぎらと血走っている。食べるものがなくなって気でも狂ったのかと思った。
斧を持った男はルウの腕を掴んだ。
「……なにっ! 離して!」
ルウが暴れると、別の男が後ろから羽交い締めをする。ぐっと背を反らされ突き出したようになった胸の先端を、一人の男がピンとはじいた。ぞわぞわと寒気が走って、吐きそうになった。気持ち悪い。男たちは見定めるような目でルウを見ている。
「やめろ! 離せ離せ死ね!」
「こんなんでオズ様は満足してくださるのか?」
ルウの叫びを無視して男たちが会話する。
「オズ様は処女を好まれるそうだし、いいんじゃないか?」
「にしても子供のように貧相な体ですね」
「いいから用意した服を着せろ」
ベルトを抜き取られ、ルウは唯一自由な足で男を蹴り上げた。
「魔女め……クソが!」
顔を真っ赤にした男はルウの頬を思い切り叩いた。
「やめろ、傷をつけるな。もう服はいいから手を縛れ。このままじゃ凍え死んじまう」
「わかった。おい、そっち押さえてろ」
ルウは床に押さえつけられ、後ろ手に縄を巻かれた。一人では立ち上がることもできない。縄を引かれて無理やり起き上がらせられる。縄が腕に食い込んでチリチリと痛む。ルウが悲鳴を上げても男たちは気にも留めなかった。
吹雪の中を歩かされ、体力が消耗する。ルウには叫ぶ気力も残っていなかった。
男たちはオズの城に向かっているようだ。話からして、生贄を捧げて吹雪をとめてもらおうとしているのだろう。バカバカしい。そんなもので吹雪がやむのなら、オズはただの女好きの変態だ。
オズの城に近づくにつれ、吹雪の勢いが強くなる。これ以上進めば命にかかわる。誰もがそう思った。
「オズ様! どうか吹雪をお収めください!」
ひとりの男が叫んだ。続いて別の男も空に向かって声を上げる。
「どうかお願いします。このようなものしか準備できませんでしたが」
ルウは背中を押されて雪の上に倒れ込んだ。雪に埋もれそうになった顔を上げ、キッと男を睨む。こんなものなんて言われておとなしく生贄になってたまるか。バタバタと足を動かしたが、ルウの体には瞬く間に雪が積もっていく。
男たちはルウを置いて引き返してしまった。何もかもバカだ。生贄で吹雪がやむわけないし、まずこんなところに置き去りにしてオズが気付くわけがない。次第に重くなっていく雪にルウは死を覚悟した。つまらない人生だった。魔法は使えないといっても誰も信じてくれないし、物のように扱われて死ぬなんて。
ルウの顔は半分雪に埋もれた。痛い。どうせなら、あの男たちも死ねばいい。村に帰りつくことなく埋もれてしまえ。目を閉じて願った。もし生まれ変わりなんてものがあるなら、次は幸せになりたい。あたたかい国がいい。――愛されてみたい。
「……いたっ」
手先と足先、それから耳が痛くて目が覚めた。すぐそこには暖炉がある。ここは天国だろうか。腕の縄もない。がばりと起き上がって暖炉に近づく。あたたかいけど、じんじんと痛む。
ふと視線を感じて後ろを見てみると、長髪の男が座っていた。ひっと息を呑む。もしかすると、ここは天国でないかもしれない。「オズ」という名がルウの頭に浮かんだ。
「あの……」
「何だ」
感情のない声で男は言った。
「あなたはオズ?」
「そうだ」
オズは立ち上がってゆったりとルウに近づいた。ルウの心が恐怖に支配される。食べられるかもしれない。せっかく神様が迎えに来てくれたと思ったのに、どうしてこんな思いをしなければならないのか。ルウはぎゅっと目を瞑って手を振りかぶった。
――ぱちん。
「来るな!」
オズは目を見開いたまま固まった。ルウはその隙にドアに飛びつく。しかし、ノブを回そうとしてもガチャガチャと音が鳴るだけで扉は開かない。後ろでオズがため息をついたかと思うと、突然ドアが開く。廊下のような場所にルウは転げ落ちた。すぐ先に階段を見つけて駆け降りる。長い階段だった。下りついた先はエントランスのようで、出口らしき大きな扉がある。
ノブは氷のように冷たかった。やはりここも簡単には開かない。諦めて他の出口を探そうとドアから離れると、触れてもいないのに勝手に出口が開いた。あまりの風圧にルウは吹き飛ばされてしまった。
「……っ!」
吹き飛ばされたルウを受け止めたのはオズだった。すぐさま離れようとして、案外あっさりとオズの腕から逃れられた。いつの間にか出口の扉は閉まっている。
「外に出たいのか」
「あたりまえでしょ!」
「……なぜ。外に出たら命を落とす。おまえからは呪詛を感じた」
「は、なに言ってんの?」
「強い恨みだ。あのまま死んでいれば、土地が呪われていた」
「ここが呪われたら困るから助けたってこと?」
オズはゆっくりと頷いた。なんてことだ。村人の死を願う気持ちが強すぎて、オズに気付かれてしまうなんて。今はどうなのだろう。ルウがオズに食べられでもしたら、オズを呪うことはできるのだろうか。オズが助けたぐらいだから、呪いとやらの力は侮れないのかもしれない。
「……じゃあ、私を食べたりしない?」
「私は人間は食べない」
「でも、村のみんながオズは処……その、若い女を好むって言ってたわ」
「そのように言った覚えはない」
「……なんだ」
急に足の力が抜けて、ルウはその場に座り込んだ。やっぱり村のやつらが言ってたことは間違いだった。バカめ。吹雪は収まらない。
「……ねえ、この吹雪はあなたが?」
「そうだと双子が言っていた。だが、意図的にしているつもりはない」
「双子って? 意図的じゃないならどうして……」
「それ以上口を開くな」
オズが杖を掲げた瞬間、ルウの心は恐怖にとらわれた。ぞわぞわして気持ち悪い。なにが恐ろしいのかもはっきりしない。ただ、オズの鋭い赤い目の奥がひどく悲しい色をしていたように見えた。
オズはルウに背をむけ階段を上って行った。オズの姿が見えなくなったところでようやくルウの頭がすっきりとする。今のが魔王と恐れられたオズの魔法だ。怖かった。しかし「なぜ」という感情がルウの中に芽生える。オズにとって触れられたくない話題だったのかもしれないが、だからってあんな魔法をかけていい理由にはならない。だが、オズを追いかけて問い詰めることもできなかった。先ほどの得体のしれない恐怖を思い出すだけで、吐きそうになってしまうのだ。
ルウは出口をもう一度開こうとした。しかし、何度やっても固く扉は閉ざされたままだった。
仕方なく階段を上り、オズが入ったであろう部屋と別のドアを開く。客間のようだ。火がないから少し寒い。ルウは部屋のすみで膝を抱えて背を丸めた。これからのことを考えるだけで泣きたくなる。オズが何を考えているのか全く分からないし、運よく逃げ出せたとしても村には帰れない。膝に顔をうずめて目を閉じる。考えるのをやめたいのに、いつまでたっても眠れなかった。