トリップしたけど昔アニメをちょっと見ただけでタソガレドキを知らない話01
仕事、仕事、仕事。そんな生活を続けていたら体調を崩してしまって、久しぶりに有給休暇を使った。一日中ぼーっと布団の中で過ごして、何気なくテレビを点けてみたら小さいころに見ていたアニメが放送されていた。ああ、まだやってたんだ。土井先生が初恋だったなあ。でも今は素直でかわいい子供たちに荒んだ心が癒される。懐かしさに浸りながら画面を眺めていたら、あっという間にエンディングになってしまった。
エンディングを見終えた私はテレビを消して冷蔵庫を開けた。見事に何もない。別に食べなくてもいいかなあとも思ったけど、それじゃあ治るものも治らない気がしてスマホと財布を持った。コンビニで散財だ。体調不良のときは、カロリーを気にせず好きなものを食べていいというのがマイルールなのだ。
部屋着のワンピース一枚でも外はまだ暑い。日傘を取りに戻るほどではないけど、もう少し日が落ちてからにすればよかったとすぐに後悔する。
家からコンビニまでに信号は一つだけで、今日は運悪く赤になったばかりの信号に引っかかってしまった。
「危ない!」
切羽詰まったような叫び声。ハッと顔を上げる。でも、何が起こったのかわからない。私の記憶はここで途切れてしまった。
……なんか身体が痛い。
ぼうっとした意識のまま起き上がろうとすると、まず手に違和感。ざりっと滑るような感触にびっくりして目を開くと、見慣れない景色が広がっていた。そして手に泥がついていることに気づいて、もう一度ぐるりと辺りを見渡す。いや、ここはどこだ。なんで私はこんなところで寝ていたんだろう。……待って、ここってもしかしなくても
――牢屋だ。
木を格子状にして私が出られないようにしてある。いかにもって感じの牢屋ではなくて、建物自体は物置みたいなところだった。私はコンビニへ行こうとしていたのであって、こんなところに来た記憶は全くない。
「すみません。誰かいますか~」
返事はなかった。まさかとは思うが誘拐だろうか。見たところ近くに人はいないようだから、今のうちに逃げ道があるかを確認しておこう。
自分では冷静でいたつもりだけど、全然そうじゃなかった。「木製ならなんとかなるかも」という甘い考えで、思い切り格子を掴んで揺らしてみたら、チクリと手が傷む。
「え、痛っ!」
木の破片でも刺さったのかと思って見てみたら、手のひらには黒いトゲが突き刺さっていた。たらりと血が流れる。とっさに血を止めようと口元に手を近づけたところで、
「それ、毒だよ」
どこからともなく、包帯だらけの忍者が現れた。
「え、毒?」
「うん。毒」
そう言われたらなんだか急に気分が悪くなってきた気がする。とりあえず毒を身体から出したほうがいい気がして、わざと血を出すように手の皮膚を押してみた。でも、なんかイマイチ。口で吸って吐いたほうがいいのかな。もう一度、手を口に近づけてみると、
「だから毒だって」
忍者に止められた。口で吸うのはダメだったらしい。
「……あの、これは何の毒なんでしょうか」
「内緒」
「どうして私は閉じ込められているんですか?」
「覚えてないの?」
「全く」
忍者は探るような目を向けてきた。ていうか忍者って。今さら突っ込んでいいのかわからないけど、この人の格好は一体どうなっているんだろう。真っ黒な装束と頭巾、そして足袋。包帯ぐるぐる巻きなのも気になるけど、どこからどう見ても忍者だ。でもだからって「そっか忍者かあ」と納得はできない。きっと忍者が好きすぎて忍者の格好をした危ない人だ。だからなるべく刺激しないようにしたいのだが、ここから出る手がかりが他にないから話しかけるしか選択肢はなかった。
「……なんか気分が悪くなってきた気がするんですけど、これって毒のせいですかね?」
「毒っていうのは嘘だよ」
「は!?」
いつの間にか、忍者は消えていた。
「出せー! お腹空いたー!」
忍者が消えてから、私は放置されていた。飲むものも食べるものもなく、脱出する手段もなく。部屋に小窓はあるけど人が出られるような大きさじゃない。ただ、窓のおかげである程度時間が経ったのはわかった。外はうっすら暗くなってきている。もう寝るしかないんだろうか。
横になると、ぐうとお腹が鳴った。このまま死んじゃうのかも。悲しすぎる。悲しすぎて涙が出てきた。
「お腹が空いて泣いてるの?」
すべて見ていたかのようなタイミングでまたあの忍者が現れる。私は返事をせずに彼を睨みつけた。もう刺激したくないとか言っている段階じゃない。私は忍者に泥団子を投げつけた。脱出しようと思って格子の下を掘っていたときに作ったものだ。まあ穴を掘って脱出するのは早々に諦めたんだけど、団子にできるくらいの土の量はあったのだ。
団子は彼に命中するどころか格子に当たって粉々になってしまった。忍者はぱちりとまばたきをする。
「少し大きすぎたんじゃない?」
怒るわけでもなく忍者は言った。
「……」
「これ食べる?」
忍者が葉っぱに包まれたおにぎりを差し出してくる。口の中でじわりと唾液がにじみ出てきたのがわかった。でも素直にもらうのは悔しい。
「……なんか変なもの入ってる?」
「毒なんか使わなくても君を殺すくらい簡単だけど」
「殺すって……」
物騒な単語に背筋がぞわりとする。なんだか急に怖くなって、私はそっと木の格子から泥だらけの手を出した。ところが忍者は私の手をじっと見ているだけで、おにぎりを渡してこようとはしない。なんか遊ばれているみたいだ。怒りよりも悲しさや虚しさのほうが大きかった。諦めて手を引っ込めたところで、がらりと格子が開かれる。
「もう帰っていいよ」
「え?」
「君が言ったんじゃない。『出せ、お腹空いた』って」
「言ったけど……」
「帰りたくないの?」
「……帰ります」
「これお土産」
忍者は私におにぎりを持たせてきた。それをぎゅっと懐に抱えながら外に出ると、すぐ城が見えた。びっくりして見上げていたら、後ろから「出口はあっちだよ」と声を掛けられる。
「……どうも」
これ以上ここに留まっていたら怪しまれる気がして、私は忍者に案内されるがまま出口へ向かった。
私が出ると、大きな門が閉められる。とりあえず歩くしかない。駅か交番に行けばなんとかなるはず。そう思って歩いていたものの……
――何かおかしい。
いや、おかしいと言えば最初に目が覚めたところからおかしかった。違和感が大きくなっていくにつれ、不安になってくる。だって道がないのだ。あれだけ立派な城があるってことは、観光地なんだと思う。それなのに道路がないってどういうことだ。城を出て歩いていたら竹藪の中に入ってしまって、すぐに抜けられるかと思ったのにどんどん深くなるばかり。もう暗いしこの先がどうなっているのか全然わからない。このまま進むのは危険な気がした。これは引き返して道を聞いたほうがいいのかもしれない。
「……」
私は来た道を振り返って言葉を失った。もう、どこから来たのかもわからない。なんでこんな事になっちゃったんだろう。
泣きたい気持ちになりながらも考えた。そうだ、明るくなったら城が見えるかも。朝が来るまでここでじっとしていよう。おにぎりだって貰えたし、今日のところはなんとかなる。
「大丈夫大丈夫……」
自分に言い聞かせるために言った。しかしこの音に反応したのか、近くでガサリと草木が揺れた。
何かが近づいてくる気配がした。動物だろうか。結構大きい気がする……。
(ってイノシシ!?)
とにかく逃げなければと思って走った。もしかしたらこのおにぎりが欲しいのかも。そう思って一つ投げてみたけど、イノシシが止まる様子はない。
(あーもったいない! ごめんなさい!)
なんかもうダメかも。すぐ後ろまで来てる気がするけど怖くて振り向けない。イノシシって人間食べるんだっけ。いやでもクマじゃないんだし。
いろいろ考えながら走り続けていたら、急に視界がガクンと揺れた。
(あ、落ちてる)
落ちてるって感覚があるくらいだから、結構な高さがあったんだと思う。さすがに死んじゃうかな。怖いな。夢だったらそろそろ覚めてくれないかな。
私はぎゅっと目を瞑った。そして次に目を開けると……
「あ、おはよう」
あの忍者がいた。しかも今度は、牢屋じゃなくて布団の中で私は眠っていたみたい。一体どうなってるのか説明してもらえないだろうか。