トリップしたけど昔アニメをちょっと見ただけでタソガレドキを知らない話02
聞きたいことはいろいろある。……けど、まずは目の前の忍者に頭を下げることにした。
「助けていただきありがとうございました」
「助けたのは私の部下だよ」
「そうでしたか。じゃあ、その方にもお礼を言いたいのですが」
「聞こえてるから大丈夫」
「……?」
どういう意味かと尋ねようとしたそのとき、ぐうとお腹がなった。おにぎりを食べそこねてしまったことを思い出して悲しくなる。こんなことになるなら城を出てすぐ食べておけばよかった。本当にもったいないことをした。
「あ、君の落とし物ならそこに置いてあるよ」
忍者が指差した先には、あのおにぎりが置かれていた。私がイノシシに投げたはずの分までちゃんとある。最初は新しいものを用意してくれたのかと思ったけど、一つだけ形が崩れていた。投げた物にしては綺麗すぎる気もするが、運良く茂みの上にでも落ちたのかもしれない。
私はなりふり構わずおにぎりにかぶりついた。ちょっと汚れているのなんて全然気にならないくらいお腹が空いていたのだ。ただ、あまり噛まずに飲み込んだせいで喉を詰まらせてしまう。むせていたら、今度は竹製の水筒を渡された。
「…………すみません」
おにぎりを食べて水も飲んで、そしたら今度は居心地が悪くなって下を向いた。
道を聞かなきゃ、とは思っている。だけど嫌な予感がするのだ。だってあんな落ち方して、普通は無事でいられるはずがない。聞いたら答え合わせをしてしまうような気がして怖い。
忍者は何も言ってこなかった。私が何か言うのを待っているみたいだ。
「忍者さん」
「雑渡昆奈門だよ」
「ざっとこんさん?」
「雑渡が苗字」
「雑渡さん……えっと、東京って知ってます?」
「いや、聞きなれない単語だね。それは何?」
「……地名、ですかね」
「君は東京って村から来たの?」
「いや……うーん……」
なんて言ったらいいのやら。下手なこと言って「東京村」を探されても困る。というかこれはタイムスリップしたということでいいんだろうか。
まあ、まだ夢を見てるって可能性も否定できなくはないけどだ。今ここで、私がすべきことは一つしかない。
「ここで働かせてください!」
どこかで聞いたことのあるセリフ、まさか実際に使うときが来るとは。
だってこのまま外に出たって行く場所ないし、また危ない目にあうかもしれないし。とにかく衣食住を確保するには住み込みで働かせてもらうのが一番だと思ったのだ。ところが、雑渡の目がスッと冷たく細められたのを見て、間違えてしまったことに気づく。
(……げ、怪しまれてる!)
そうだ、彼は忍者。そして私は身元不明のくせ者。そんなやつが城で働きたいと言ったら疑われるに決まっている。一分前に戻らせてほしい。でも、戻ったところでどうするのが正解なのかわからない。
「こんなわかりやすく怪しいのにここで働きたいって言うんだ」
「怪しいのに助けてくれたんですか」
「聞きたいことがあるからね」
雑渡がそう言った瞬間、彼と同じ衣装を着た忍者がずらりと私を囲む。
(……あ、本物だ)
動けなくなるほどの威圧感があった。もう自分で自分を誤魔化せない。この人たちは本物の忍者。ここは私のいた時代とは違う。手の先が冷たくなっていく心地がした。雑渡の内心がどうなのかは知らないけど、周りの忍者たちは明確に私に敵意を向けている。平和ボケした私でも動いたらタダじゃ済まないのがわかった。
忍者の中でも若そうな男が声を上げた。
「組頭、やはりコイツくの一では?」
「おまえにはそう見えるのか? 尊奈門」
「我々に見つからずに城に侵入したんですよ? どう見ても怪しいじゃないですか」
(うわ……)
最初は誘拐されたのかと思ったけど、私は侵入者だったらしい。ここから挽回できる方法ってあるんだろうか。自分でもどうやってここに来たかわからないのに、この人たちを納得させるなんて無理に決まっている。
「もし本当にくの一なのだとしたら、相当な手練れだ。おそらく私よりも」
「なに言ってるんですか組頭! こんなヤツ……」
「相手に見くびらせてこそ一流だよ。覚えておくといい」
(いや全くそんなことないんですけど!?)
みなさんが警戒している女はただの一般人です。しかもこの時代の村人よりはるかに貧弱だと思われます。どうか信じてください。心の中で訴えてみたが、当然ながら反応はない。もちろん口に出す勇気もないが。
「まあ、」
雑渡は私の顔を覗き込んできた。
「日焼けしてないし、目立った傷痕もない。不思議な衣装を着てるけど質は良さそうだ。どこぞの姫だと言われたほうがまだ納得できる」
「姫ぇ!?」
声を上げたのは周りの忍者たちではなく私だった。どこをどう見たら、と言いたいところだけど、この時代で考えたらそういう結論になってもおかしくないのかもしれない。それに、くの一に間違われるよりはずっといい。こうなったら姫の振りをして……いや無理だ。絶対にどこの国の姫だという話になる。それに万一、本当に姫扱いでもされたら身体中が痒くなってしまいそうだ。
「あれ、違った?」
雑渡の目元がにやりと笑ったのを見てハッとした。
ああ、この人は本気で私を姫だと思ってるわけじゃない。私が話を合わせてくるかを見てるんだ。若い忍者に組頭って呼ばれてるくらいだから、きっとタダ者じゃない。雑渡は話しやすそうな雰囲気を漂わせているけど、全部私を試しているのだと思ったほうがよさそうだ。
「私は姫でもくの一でもありません。信じてもらえないかもしれませんが、どうしてこちらの城に侵入してしまったのか自分でもわかりません。しかし、騒ぎを起こしたことに関しては申し訳なく思っています」
さすがに言い分として無理があるとは思うけど、下手に嘘をついてボロを出すよりは正直に行くほうがいい気がした。当然ながら周囲の忍者たちが納得する様子はなく、口をそろえて「怪しい」と雑渡に訴えかけている。
「じゃあおまえたちは、こちらのお嬢さんが自ら侵入したにもかかわらず城内で気絶していた理由をどう考える?」
「それは……気絶は演技だったのではないでしょうか」
「あえて怪しまれる手法を取ると?」
「……素性がわからない以上、警戒するに越したことはないかと」
「うん。だから泳がせてみたんだけどね」
雑渡は私を見てにやりと笑う。
「見事に死にかけてたそうだね」
雑渡が目配せすると、周りの忍者たちは姿を消した。ただ私に見えないだけでどこかに隠れているのだろうけど、囲まれるよりはずっといい。
雑渡は懐から竹筒を出して、ストローで中身を吸った。
(ストローってそんな昔からあるんだ)
私がじっと見ていたからか、雑渡に「水のおかわりいる?」と聞かれた。こんな調子だから気が抜けてしまいそうだ。
「いえ、大丈夫です」
「ごめんね大勢で囲んじゃって。怖かったでしょ?」
「……いえ」
「君は何者?」
「……すみません。適切な説明ができません」
「そう。じゃあ今日はゆっくり休んで」
「え?」
「今日はゆっくり休んで。仕事は明日までにこっちで考えとくから」
「ええ?」
「聞こえなかったの?」
「いえ、聞こえましたが……。どうしてそうなるのかと」
「君が言ったんじゃない。ここで働かせてくださいって」
そりゃあ言いましたけど。言いましたけども。明らかに疑う流れだったじゃないですか!
きっと何か意図があるのだろうとは思う。でも、他に行き場のない私にはこの流れに乗るしかなかった。
「お言葉に甘えさせていただきます」
「うん、おやすみ」
「おやすみなさい」
私はサッと布団を頭まで被った。きっと私のことを何人もの忍者が監視している。でも別にいい。私にはやましいことなどないのだから、どれだけ調べられたって平気だ。それに死にかけたら助けてもらえる。むしろいい場所で拾ってもらえたのかもしれない。
まどろむ意識の中、ぼんやりと赤い光が見えた。見たことのある光景だった。だけどあの赤が何なのか思い出せなくて、私はじっと立ち尽くしていた。あの赤から目が離せない。足は鉛でもつけられたかのように重たかった。
「危ない!」
この切羽詰まったような声、聞いたことがある。「あ」と思った瞬間、周りの景色が鮮明になった。赤の信号機がギラギラ光っている。コンビニに行く途中にある信号機を私は見ていた。
車が私にむかって走ってきている。運転手はハンドルに突っ伏していた。すべてがスローモーションに見える。だけど足が動かないせいで逃げられない。
――そっか、死んだんだ。
あの瞬間、何が起こったのかようやくわかった。だからってこんな悪趣味な見せ方しなくたっていいのに。死ぬとわかっているのに逃げられない恐怖。永遠にも感じられた時間は、車がいよいよのところに迫ったところで終わりを迎えた。
「……ッ!」
私は布団から飛び起きた。汗でぐっしょりと服が濡れている。なんて夢だ。夢だと言い切れないところがまた気味の悪い。
眠ったはずなのに身体は疲れていた。でもあの信号機の前にずっと立たされているよりはここで働くほうがマシかもしれない。この夢なのか現実なのかもわからない世界がいつまで続くかわからないけど、自分にできることをしていこう。
布団を畳んで部屋の隅に寄せると、一人の忍者が私の前に姿を現した。
「ついてこい」
「はい。えっと、忍者さん」
雑渡にしたのと同じように呼びかけると、彼は山本陣内と名乗った。