トリップしたけど昔アニメをちょっと見ただけでタソガレドキを知らない話24
祝言を上げたあとも、私は相変わらず城住まいを続けていた。雑渡は家に帰ってもいいと言うのだが、護衛をつけなければならないとなると遠慮してしまう。それにどうせ城で働くのだから、通勤時間ゼロなのは魅力的だ。なので家に帰るときは、雑渡の非番に合わせて私も休みを取るという方法になる。それで今回、ようやく家に帰ることになったわけだが……。
なんか気まずい。
さっきから雑渡とは目が合わないし、距離も遠い。せっかく二人でゆっくりしようと思っていたのに、雑渡は部屋の掃除を始めてしまった。この家に帰るのはいわゆる「初夜」以来で、確かに埃が溜まっているから掃除はしなければならない。でも、その前にもっとなんかこう……あってもいいと思うのだ。初夜の日だって一緒の布団で寝たはいいものの、特段何なかった。雑渡が奥手なのはわかっているから別にいいけど、それなら私から動いてもいいだろうか。
とりあえず掃除を終わらせて様子を見てみよう。窓を開け、掃き掃除をしてから雑巾がけ。それでやっと落ち着いたかと思ったら、雑渡は武器の手入れを始めてしまった。
武器の手入れは大事だと思う。でも、私は知っていた。雑渡がいつも武器の手入れを尊奈門に任せていることを。だからって邪魔していい理由にはならないと思うけど、なんだか寂しい。
雑渡がそうしている間に私は昼食の準備を済ませてしまうことにした。帰ってくる途中で買った野菜を切って、味噌汁にする。それから米も炊いた。ここに来たばかりのころ火も起こせなかったことを考えると、かなり進歩したほうだと思う。
米を蒸らしに入ったところで、雑渡は腕立て伏せを始めた。……いや、そんなことある? ないとは言い切れないのがつらい。
私は雑渡の背中の上に座った。重しがあったほうがやりがいがあるだろう。構ってもらえないのなら雑渡の鍛錬を手伝えばいいのだ。
雑渡は「え?」という顔でこちらを見てきた。
「重しです」
「ああ、なるほど……」
「あとどのくらいかかりますか?」
「えー……どうだろう」
「体温が上がりすぎるとよくないですよ」
「……今、まさに上がってるんだけど」
「じゃあ休憩しましょ」
ようやく雑渡を座らせることができた。だけど問題はここから。あまり遠回しに言ってもうまくかわされてしまいそうなので、ここはストレートに。
「もう少し構ってくれないと寂しいです」
雑渡は目を丸めて「ごめんね」と小さな声で言った。すかさず寄りかかってみると、雑渡の身体に力が入ったのがわかる。私はそのまま雑渡の手を握ったり、指を絡めてみたりした。雑渡はずっとされるがままで、ちょっとだけ調子に乗った私は、包帯を巻いた彼の頬に軽く唇を寄せてみた。
――すると突然、腕を掴まれ引き寄せられる。いつもの雑渡では考えられないくらい強く抱きしめられていた。
「ねえ、どうしておまえはそんなにかわいいことをするの」
「……夫婦だから?」
「あー……もう、こっちの気も知らないで」
雑渡は私の頬をするりと撫でてじっと目を見つめてきた。目を閉じると、唇に軽くやわらかいものが触れる。本当に一瞬だった。薄く目を開き、雑渡の首に腕を回して引き寄せる。もう一度目を閉じると、今度はさっきよりも少し長いキスをされた。離れそうになったところで、今度は私から。音も出ないようなキスを何度も続けて、私の身体はじわじわと熱くなっていった。
息が上がっていく私を追い詰めるかのように、次第に深いキスになっていく。酸素を求めて薄く開けた唇の隙間から雑渡の舌が入ってきた。
身体からは力が抜けて、ほとんど雑渡に支えてもらっているような状態だ。それでも雑渡は舌を絡めてきたり、吸ったりと止まる様子がない。
私はとうとう床に背をつけた。上から覆いかぶさってきた雑渡は、私の手に指をがっちりと絡め、手を繋いでいると言えば聞こえはいいかもしれないけど、拘束されているとも言えるような体勢だった。今日は休日だからと楽なワンピースを着ていたが、今となっては少し心許ない気がしてくる。
「こうなるってわかってたから我慢してたのに」
「私、嫌がっているように見えますか?」
「……見えないけど、まだ終わりじゃないからね」
***
ぐったりとした私を抱き起した雑渡は、ふっと笑いながら「ごめんね」と言った。こんなの詐欺だ。今まで余裕がなさそうにしていたのは何だったんだ。
「別に謝らなくていいですけど」
「おまえはかわいいね」
「今日の昆奈門さんは色気がありすぎてドキドキしました」
「どうしてまたそういうことを言うの」
「本当のことですから」
雑渡は私の頭を撫でると、蒸らしていた米や味噌汁を茶碗によそってくれた。私はそれをぼーっとした頭で眺めながら、なんか贅沢な光景だなと思う。だけど慣れていないからか、私の茶碗にはこんもりとご飯が盛られてしまった。どう考えても食べられる量ではない。
「昆奈門さん、ありがたいんですけど多すぎます」
「え、そう?」
「その半分くらいで……」
「もっとたくさん食べないと」
「いや、昆奈門さんの普段食べる量より多いじゃないですか」
「気づいちゃった?」
雑渡はにこーっと笑いながらご飯を減らしてくれた。
二人で向かい合わせに座って手を合わせる。おやつなら一緒に食べることはよくあるけど、私が食堂で働いている以上、食事はほとんど時間が重ならない。それに雑渡はいつも部下のみんなと一緒に食事を取るようにしているみたいだから、こうして彼を独占できるのは嬉しかった。
「おまえの作る料理はおいしいね」
「ありがとうございます……」
いつも食堂でやっている味付けとほぼ同じだから、雑渡にとっては食べ慣れた味なのだろう。だけどわざわざ「おいしい」と口に出してくれることが嬉しい。
「ここに来たばかりのころよりずいぶん手際が良くなったよね」
「……恥ずかしいからやめてください」
「褒めてるんだよ。これでも不便な生活をさせて申し訳ないと思ってるんだから」
「いや、全然そんなこと……」
確かに最初は何をするにしても現代とのギャップにショックを受けていたけど、さすがにもう慣れた。料理や洗濯に時間がかかるのは当たり前だとみんながわかっているからこそ、やっていけるのかもしれない。でも冷凍庫と電子レンジは欲しいなと未だに思う。
「あ、それより私にもいろんな話聞かせてほしいです」
「話って?」
「いつもみなさんと食堂で話してるから……」
「あれは戦術とか用兵の話だけど」
「じゃあ忍術が知りたいです」
「ええ……知ってどうするの?」
「昆奈門さんにしかけます」
「それは困るなあ。おまえにされたら全部引っかかっちゃうよ」
「絶対嘘じゃないですか」
「そんなことないよ。ほら、さっきのだって……」
さっきのとは。考えていたら、雑渡がにやりと笑う。
あ。と気づけば、引いていた熱がぶわりと吹き返す。私の勘違いじゃなければ多分、色仕掛け的なことを言ってるんだと思うけど、あんなの忍術でも何でもない。むしろ雑渡にされたことのほうがそうだったんじゃないかと思うくらいだ。
「昆奈門さん余裕たっぷりだったじゃないですか。もっと奥手なのかと思ってました」
「奥手って……私が?」
「だって……わりと今まで、何もなかったし」
「ふーん……」
あ、まずい。雑渡に火をつけてしまったような気がする。それに私の言い方も「物足りない」と言っているみたいでよくなかった。
「あの……気に障りましたよね、すみません」
「そういうわけじゃないけど……まあ、確かに遠慮していたのはあったかな。こんな身体だし」
「身体のことは昆奈門さんが辛くなければ、と思ってます」
「そう。ありがとうね」
「いえ、そんな……」
「私は幸せ者だよ。おまえみたいな妻がいて」
「私も昆奈門さんと一緒になれて幸せです」
「今夜、おまえを抱くけどいい?」
「……はい」
こんなにはっきり言われるとは思っていなかったから恥ずかしい。まだ昼なのに、私はどうやって夜まで過ごせばいいのだろう。真っ赤になっているであろう私を見た雑渡は、にこりと静かに笑って味噌汁を啜った。