トリップしたけど昔アニメをちょっと見ただけでタソガレドキを知らない話23

 普段着たことのないような鮮やかな着物と化粧品。こんなもの頂けませんと雑渡に突き返そうとしたら「殿に紹介するから」と首を振られてしまった。確かにそういうことであれば普段着でお目にかかるのは失礼なのかもしれない。しかしどうやって着たらいいのか。恐る恐る着物に手を伸ばそうとしたところで私は女中たちに囲まれてしまった。
「じゃあ、後はよろしく」
「はい。お任せください」
 女中たちはニコニコだった。私も自分で何もかもやらねばならないと思っていたから、手伝ってもらえるのはありがたい。だけど人数が多い。これじゃまるで姫の仕度だ。
 雑渡が部屋から出て行くと、仕度よりも先に私は事のあらましを要求された。彼女たちは私の同僚である。なんとしてでも私に見合いをさせようとアレコレ考えてくれていた人たちだ。だから突然こんなことになって驚いているのだろう。中には「まあこうなると思ってたわよ」と笑っている人もいたけれど。

 女中たちは、それはもう張り切っていた。まずは身体をピカピカに磨き上げられて、何重にも着物を着せられ、髪を結いあげられ、化粧を施された。途中は鏡を見なかったから不安だったけれど、みんなに綺麗だと褒められ私は雑渡の元に送り出された。
 じっと部屋で待っていたらしい雑渡は、私を見るなり目を見開いて固まった。だけど特段不安にはならない。このところ雑渡はよくこういう反応をするのだ。にこりと笑いかければ目を伏せられる。
「もしかして変ですか?」
 私は心にも思ってないことを尋ねた。
「……いや、とてもよく似合っているよ。すごく綺麗で驚いただけ」
「ありがとうございます」
「じゃあ行こうか」

 殿様への謁見は、驚くほどあっさりとしたものだった。何なら準備に掛けた時間のほうが長い。そもそも話は事前に通していたらしく、今日は本当に私を紹介するだけでよかったそうなのだ。だけど、すごく疲れた。着物も頭につけた装飾も重いし、立ち上がるだけでも一苦労。殿様の前でひっくり返りそうになったときはさすがに焦ったけれど、そこは雑渡が上手く支えてくれたので助かった。後でからかわれるかなと身構えていたのに、雑渡はねぎらいの言葉をかけてくれた。それから感謝の言葉も。感謝するのは私だって同じなのに。
 しかしそれより今は、一刻でも早くこの着物を脱いでしまいたい。仕度した部屋に戻るなり私が帯に手をかけると、雑渡は慌てた様子で私の手を掴んできた。
「ちょっと何してるの」
「早く脱ぎたくて」
「あ……え、いや……」
「重くて動きづらいんです」
「それはわかるけど、私の前で脱ごうとしないでよ……」
 雑渡は絞り出したような声で言った。そうは言っても、何重にも重ね着をしているのだから一、二枚脱いだところでどうということはない。まあしかし、雑渡がそう言うならと私は簪を抜き取ることにした。
 何本か抜き取ったところでパサリと髪が落ちてくる。それでもまだ頭は重たかった。髪が乱れないよう油を塗られていたため、これは一度風呂に入らなければ落ちそうにない。
「ねえ、お願いだから少し待って……女中を呼んでくるから……」
「髪もダメなんですか?」
「だめ」
「私としては大勢の人に囲まれて脱がされるほうが恥ずかしいんですけど」
「……それは本当に申し訳ないと思ってる。でも私がもたない」
 雑渡はぎこちない動きで部屋を出て行った。言っていいのかわからないけど、本当にかわいい人だ。

 呼びつけられた女中たちは、中途半端になっている私の頭を見て、まあと声を上げた。もったいないと言いながらも脱ぐのを手伝ってくれる。殿様に会うだけでこれだから、式はもっと大変なんだろう。想像したら気が遠くなってきたから、私は今日の晩御飯のメニューでも考えることにした。
 さっぱりした姿で雑渡のところへ行くと、ようやく目を合わせてくれた。だけどまだ気まずそうにしている。どうしてあんなに余裕たっぷりだった人がこうなってしまったのか不思議でしょうがない。だけどおかげで私はあまり不安になることがなかった。この人は、本気で私のことを愛してくれている。それが痛いほどに伝わってくるから、一度死んだこととか、未来から来たこととか、どうでもいいと思えるようになったのだ。

 式は城で盛大に。殿様の一言で式の段取りも決まった。結婚式は城で行うのが普通なのかと思っていたら、全くそんなことはないと尊奈門が呆れた顔で教えてくれた。狼隊は交代しながらにはなるけど、全員式に参加してくれるそうだ。
「雑渡さんって愛されてますね」
 夜、雑渡の背中に薬を塗りながら言うと彼は首半分だけ振り向いた。
「急にどうしたの?」
「部下の方が涙ぐみながら『組頭をよろしく頼む』と」
「……」
「お任せくださいと言いましたが、迷惑でしたか?」
「迷惑じゃないし、頼もしい限りだよ。でもさあ……」
 雑渡は再び前を向いた。
「……そろそろ名前で呼んでよ」
「そうでしたね、昆奈門さん」
「……」
「どうしたんですか、昆奈門さん」
「君、わざとやってるでしょ」
「呼んでと言ったのは昆奈門さんじゃないですか」
「……ちょっと風に当たってくる」
 雑渡は本当に部屋を出て行ってしまった。まだ背中にしか薬を塗っていないのに。それを本人もわかっていたようですぐに戻ってきてくれたけど、なんだか疲れ果てたような顔をしていたから少し申し訳なく思う。
 薬を塗り終わると、雑渡はよろよろと部屋を出て行った。さすがに城の中で致すようなことはしないだろうし、私としてはここで寝てもらっても構わない。だけど数日それを続けていたら、どうも雑渡が寝不足らしいという話を耳にして、これは大変だと別の部屋で眠ることにしたのだ。まだまだ課題は多い。だけど今はこの距離を楽しむことにした。