トリップしたけど昔アニメをちょっと見ただけでタソガレドキを知らない話04
パンツがない。
朝一、私は洗っておいた下着を取りに行った。しかし昨日干したはずの場所にはブラジャーしかなく、パンツはどこにも見当たらなかった。風で飛ばされたのか、誰かに盗まれたのか。もし盗まれるなら両方とも盗るだろうから、探せば近くにあるかもしれない。木の枝や屋根の上に引っかかっていないか見える範囲で探していたら、目の前に忍者が降ってきた。
確か、雑渡に尊奈門と呼ばれていた人だ。
「おまえ、何をしている」
「私のパ……いえ、ふんどしがなくなったので探していました」
「ふんどし? おまえ、ふんどしをしているのか?」
「一枚しかないので今はしてません」
「いやそういう意味で聞いたんじゃない!」
「……あ、ふんどしと言ってもみなさんのような長い布ではなくて、このような……」
私は地面にパンツの絵を描いてみせた。……こんな若い子に私は一体何をしているんだろう。普通にセクハラだ。
「わかった。見つけたら届けるから、おまえは仕事だ」
「……はい」
探したいと言いたかったのをぐっと飲み込む。そんな主張ができる立場じゃない。でも、パンツなしで働かなきゃいけないなんて。他の女中のように着物を着ていればまだいいのかもしれないけど、私には部屋着のワンピース一枚しかないのだ。防御力が低すぎる。台所仕事は屈むことも多いから細心の注意を払わなければならない。……いや、他の人だって見たくもないものを見せられたら迷惑だろうし、何か下に履くものを貸してもらったほうがいいのだろうか。
「あの、尊奈門さん」
「何だ?」
「私この下、何も履いてないんです。これって普通なんでしょうか」
尊奈門は吹き出した。
(やばい、完全にセクハラ……)
女中に聞けばよかったのだと今さら気づいた。本当に申し訳ないことをしてしまった。
「すみません、答えなくて大丈夫です。他の女中さんに聞いてみます」
「……いや待て」
「はい?」
「忍者隊以外にはおまえのことは伏せている。だから余計なことを言うな」
「……なるほど」
火の点け方もわからない結婚もしていない。昨日の時点でかなり疑わしいところまで行っていると思うのだが、指示には従っておくべきだろう。まあ、つまり今日はノーパンで過ごさなければならないということだ。
「では、私は台所に行ってきます。もし見つけたら……あ、色は黒です!」
「わかったから大声を出すな!」
そして意外なことに、私のパンツはすぐに見つかった。
台所で米を研いでいたところ、尊奈門が大急ぎで走ってきたのだ。右手に黒い布をぐしゃりと握り締めて。
尊奈門は私を台所の外へ呼んだ。そして両手でぴらりと布を広げ、
「これで間違いないか?」
と確認を取ってくる。
「間違いありません。ありがとうございました」
いやなんてことをしてるんだと頭の中は大パニックである。でも、尊奈門が普通にしているのだから私が慌てるわけにはいかない。平静を装わなければ。
「組頭が外を歩いていたら目の前に飛んで来たそうだ。会ったら礼を言っておけ」
「……はい」
(いや、ちょっと……あの)
目の前に飛んできたって、まさか顔に被さってしまったわけじゃないと思いたいけど……。雑渡は忍者なんだしきっと手でキャッチしたに違いない。信じよう、彼の腕前を。
「……ちなみに、この布が何なのか雑渡さんはご存じなのでしょうか?」
「当然だ。城にいた忍者隊全員に情報共有しておいたからな」
「それは、どうも……お手数おかけしました」
つまり忍者隊全員に私のパンツの話をしたと。まあ、仕方ない。こうして無事に見つかったのだから、誰ももう気にしていないはずだ。そう思いたい。
尊奈門に言われた通り、雑渡にはお礼を言うのが筋だろう。食事を作っているとき、私はずっとそわそわしていた。
(雑渡さん今日は早めに来てくれないかな)
一刻でも早くお礼を言ってこの話を終わらせてしまいたい。なぜなら忘れたころに蒸し返すようなことをわざわざしたくないからだ。
しかしこういうときに限って雑渡は食堂になかなか現れず、食器の片付けすらも終わってしまった。
「あの、雑渡さんがまだ来てらっしゃらないような気がするんですけど」
先輩女中に聞いてみると、彼女はにやっと笑った。
「雑渡様はお忙しいお方だからねえ、毎日来るとは限らないんだよ。雑渡様が気になるのかい?」
「……お伝えしたいことがあって」
「ふうん。まあ、そのうち会えるだろうさ」
「そうですか」
先輩女中は何か言いたそうな顔で私を見ていたが、私は気づかない振りをした。
何か変な誤解を与えてしまったような気がする。例えば私が雑渡に会いたがっているとか。今日も「あの人は男前」だとか、そういう話を何度か振られたのだ。正直勘弁してほしい。実は好きな人がいるとでも言って誤魔化そうかと考えたけど、それはそれで女中たちに火をつけてしまいそうだった。だから私は男の話を振られるたびに「そうですね」と相槌を打つしかない。そのうち彼女たちも飽きるだろう。
「雑渡さんを見かけませんでしたか?」
洗濯中、通りがかった忍者に雑渡の行方を聞いたら眉を寄せられた。聞いてはいけないことだったんだろうか。
「私に何か用?」
私と忍者の間に割って入るように雑渡が現れた。
雑渡が忍者にむかってうんうんと頷く。忍者は一度こちらをちらりと見てから去って行った。
雑渡は改めて私のほうに向き直ると、ぴんと人差し指を立てた。
「敵にとって私……つまり忍者隊の長がどこにいるかというのは重要な情報になる」
「あ……すみません」
「いいよ別に。でも気をつけてね」
「はい。気をつけます」
雑渡のおかげで先ほどの忍者が微妙な顔つきをしていた理由がわかった。だけど、どうして雑渡はそれを教えてくれるのだろう。私は疑われている身で、今は泳がされているのではなかったんだろうか。今の雑渡の行動は、まるで私を庇っているみたいだ。そうやって信頼させようとしているのかもしれないが、それなら他の忍者も友好的に接してくれてもいい気がする。
(……や、今はそれよりも!)
うっかり忘れるところだったが、私は彼に用があったのだ。
「私のふんどしを見つけていただき、ありがとうございました」
「ああ、あれね。どういたしまして」
パンツの話を長々とするわけにもいかないので、私は何も言わずににこりと笑った。
「珍しい素材で作られてるみたいだったけど」
「……そうですね」
今すぐ話を切り上げたいが、私は洗濯中で持ち場を離れられない。余計なことは言わず、いかにも忙しそうに洗濯物を踏みつけていたら、勢いが良すぎたのか水しぶきが雑渡の装束に飛んでしまった。
「すみません!」
「大丈夫だよ」
雑渡が去ろうとしない。仕方がないので私は別の話題を振ることにした。少し気になっていたことがあったのだ。
「……あの、こんなに日が当たる場所にいて大丈夫なんですか?」
「どうして?」
「体温が上がったら大変かな、と」
「それはどういう意味?」
「広範囲に火傷をしていらっしゃるみたいなので。気に障ったらすみません」
「気に障ったわけじゃないよ。それより君は医療の知識があるの?」
「いえ全く。でも昔、火傷で汗を出す線が傷つくと体温調節が難しくなると本で読んだことがあったので……」
雑渡は私の話を聞いて目を丸くしていた。正確に言うと、漫画にそういうキャラがいただけなのだがそれは置いておこう。
「確かに夏の戦場は暑くなるね」
「え、戦場に出るんですか?」
「出るよ。忍者なんだから」
「死にますって……」
「戦だから、そういうこともあるだろうね」
「そういう意味じゃないですよ……」
「まあ気をつけておくよ。ありがとう」
興味本位で聞いただけなのに、お礼を言われてしまった。なんだか気が抜ける。いい人なのかもって思ってしまいそうなところが怖かった。
雑渡はなおも私が洗濯するのをじっと見ている。……なぜ。忍者の組頭って暇なんだろうか。
「…………あの、お忙しいのでは?」
「私がいると邪魔?」
「いえ、そんなことは……。ただ食事もまだのようでしたので」
「ああ、食事」
雑渡はいつもの竹筒を取り出して、ストローで吸い始めた。
「あっつ!」
ゴホゴホと雑渡がむせている。中身は水かと思っていたけど、違ったらしい。
「え、大丈夫ですか?」
「冷ますの忘れてたよ」
「お湯を飲むんですか?」
「これは雑炊」
「ええっ!」
「君も食べる?」
「いえ! 私はもう食事は済ませましたので!」
雑渡が竹筒を差し出してきたが、私は全力で首を振る。すると雑渡は再び雑炊を吸い始めた。ストローで雑炊を食べる人って初めてだ。というか、熱そうだけど大丈夫なんだろうか。今さっき体温調節の話をしたばかりなのに。
「……水をもらってきましょうか?」
「お茶も持ってる」
雑渡は懐から別の竹筒を取り出した。何かおかしいような気はしたけど、私は深く考えないことにした。
「ふんどしもだけどさ、」
急に話が戻るので、私はギリッと奥歯を噛みしめた。もうその話は忘れてほしい。
「君って服もその一着しか持ってないよね?」
「え……あ、はい」
「いつかは洗わなきゃいけないだろうし、着物を買いに行こうか」
「ええ、そんな……」
話が思わぬ方向に進んでいき困惑する。なぜここまで親切にされているのか、全く心当たりがない。着物は貰えるなら欲しいけど、監視されているような状況でねだるものではないことくらいはわかっているつもりだ。しかし私の反応が微妙なことを、雑渡は別の意味で受け取ったようだった。
「あ、南蛮衣装のほうがよかった?」
「滅相もない、です……」
「じゃあ着物でいい?」
「いいというか、頂いてもいいんでしょうか」
「いいんじゃない?」
「忍者隊の組頭が、正体不明のくせ者に貢いでいると思われませんか?」
雑渡は背中を丸めて笑い出した。
「え、私の心配をしてくれるの?」
「……そういうわけじゃないですけど」
「じゃあ何?」
「……親切すぎて、怖い」
正直に言えば、雑渡はさらに声を上げて笑った。