トリップしたけど昔アニメをちょっと見ただけでタソガレドキを知らない話03

(え、台所!?)
 山本に案内された先が思わぬ場所だったので困惑する。よりによって、どうしてこんな重要そうなところに。おそらく私が気絶している間に毒や武器を持っていないか調べられてはいるのだろうけど、だからってあまりにも大胆すぎやしないだろうか。てっきり掃除か洗濯でもさせられるのかと思っていた。それじゃあ見極めにならないということだろうか。逆に考えれば、ここで妙なことをしなければ信頼を得られるかもしれない。料理は得意というほどじゃないけれど、全くやっていなかったというわけでもないから何とかなるはずだ。
 ……という考えは甘かった。
 まず、火の起こし方がわからない。ガスや電気がないことなどよく考えれば当たり前なのだが、全くそこまで頭が回っていなかった。それに包丁の切れ味も悪く、かといって砥石の使い方もわからない。ここでは自分の中の常識が通用しないのだと改めて痛感した。でも、社会の荒波に揉まれた経験が私にはある。今の私は新入社員。山本はいつの間にかいなくなってしまったけど、ここには女中がいる。仕事を円滑にこなすためには、まず先輩女性方と仲良くしなくては。私のことをどう聞かされているのかという疑問はあるけど、いちいち気にしていられるような状況ではなかった。
 私は台所の中をじっと見渡し、一番年上と見られる女性に声を掛けた。
「あの、すみません。山本さんからこちらで仕事をするようにと言われたのですが」
「ああ、じゃあそこの大豆を煮といてくれ」
「味付けはしますか?」
「いや、味は後でつけるから水で煮てくれたらいいよ」
「……すみません。火の点け方がわからないので教えていただけませんか」
「あんたその歳にもなって火も使えないのかい?」
「お恥ずかしながら……」
「ハア……。山本様には詳しく詮索するなって言われてんだけどさ、アンタどっかの姫様じゃないだろうね?」
「いえ、決してそのようなことは……」
「まあいいさ。わからないことがあるならあっちの若いのに聞いとくれ」
 指差された先を見ると、大きな鍋を持った女性が深々と頭を下げてくる。思っていたより職場環境は良さそうだ。おそらく私がくせ者であるという話は伏せられているのだろう。騙しているみたいで申し訳なくなるが、こればかりは仕方ない。

「……あの、すみません」
 私よりも一回りくらい若そうな、もはや女の子と言ってもいいくらいの子が申し訳なさそうに眉を下げる。しかし、むしろ謝りたいのはこちらのほうだ。何度教わっても火を点けることができない。このままでは日が暮れてしまいそうなので、今日は彼女が火を起こしてくれた。
 そして次に持たされたのは包丁。イモの芽を取って皮を剥くのだが、まあこれも形がいびつなこと。上の女性たちには笑われた。しかも、
「あんた初婚もまだなのかい!?」
 話の流れで未婚であることを言ったら、かなり驚かれた。この時代では「行き遅れ」と言われる歳なのはなんとなくわかっていたけど、これで余計に不審に思われるなら辛いものがある。未来では珍しくない話なんですよーと言えるわけもなく、愛想笑いで誤魔化した。しかし世話好きなのか、誰かいい人を知らないかという話にまで発展してしまう。何人か紹介すると言われたが「いやあ……」と言葉を濁すことしかできなかった。
 そんな私の話で盛り上がっていたら、食事どきになっていたようだ。食堂のような場所にわらわらと忍者や城の兵士たちが集まってくる。人数が多いため盛り付けに大忙しだった。そうして一息ついていたところ、
「今日のイモは奇妙な形をしておりますなあ」
 聞こえてきた一言にカッと顔が熱くなる。私が切ったイモのことを言っているのだとすぐにわかった。すごく恥ずかしかった。自分よりも年下の男たちにそんなことを言われて悔しい。そんなしょうもないプライドがあったことにもびっくりしているし、実際その通りなのだから仕方のないことだけど、今すぐこの場から逃げ出したかった。
 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、女中の先輩たちがぐいぐいと私の背中を押してくる。
「あんたたち、この子を嫁にどうだい? まだ結婚してないそうなんだよ」
 声を掛けられた忍者たちは私のことを知っているのだろう。困ったような顔で互いに顔を見合わせた。
「ちょっと歳は行ってるけど、肉付きもいいし健康的だろう? 子供だってまだ作れるさ」
「……」
 誰も悪くないのはわかっている。そういう時代なんだし、親切で言ってくれているんだろうし。だけど令和の時代を経験している人間にこの空気はつらかった。そもそもここで結婚する気など全くない。しかしそんなことを言ってしまえば、せっかく上手く行きかけている女中たちとの関係にもヒビが入ってしまうだろうから困ったものだ。

「なんか盛り上がってるみたいだね」
「組頭!」
 空いている席に雑渡が座る。まだ食事を取っていなかったようだ。いびつな形のイモが彼の小鉢にも盛り付けられているのが見えて、勝手に恥ずかしくなった私は下を向いた。
「雑渡様も聞いてくださいよ! この子の結婚がまだって言うからいい人を探してたんです!」
「そうなの?」
 うつむいていても雑渡が私のほうを見ているのがわかった。私は小さく首を縦に振る。結婚していないということを肯定したつもりだったが、いい人を探しているという風に受け取られたかもしれないとあとから気付いた。しかしいちいち訂正する気にもなれない。
「あー、そういえば昔は私も殿に嫁を貰わないのかってよく言われてたな」
 雑渡は頭巾をしたまま器用にイモを食べていた。洗うのが大変だから外してくださいって隣の人に言われてるけど、完全に無視している。
「雑渡様は結婚しようと思えば選び放題なんでしょう?」
「そんなことないよ。こんな身体だし」
「またまたぁ、謙遜がお上手なんですから。アンタもそう思うわよねえ?」
 急に話を振られてとっさに「はい」と返事をしてしまった。
「そう? ありがとう」
 雑渡はにこりと笑った。だけど周りの忍者たちからは睨まれている。他に答えようがなかっただけなのに。あなたたちのお頭を取ろうだなんて微塵も思ってませんから。きっとこの人たちは私が否定したって「お前なんかが」と思うだろうし、もう嫌われているのは仕方ないと諦めるべきなんだろう。

 食事どきが終われば次は後片付け。その次は洗濯をした。洗濯板くらいはあるのかと思いきや、それもないらしい。踏み洗いも知らないのかと笑われたけど、食堂ですでに心は擦り切れていたためさほどダメージは受けなかった。洗濯が終われば、今日はもう休んでいいそうだ。
 寝る前に私は部屋をひっそりと抜け出した。どうせ見られているのはわかっているけど、多少は動きがあったほうがあちらもやりがいがあるだろう。それに私はただ自分の下着を洗いたいだけだ。さすがに日中ノーパンで仕事をするのは心許ないから、寝る直前に洗って朝に履くことにしたのである。
 この時代の人たちからしたら奇妙な形をしているし、調べられるかもしれないなあとは思った。だけどこうでもしないと汚れたままの下着を何日も履き続けるか、下着なしで過ごすことになる。それは絶対に嫌だ。パンツとブラを水で洗い、木の枝に引っ掛けるように干して、支えのなくなった胸を腕で隠しながら部屋へ戻る。そうして布団に入れば、一日の疲れがどっと押し寄せてきて、すぐに眠りにつくことができた。

――ああ、またこの夢か。
 赤の信号機の前に立つ私。昨日と同じで足は動かない。ゆっくりと近づいてくる車を見ているだけ。身体は動かないのに、ドクンと心臓が動いているのは感じられた。そして目が覚めるのはいつだって、車に触れるか触れないかのところだ。
「……ふう」
 何度見ても嫌な夢だ。汗でべたべたになった額を拭い、窓の外を眺める。まだ夜は明けていないようだ。
 仕方なくもう一度横になってみたが、どうにも眠れる気がしなかった。寝たところでどうせあの夢を見なければならないなら、眠れなくても構わない。しかし疲れは溜まっていく一方だ。これじゃあ元の時代で仕事漬けになっていたときと同じように体調を崩してしまうだろう。でも、どうだっていい。別にどうだっていいのだ、そんなこと。