トリップしたけど昔アニメをちょっと見ただけでタソガレドキを知らない話06

 雑渡は涙をこらえる女を前にして、どうしたものかと考えていた。彼女にはまだ伝えていないことがあったのだ。
 正直なところ、彼女が未来から来たという話には動揺している。しかし、あの奇妙な道具を見れば信じざるを得ない。あの道具は彼女にも言った通り、彼女が気絶しているときに回収しておいたものだ。触ると光る板。もう一つは銭のようなものが入っていたが、雑渡の知る通貨とは形が違った。だが一目見ただけでも作りが精密であることがわかる。雑渡は混乱を避けるため、部下たちにはこれを見せずに自分で隠し持っていた。彼女にも見せなかった理由は、彼女がどう動くかを見ておきたかったからだ。雑渡の勘は「女は敵ではない」と言っていたが、立場上何の根拠もない勘を頼りにするわけにはいかなかった。そうして三日、泳がせた。タソガレドキに害を成す存在ではないと、自身にも部下にも納得させるためである。

 彼女を最初に発見したのは高坂陣内左衛門だった。報告を受けてすぐに現場に到着すると、見慣れぬ格好をした女が一人倒れていた。そして、女を警戒した部下たちがその周りを囲んでいる。
「組頭、ここは私が」
 山本陣内が名乗りを上げる。
「いや、いい。私が行こう」
 周囲が静観する中、雑渡は女に近づいた。そうしてすぐ、女が息をしていないことに気づいた。
(心臓も止まってるな……)
 ならば一体どうやってここに入ってきたのかという話になる。女にはまだ体温が残っていた。しかし忍者隊が彼女を殺したとは考え難い。見たところ外傷もない上に、毒でもがき苦しんだ様子もなさそうだ。彼女のことを調べる必要があるが、ここでは悪目立ちが過ぎた。場所を変えようと、雑渡は女を抱きかかえる。すると……
「……すー、すー」
(息が……!?)
 信じられないことに、彼女は息を吹き返した。心臓も動いている。雑渡はまず、自身を疑った。呼吸を止めることはできるかもしれないが、心臓を止める術があるとは聞いたことがない。もし本当にそのような術があるのであれば、たいそうな脅威になることは間違いなかった。しかし彼女の心臓が確実に止まっていたかと聞かれると、雑渡は自信を持って頷くことができなかった。せめて誰かもう一人、確認させていればと悔やんだのだった。
 生きているのならば捕らえるしかない。雑渡は抱えた女を牢に運んだ。途中で部下が交代すると申し出てきたが、断った。この女が脅威となるかはまだ計りかねている。信じられないような現象に直面したこともあって、雑渡は自らの目で彼女を見極めたいと思っていた。
 女を牢の中に寝かせたところで部下たちには持ち場に戻るように伝え、彼女の身を調べることにした。
 雑渡は女の衣装に手をかけ、目を見開いた。驚くほどに衣装の縫い目が繊細なのである。これほどの技術は見たことがない。そしてさらに驚いたのは、衣装の下がすぐ素肌だったことだ。胸部や股間には小さな布を身に着けているようだが、これもまた見たことのない形をしている。
 多少は気の毒に思う気持ちもあった。なぜなら身体の肉付きだけ見ても、彼女が忍びではないことが明らかだったからだ。だが、それが彼女を見逃す理由にはならない。雑渡がさらに調べ進めていると衣装の間に何か入っているのを見つけた。目に見えて武器になりそうなものではなかったが、そこで得体の知れない物体が二つ出てきたというわけだ。
 雑渡は彼女の持ち物を没収して、ため息をついた。明らかにおかしい。自分の頭がおかしくなったのかとも思ったぐらいだ。
 一通りの確認が済んだあと、雑渡は彼女の頬を軽く叩いてみた。しかし、全くと言っていいほど反応がない。今度は少し力を加えて肩を叩いてみたが、彼女は顔をしかめるに至っただけでその瞼は一向に持ち上がろうとしなかった。
 雑渡は部下に女の見張りを命じ、その場を後にした。そして周りに誰もいないことを確認し、女から没収したものを確認する。
「……っ!?」
 つるりとした手触りの板が、突然発光した。そして表面に文字が浮かび上がっている。見慣れない記号もあった。そして流れるように文字が動く。認証できません。
(……なんだこれは。暗号か?)
 雑渡は板を裏返した。裏側には目玉のような黒い物体がついている。何一つ見たことがない。どうにもこうにもいかないので、雑渡はもう一つの物体を調べることにした。
 こちらは発光する板よりはまだ普通だった。中に銭のような物が入っている。形は雑渡が知るものとは違っていたが、別の国で流通しているものなのかもしれない。にしてはやけに細工が精巧すぎる気もしたが。
 そして銭のほかに、薄い板が数枚。これにはあの女の絵が描かれていた。驚いたのは、その絵がまるで本物のようだったことだ。これまで絵を目にしたことは何度かあったが、ここまで実物と相違ないものは初めてだ。
 雑渡は板に書いてある文字に注目した。
(……これが女の名か?)
 人の名前にしては聞きなれない響きであった。そして他にも文字はある。東京……。地名にしては長い気もするが、ここが女の出身である可能性はあった。
 これは、いわゆる身分を示すものなのかもしれない。通行手形のようなものだろうか。雑渡が悩んでいたら、人の気配が近づいてきた。
 現れたのは山本だった。女が目を覚ましたから報告に来たということだ。
 報告を受けた雑渡が牢へ戻ると、女は格子を掴み力任せに揺さぶっていた。その姿はまるで何も知らない子供のようだ。馬鹿なのか。しかも手のひらに何か刺さったらしく、間抜けな悲鳴を上げている。
「それ、毒だよ」
 雑渡が試しにそう言ってみたら、女は目に見えてうろたえ出した。
「え、毒?」
「うん。毒」
 傷口から毒を排出するという知識はあるらしい。ただの馬鹿ではなかったかと感心しそうになったところ、女はあろうことか傷口を口元に近づけようとしていた。
「だから毒だって」
 まあ別に毒でも何でもないのだから、口で吸ったところで問題はないのだが。
 女は呆気に取られていたが、雑渡の言った意味を理解はできたようだった。しかし今度は毒のせいで気分が悪くなってきたと言い始める。
 試されているのは自分のほうなのかもしれないと、雑渡は思った。単純で、愚かで、何もできないような女だと油断させようとしているのか。
「毒っていうのは嘘だよ」
 さて次はどうしたものか。少しは泳がせてみてもいいかもしれない。雑渡が女の前から姿を消すと、これまた間抜けな声を上げて驚くものだから気が抜けてしまいそうだった。

 一仕事終えたところで山本からの報告を聞いていると、もはや馬鹿馬鹿しくなってきた。女は穴を掘って脱出しようとしていたそうだ。それにお腹が空いたとか、叫んでいるらしい。
「おにぎりでも持って行ってあげようか」
「……そこまでしなくて良いのでは」
「まあお腹空いてるのは本当だろうし」
「……では、準備させます」

 雑渡は山本が準備させた握り飯を持って再び牢へ向かうと、報告の通り女が叫んでいるのが聞こえてきた。
「出せー! お腹空いたー!」
 そのまま少し様子を見ていたら、女は横になってしくしくと涙を流し始めた。色を使う女の涙は今まで何度も見たことがあったが、これはどうもそういう類のものではないように見えた。まあ、新たな手法というのは時の流れとともに現れるものだが……いやどう見ても違うだろ。いやいや油断してはいけない。葛藤しているのも馬鹿らしくなってくるが、雑渡は忍びとしての心得を忘れはしなかった。
「お腹が空いて泣いてるの?」
 女は寝そべったまま、恨めしそうな視線を向けてきた。そして例の泥団子とやらを投げつけてくる。だが、格子の隙間に対して塊が大きすぎた。泥団子は雑渡に触れることもなく格子に当たって粉々になってしまう。これを全て計算でやっているのなら大したものだが……。
「少し大きすぎたんじゃない?」
「……」
 その姿は完全に拗ねた子供のようであった。笑ってしまいたくなるのを堪えて雑渡は女に握り飯を差し出す。はっと彼女の目が輝いた。しかしすぐにむくれて、中に何か入っているんじゃないかと言い始めた。
「毒なんか使わなくても君を殺すくらい簡単だけど」
「殺すって……」
 脅しのつもりもなかった言葉に女は身を震わせた。そしておずおずと格子から泥だらけになった手を差し出してくる。その隙間からだと握り飯は崩れてしまいそうだが。
 格子を開けてやろうとすると、女は握り飯がもらえないと思ったのか悲しそうな顔をした。本当にただの腹を空かせた子供のように見える。
 そして雑渡が格子を開けると、女は目を見開いた。
「もう帰っていいよ」
「え?」
「君が言ったんじゃない。『出せ、お腹空いた』って」
「言ったけど……」
「帰りたくないの?」
「……帰ります」
「これお土産」
 握り飯を渡してやると、女は大事そうにそれを抱えた。そして外に出ると、城を見上げて目を丸くしている。まるで城を初めて見たとでも言わんばかりに。
「出口はあっちだよ」
「……どうも」
 雑渡が声を掛けると、女はおとなしく出口へ向かった。門を閉めて様子を見ていると、彼女はチャミダレアミタケ領のほうへ歩き出した。山本が、雑渡をちらりと見る。
「なに」
「チャミダレのほうへ向かっているようですが」
「うん。じゃあ後はよろしく」
「はっ」
 山本はもう一人部下を連れて彼女を追っていった。

 さてどんな報告が来るかと思っていたら、山本が気を失った彼女を抱えて戻ってきた。これで一戦交えたなどという話ならまだよかったかもしれない。しかし、全くそのようなことはなかった。山本の報告を聞くにつれ、雑渡はまたも身体から力が抜けていくのがわかった。
 これではチャミダレアミタケ領まで何日かかるのかというほどゆっくりと彼女は歩いていたらしい。そうして竹藪に入り、すぐのところで腰を下ろした。そしたらイノシシに追いかけられて握り飯を投げつけたが見事に外れ、地面に落ちそうになった握り飯をもう一人の部下が捕獲。とても忍びとは思えない速度で走る彼女は崖から転落し、頭から地面に落ちそうになっていたところを山本が抱きかかえた、と。これには山本もたいそう困惑したそうだ。やはり雑渡の勘は正しかったのか、それとも城に戻る理由を作ったのか。
「布団を準備させて」
「……は」
「陣内はどう思う?」
「私が抱えた限りでは、驚くほどに……その、貧弱で。しかし怪しすぎます」
「そうだよねえ」
「組頭、これからどうするおつもりですか?」
「まだ警戒は解かない。様子見」
「承知いたしました」

 彼女を布団に寝かせると、「ん」と身じろぎをした。雑渡はすぐに山本に合図を送り、姿を隠させる。
「あ、おはよう」
 女はぱちぱちと瞼をしばたたかせた。