マッドΨエンティストを攻略せよ!01

 私はどこにでもいる女子高生。家庭の事情でこの夏からPK学園に転入することになった。そして二年巛(三)組の教室で奇跡の再会をしたのである。
――斉木楠雄くん。楠雄くんと私はかつて家が隣同士で、同じ幼稚園に通っていた仲だ。当時のことを思い返せば、楠雄くんにジャンケンで負けてオモチャやおやつを取られたという苦い記憶ばかりだけど、高校生になってそんなことを今さらグチグチ言うつもりはない。
「楠雄くん、久しぶり!」
 休み時間になり、私はすぐさま楠雄くんの席に近づいた。すでに小説を開きかけていた楠雄くんは、ちらりと視線を上げる。
「私のこと覚えてる? 幼稚園のとき一緒だった……」
 私の言葉は楠雄くんのとぼけた顔によって遮られた。「完全に覚えてません」という顔である。
「ほら、家が隣だったじゃん!」
 楠雄くんは顔の周りにハテナをたくさんうかべて首を傾げた。
「えっと……じゃあ、お母さんたちに挨拶したいから放課後お邪魔してもいい?」
 まあ、楠雄くんが私のことを覚えているかなんてさほど重要ではない……こともないんだけど、とりあえずは置いておく。私の目的は別にあった。
『空助ならいないぞ』
 楠雄くんの声が、私の頭に直接響いたような気がした。
「え、なんで!?」
『祖父母の家に住んでる』
「えーー!」
 っていうか覚えてるじゃん私のこと。空助くんのこと好きなのも覚えて……あれ? なんでバレてるんだろ。言ったことあったかな……。

「おう転校生、オメー相棒と知り合いか?」
 楠雄くんと話していたら、モヒカン男子が話しかけてきた。
「相棒……?」
「おう。オレっちと斉木のことだぜ。んでオメーは?」
 モヒカンくんがじぃーっと見てくるので、楠雄くんが激しく首を振っていることには触れられなかった。
「幼稚園が同じで……」
「へー。んじゃオメーも今日ラーメン行くか?」
 モヒカンくんは楠雄くんとラーメンに行く約束をしていたと言う。楠雄くんはさらに激しく首を振っているけど……もしかして楠雄くん、いじめられてる? モヒカンくんは見れば見るほど不良っぽい。顔に傷痕あるし、アゴ割れてるし。一緒にラーメンっていうか、ラーメン奢らされてるんじゃ……。
『まあそれも違うんだが。コイツ――燃堂のことは無視していいぞ』
「それなら家に行っても大丈夫?」
『だから空助なら……』
「なんだよ。今日は相棒んちに集合か?」
 楠雄くんがモヒカンくん改め燃堂くんをギロリと睨む。
「お?」
 話が決まらないまま、チャイムが鳴って私は席に戻った。燃堂くんはしばらく楠雄くんの机の前にいたけど、先生に注意されると意外と素直に席に戻っていた。

――そうだ、手土産は何がいいかな。
 黒板を眺めながらぼんやり考えていると、なぜか急に有名洋菓子チェーン店のコーヒーゼリーのことを思い出した。確かに暑いし、ゼリーはいいかもしれない。しかも運のいいことに、私の家のすぐ近くに店がある。引っ越しお疲れさま会という名目でケーキを買いに行ったから、場所はバッチリだ。

 授業が終わり、コーヒーゼリーを買った私は楠雄くんの家のインターホンを押した。それでどうして楠雄くんの家を知っているのかというと、自分でも何があったのかよくわからないけど、なぜか場所がわかってしまったのだ。
 玄関のドアがガチャリと開く。出てきたのは楠雄くんのお母さんだった。
「はーい、どちらさまですかー?」
「こんにちは! 私、楠雄くんと幼稚園が一緒だった……「きゃー久しぶりー! 大きくなったわねー!」
「お久しぶりです。こっちに引っ越してきたのでご挨拶に来ました。よかったらこれ……」
 コーヒーゼリーが入った紙袋を差し出すと、楠雄くんのお母さんは笑顔で受け取ってくれた。
「まーありがとう! よかったら上がって行って。まだくーちゃん帰ってきてないんだけど、くーくんならいるから」
「え……空助くんですか?」
「そうよお。たしかくーくんとも遊んでくれたことあったわよね?」
「むしろ私のほうが遊んでもらってたっていうか……。あの、空助くんっておじいちゃんおばあちゃんの家に住んでるんじゃ?」
「うん。でもたまたま用があったとかでね、帰ってきてるのよぉ!」
「お邪魔します!」
 本当はゼリーを渡してすぐ帰る予定だった。そしてじわじわ斉木家と仲を深めて空助くんがどうしてるのか聞き出そうと思っていたのだが……いるなら話は別だ。どうしよう、髪ボサボサになってないかな。案内されるまま、空助くんがいるであろう部屋に近づいていく。息が止まりそうだった。

「こんにちは。楠雄のお友達かな?」
――ぎゃーっ!
 リビングでコーヒーを飲む空助くんを前に、私は気を失いそうになってしまった。え、かっこよすぎるんだけど。大人っぽくなってるんだけど! 今日の記憶だけであと十年は生きられそうだ。私のこと覚えてないのは悲しいけど、まあ昔のことだから仕方ない。まずはどうにかして思い出してもらわないと。何から話したらいいだろう。まずは初めて会ったときのこととか……
「好きです!」
(ばか! 私のばかーっ! なんでいきなり告白してんの!)
 滅多に会えないんだからという気持ちが先走ってしまった。しかも普通にお母さんもいる。
「きゃー! よかったわねくーくん!」
「えっとママ、悪いけど二人にしてもらってもいい?」
「そ、そうよね! ごめんなさい気が利かなくて!」
 あれよあれよという間に私と空助くんの二人きりになってしまった。
(え、待ってヤバイ。空助くんがこっち見てる!)
「あ、あの! 私……
「ああ、覚えてるよ。楠雄にジャンケン負けてよく泣いてたよね」
「え?」
「にしても家族の前でいきなり告白なんてさ、常識ないんじゃない?」
「あ……ごめんなさい……」
「なんてね、冗談冗談。怒ってないから安心して」
「……付き合ってもらえますか?」
「ごめんね、僕そういうの興味ないんだ。もう気は済んだかな?」
「……まだ」
 空助くんの眉がぴくりと動く。
 そう、こんなことで落ち込んでなんていられない。こんなのはまだまだ序の口。昔から空助くんはこんな感じというか、楠雄くんと勝負することばかりに夢中で(でも勝ったところは見たことない)私に対する扱いなんてその辺のアリと同じ……いやそれ以下だった。実際、一緒に遊ぼうって誘ったら「アリの行列眺めてるほうがマシ」と言われたこともある。
「お試しでもいいから付き合ってください!」
「だからね、興味ないんだって」
「他に好きな人がいるとか?」
「僕の話聞いてた? 好きとか嫌いじゃなくて、君と付き合っても何のメリットもないでしょ?」
「あ、あるよ!」
「へえ。どんな?」
 もちろんそんなもの考えていたというはずもなく。なんとか空助くんが喜びそうなメリットとやらを考えてみたところ、一つ心当たりがあった。
「……楠雄くんに勝てる方法を教えてあげる!」
「ふーん?」
 空助くんの目の色が変わった気がした。もう引くに引けない!