マッドΨエンティストを攻略せよ!02

 空助くんは私の初恋だ。
 私は当時、公園でお気に入りのおもちゃを壊してしまって泣いていた。家に帰ってお父さんに修理してもらおうとお母さんが慰めてくれたけど、それでもだめで、お母さんはきっと困っていたと思う。そんなときに私たちの前に現れたのが空助くんだった。
 かなり昔の話だから私の記憶が多少誇張されているところもあるかもしれないけど、空助くんはそのおもちゃを手でパパッとこねるようにして、三秒も経たないうちに直したのだ。
「こんなの朝飯前だし」と言って、新品同然になったおもちゃを返してくれた。すごくかっこよかった。そして空助くんはブランコで遊んでいた楠雄くんのほうへ走って行ってしまって、そのときからずっと空助くんのことが好きだ。
 空助くんは楠雄くんのお兄ちゃんだから、たまに会う機会があった。だけど空助くんはいつも楠雄くんとばかり遊んでいて、私はそれを遠くから眺めるばかりだった。いつかもっと仲良くなれたらいいなと思っていたけど、お父さんの転勤が決まって私の願いが叶うことはなかった。

「それで、どうやったら僕が楠雄に勝てるの?」
「えっと、それは……」
「まさか何も考えてなくて、付き合ってるうちに自分を好きになってもらえばいいや……なーんて考えてるわけじゃないよね?」
(……バレてる!)
「ソ……ソンナコトナイヨォ」
「じゃあ早く教えてよ。僕が楠雄に勝てる方法」
(わあ、笑顔がすてき!)
 今までに空助くんがこんなに長い時間、私のことを見てくれたことがあっただろうか……いや、ない。空助くんを納得させられるような答えを出さないきゃいけないのに、何も考えられない。
「今はまだ教えられない……かな!」
「へえ。じゃあいつになったら教えてくれるの? 僕もそんなに暇じゃないんだよね」
「えっとぉ……」
「じゃあ一週間。一週間以内に僕が楠雄に勝てなかったら別れよう」
「え!」
「なに? 文句ある?」
「別れるってことは、今もう付き合ってるってこと!?」
「……まあ、そう受け取ってもらって構わないよ。でももし君が嘘ついて「じゃあキスしてもいい?」
「え、嫌だけど」
 バッサリであった。もうキスする気満々で空助くんの肩に手を置こうとしていたのに。行き場を失った手がふらふらと宙を舞い、むなしく落ちていく。
「なんで! 付き合ってるのに!」
「例え付き合ってたとしても、こういうことは相手の了承を得ないとね」
 ぐうの音も出ないほどの正論であった。空助くんが私のことを何とも思ってないのはわかってるけど、これじゃあどうやって好きになってもらったらいいかわからない。まあ、キスできたところで空助くんの気持ちが変わるわけないんだけど。
「……じゃあ、空助くんは彼女ができたら何かしたいこととかなかったの?」
「ないね」
「うっ……。じゃあ好きな女の子のタイプとか」
「君がどうって話じゃなくて、僕そもそも人類に興味ないし」
「え、慰めてくれてる?」
「ハハッ、全然伝わってないね」
 空助くんが飲み終わったコーヒーのマグを片づけようとしている。まずい、なんか話が終わっちゃったみたいな空気になってしまった。
「あ、そうだ! 連絡先教えて!」
「あー連絡先ね、はいはい……」
 マグカップをさっと洗った空助くんは、スマホをポケットから出した。正直こんな簡単に教えてくれるとは思っていなかったからびっくりした。でもそれを言って「やっぱり教えない」となったら嫌なので、黙っておく。
 空助くんは無表情でスマホに指を滑らせていた。てっきりQRコードでも表示してくれるのかと思って読み取る準備をしていたら、急にメッセージが届く。
「あ、それ僕から」
「ええ?」
 いやまだ何も教えてないんだけど。でも空助くんは昔から何でもできるし、深く考えないほうがいいのだろうか。メッセージに表示されていたURLを押してみると、スマホの画面いっぱいに謎のアルファベットが表示される。
「え、え……?」
 勝手にカメラが起動して慌てふためく私の顔が自撮りされてしまうし、今度は猫が日向ぼっこしている動画が流れ始める。かわいいけど……なんで!?
「そんな安易に怪しいページ開いて危なっかしいなあ」
「待ってこれ何?」
「僕が作ったウイルスだよ。これで君のスマホを遠隔操作できるようになった」
「え、ちょっと……」
「へ~……。今はこういう漫画が流行ってるの?」
「だめーッ!」
 スマホに表示されていたのは、私が昨日読んだ漫画の一ページだった。本当に普通の少女漫画なんだけど、たまたまちょっとエッチなシーンがあったのだ。どうしよう、エッチな子だと思われちゃったかもしれない。
 何か他に見られてマズイものはあっただろうか。全然覚えてないけど、探せば何かあるかもしれない。とりあえず電源を切ってしまえば遠隔操作もできなくなるだろうか。
「なるほど。確かに電源を切るのは有効な手段だね。でも無駄だよ」
「うそ!?」
 スマホが勝手に再起動している。つまり、これからずっと空助くんにスマホを支配されてちゃうってこと……?
「空助くんお願いもとに戻して~!」
「ごめんごめん冗談だって。ウイルスはもう削除したから安心して」
「ほんと……?」
「本当だよ。だって君のスマホ操作したところで楠雄に勝てるわけじゃないしね」
「そっか」
 静かになったスマホを見てホッとする。そしてさっき教えてもらった空助くんの連絡先は本物だったみたいで、こちらからもメッセージを送ることができた。
「ねえ、今から今からどこか行かない?」
「一応確認するけど、楠雄に勝つ方法のこと忘れてないよね?」
「……まあ、」
「もし嘘だったら、どうなるかわかってる?」
「……どうなるの?」
「君は嘘なんかついてないんだから、気にすることないよ」
(うっ……)
 空助くんの笑顔がまぶしい。そして嘘をついて空助くんを騙していることへの罪悪感でチクチクと胸が痛む。嘘までついて付き合ってもらうなんて普通に考えて最低じゃない? ……いや、嘘じゃなきゃいいんだ。楠雄くんに勝つ方法を見つけないと!
「じゃあ僕は用事も済んだし帰るね」
 ちぇ、一緒にお出かけしたかったのに……。